立場


「戦争やってて、人が死なないわけねぇだろう。」
 その言葉に、部屋の中が一瞬無音になった事に、土方は舌打ちしたい気分になった。
「土方君、君は」
「俺は、死ぬ人間を最小限に抑えて勝つ事を目指してる。全員助かる方法なんて、考える気はない。」
 育ちの悪さは抑えられないものだと、今までの取り繕った言葉遣いを投げ捨てて、土方はそう言い切って大鳥を見据える
「あんたの理想は俺には叶えられない。叶えたけりゃ、あんたが考えろ。」
 仮にも陸軍奉行並という立場にいる人間の発言ではないかもしれないが、土方はこの地における自分の立場を、戦争をする為だけにいるものだと理解していた。だからこそ、函館に入ってすぐさま松前攻略を指示された時も頷いたのだ。よもや、こんな肩書きを付けられるとは思いもしなかった。
 この先の蝦夷での行動についての協議を行なう席に、自分がいるのはどうなのだろうと、時々土方は思う。
 軍の行動が決定し、その詳細を詰める会議であれば、土方としても発言するところはあり、その席から外されては堪らないと思う。
 だが、蝦夷地をどう治めるのか、外交はどうするのか、といった内容の協議に、土方の意見を述べる場所はない。自分がそういった政治的な部分に向かない事を、土方は経験で知っている。
 その上、ここには幕府きっての政治家たちがいて、それぞれの知識を持って先を決めているのだ。土方は何やらよくわからない話をぼんやりと聞いているのが常だった。
 そうして、今日も今日とて、資金をどこから得るのか、江戸の様子はどうかなどという会議を終らせた後、雑談のようになったその場で大鳥から振られた言葉に、土方は思わず答えていたのだ。
『誰も死ない戦の方法はないものだろうかね、土方君。』
 反射的に、こいつは馬鹿かと思った。戦で人が死なないわけがないのだ。戦は人と人が殺しあうものなのだから。
 誰も死なないで済ませたいなら、戦争をしなければいい。そんな事は子供でもわかる話だ。そんな事を今更口に出す人間がここにいる事自体が、土方には驚きだった。
「誰も死なせたくないなら、戦なんてしなければいい。誰も死なない戦なんかあるわけない。」
 言い切った土方に、苦笑を浮かべて榎本が声をかける。
「土方君、大鳥君だって、そんな深い意味があっていったわけじゃないのだから…」
 大鳥も同じように苦笑を浮かべてため息をついたのを見れば、榎本の言葉などなくても土方にもわかる事だったが、それよりも、自分と大鳥の違いは何だろうかと思う。
 戦で誰も死なせたくはないと言う大鳥と、最小限の死で留めようと思う自分の違いは、何なのだろうか。
「1対1の決闘で勝敗を決める、というのはどうでしょう。」
 松平が意見を出すのを聞いて、土方は苦笑を浮かべて頷いた。
「その重い責任を負わされる人間は、迷惑な話でしょうね。」
「最上位の人間がしたらいいんじゃないかね。」
 ぎこちない空気を紛らわせるように、松平の案に続いた土方に、永井が後を続け、部屋の中の空気が穏やかに変化していくのを、土方は腹の中でため息をついて受け入れる。
 ここにいるのはきっと一流の政治家で、自分は随分見劣りするに違いないのは、こんな場の和らげ方で実感する。なんでもない雑談の結果に、大鳥も土方も己の発言を詫びなくてもいいようにして、目線でお互いに謝るようにと勧めてくるのだ。
 大鳥に目をやって互いに視線を交わし、他意のない事を確認してから、土方は小さく息をついた。
 それでも、自分と大鳥の違いは、どこにあるのだろうと思った。



「大鳥奉行は、お医者さまの家系だそうですよ。」
 そう言ったのは、小姓として土方の世話をしている市村だった。
 蝦夷に来てから、市村や田村は榎本、大鳥といった幹部たちから、色々と教えられているらしい。そこで仕入れてくるのか、土方の知らない話などもよく知っていた。
「………そうか…」
 だからだろうかと思った土方は、京や江戸、会津で世話になった松本良順を思い出す。
 医者というのは、誰かを救う事を目的にしている者たちだ。一人残らず助ける事が彼等の目的。そういう心構えでいる人々だ。
「蘭学の勉強を始められたのも、医学からの事だと聞きました。」
 それが軍学へ行くのが不思議なものだと思うが、ここでも様々な事に興味を持って行動している姿を見ていれば、何か気になる事が見つかってしまったのだろうとは想像が出来た。
 だが、医者としての気構えが底にあるのならば、先だっての発言も無理のない事なのかもしれない。
 土方からしてみれば、誰も死なないようにと使者を立て、協議をして、それで起きた戦争は当然人が死ぬもの、という考えが当然だが、それでも尚、人が死なずに済む方法を見つけたい、というのが大鳥の考え方なのだろう。
 あれが陸軍奉行になったのは、幕軍にとっては良い事なのではないかな、と土方は思う。
 京都からの新選組の者たちは、大鳥に華やかな勝戦の記録がない事で、どこか否定的なところがあり、土方にしても、大鳥の戦の仕方には色々と言いたい事はある。
 だが、軍を統括する人間として見るのならば、最後まで犠牲の出る事を諦めないその考えは、とかく先走りがちになる武官の頭としては、良いのではないかと思う。
 入れ札の結果には個々それぞれ、言いたい事もあるだろうが、あれが戦争など起きずに無事にこの地に徳川の地を得られた後の為なのだとしたら、自分などがその補佐にあるのはどうかとは思うが、良く出来た結果だと思う。
「何かありましたか?」
「ん?………俺は、戦争屋だなぁ、と思っただけさ。」
 あの人々が作ろうとするものの中で、戦ってしか得られないものがあるのなら、自分がそれを持ってきてやろうと土方は思う。
 その為には、もう少し真面目に協議の内容を聞き、発言もせねばならないかと、土方は思う。
 そんな土方のどこか明るい笑みを見て、市村はつられるように笑みを浮かべた。
「土方先生は、新選組の副長ですから。」






大鳥さんと土方さんは、仲が悪かったのか否か。というのも気になりはしますが、土方が明らかに周りと違っているので、その辺、彼はどう思っていたのだろうかと不思議になります。
函館新選組は藩士が大半だから、指揮を取る気はなかったんじゃないかとは思うけれど、流山の敗走も越えて函館まで一緒に来た人達とは、平時は関わってただろうと思うし。
函館新選組は、殺伐とはしていないけれど、複雑な気持ちになります。

(2007.7.30)





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