仕事らしき事をしている人に、自分の暇つぶしの為に声をかけるわけにもいかなくて、早く、終わらないかなぁと思いつつ、少し前に話題にあがった事を思い出した。
『童実野町は、海馬コーポレーションでもってるような町なのに、どうして海馬町に改名されないか?』
某自動車メーカーがあるからとか、某家電メーカーがあるからと、町名に企業名が付けられている所があるというのを、授業中の話題として教師が話したらしい。俺は聞いてなかったけど、獏良が言ってたんだから、間違いじゃないはずだ。
皆、その質問に頷いたけど、俺が思うに、海馬はそんなこと、微塵も気にしちゃいないだろう。
「町名が、童実野町だろうと海馬町だろうと、この町が俺のものであるのに変わりなどないわ!!」
とか言って、あの切れた笑いを披露してくれるだろうと思う。そしてその主張は、多分、間違いじゃない。
童実野町に海馬コーポレーションが本社を置いてる理由は知らないけど、昔からここにあるって聞いてるから、ここででかくなった企業だって事だろう。
最初は一企業にすぎなかったかもしれないけど、力を付けていくに従って、町へ落とされる税金の額だって増えていくだろう。会社が大きくなれば、従業員だって増える。社宅を作るなら会社の近くだろうから、住人も増えるかもしれない。町の住人が増えれば住民税も増える。更に会社が大きくなって従業員の所得が増えれば所得税は増える。童実野町は、海馬コーポレーションの成長に合わせて潤っていったに違いない。
大体、一企業の主催したゲーム大会の舞台を、町中どこでも、なんていう馬鹿みたいな範囲に設定できたりする辺り、海馬の発言力の大きさがわかろうってもんだ。他所の町だったら、絶対、止められてると思う。
住人だって、突然町のあちこちで変な物付けた子供がゲームはじめて、わけのわかんねぇモンスターとか出てきたって、『海馬コーポレーションのすることなら、仕方ないな。』ってな感じで、誰も怒ったりしないし。まぁ、海馬系列の企業で働いてる住人が多いから、自分とこの親分のする事には文句言えねぇのかもしれないけど。
そんな感じで、海馬が血迷って、童実野町の名前をブルーアイズ町に変える。とか言い出したら、さすがに反対する人は多いだろうけど、多分、上の方の偉い人達は逆らうに逆らえなくて、変えられちゃうんだろうなぁ、なんて思ったりもする。
童実野町は、海馬コーポレーションあっての童実野町ですから。って、思ってる奴らは多いからな。
そう考えると、海馬が、実があればいい、って人間なのは、有り難い事かもしれない。俺は、童実野町が変な名前に変えられるのだけは嫌だ。町のマークが、KCとかになったら、嫌だろ、やっぱり。
そう言えば、この話題が出た時、海馬コーポレーションが、大企業って言われるまでに成長しても、童実野町に本社機能を置いたままでいる理由はなんだろうって話も出た。
東京とか大阪とか、所謂大都市に本社を移す理由ってなんだろう。って質問に、東京進出ってのは、今だに凄い事のように言われてるから、箔は付くかもしれないね。なんて事を御伽は言ったけど、こんな町にあったって、海馬コーポレーションは世界に名前を売ってるわけだから、今更、本社のある位置でつける箔なんて必要ないだろう。
それに、あの本社機能を移転させるなら、どこかに建ってるビルを買い取るのじゃ使えないだろうから、土地買ってビルを建てなくちゃならないだろう。それで、ここにある本社ビルを潰すなら、そんなの無駄だ。
海馬は、あんまり経営に関して興味がないみたいだけど、会社が潤ってないと、自分のしたい研究も開発もできないのはわかりきった事だからと、利益追求に余念はない。更に、最近経営に興味を持ちはじめたらしいモクバは、『兄サマに、思う存分開発をしてもらう為に!』とかって、無駄を省くのに夢中だ。
そういう人達が、余計な事をするわけもなく、海馬コーポレーションは、今後も延々と、童実野町と運命を共にするに違いない。考えてみれば、それは、俺にとっても有り難い話だ。
町営住宅の家賃は驚く程安いし、町立の童実野高校の学費は安いし、住民税も安い。生活に掛かる費用が安いのは、本当に有り難い。高校生のバイトで、払わなくちゃならない金が賄えるってのは、多分、他所じゃ無理な話なんだろうと思う。
だからまぁ、俺にとっても、海馬コーポレーション様様、なんだけどさ。
それにしても、こうしてじっと眺めていても、こちらを見もしない海馬って奴は、一体、どんな生活をして生きてきたんだろうと、時々不思議に思う。
いつだって、背筋は真直ぐ、顔はきっちり前を向いて、人に見られたからってそちらを振り向く事もせず、自分の向かう先だけ見据えているのは、本当に、呆れるくらいに徹底しているのだ。
モクバの話から想像するに、そうやって教え込まれたんだろうけど、元からそうだったんじゃないか、なんて思ったりする程だ。
別に、こうして放っておかれてもあんまり気にしねぇけど、俺なんか、メイドさん達と同じって事かなぁ、とか思う事もある。この家の中にいる、モクバ以外の人達って、海馬にとっては、自分に対して仕事をしていない時は、壁扱いだから。
まぁ、仕事してるところにいられるんだから、ちゃんと許容されてるんだとは思うけど、ちょっと複雑。
そろそろ、考え事にも飽きてきて、こっち向け!って念を送ったら、くるり、と、椅子が回転して、驚いた。
「…なんだ、起きていたのか。」
こちらの驚きよりは相当控えめだったけれど、海馬も少し驚いたような声でそう言った。
「………なんだよ。」
寝ていると思っていたなら、どうしていきなり振り返ったりしたんだろうと思ってそう言えば、海馬は意地の悪い笑みを浮かべた。
「いつもなら、そろそろうるさくなる頃だからな、うるさい犬が吠えなければ、寝ているかと思って当然だろう。」
「犬呼ばわりするなって、いつも言ってんだろ!」
反射的に怒鳴り返したけれど、無視してるようで、ちゃんとこっちの事も気にしてるって事がわかって、なんだか嬉しくなる。
「もう少し、おとなしくしていろ。作業が捗る。」
そう言って、また背中を向けるのを眺めて、仕方がないから、もう少しおとなしくしていようと思った。黙って見ているのが邪魔じゃなくて、捗るって言われたら、そりゃ、見守ってましょうって気になるじゃねぇか。それに、海馬の右手が、向こう側に置かれた膝掛けに伸びているのを見てしまったのだ。
俺が寝てると思って、わざわざ振り返って確認して、もし寝てたら、それを掛けてくれるつもりだったってことだろう。
無愛想だし、相変わらず人を馬鹿にしてくれるけど、そういう気遣いを見せてくれたら、やっぱ、ちょっとは特別っぽくて嬉しい。我ながら、お手軽だけど、まぁ、そういうもんだろ。
好きな人が自分の事気にしててくれたら嬉しい。そんな事、絶対に口に出して言わないけどな。