Rivers Foundation Conference 2005
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The last one was taken by Lyn. Merci!!
Royが持ってきたオークションの品は、赤いランタン。自分の船から取ってきた、古くて、液漏れするもの。7000カナダドル(!)で落札。
一方、Royが登場する前にずっと行われていたオークションで皆を驚かせたのは、大きい黒いブランケット。これはいくらで落札されたか忘れてしまったが、これをゲットされた方がRoyが来た時に見せると、Royはものすごく驚いていた。「編んだの?まさか!!!」といいながら、近くに寄ってじっくり見ると、「編んである!!!!!」と叫んで非常に感心していた。でも、コンピュ−ターのプログラムを使って機械で編んだと分かって「あ〜〜OK、OK」という顔をして、「手編みかと思った」と言っていた(まさか!!!)今年は、Maurice Richardの映画の撮影のため黒い短髪で、しかもくしゃくしゃ。絶対に朝起きてから櫛を入れてないと思われるその髪(後ろの方は明らかに寝癖では?と思った)を見ていると、手を伸ばして髪を梳いてしまいたい!という衝動にかられるほど。
今回私のテーブルは3番目。去年はなんだか疲れ気味?と思ったのだが、今年はとても明るく楽しそうで、気さくでオープンな雰囲気。まず、一人一人と握手。じっと暖かい目で相手をまっすぐ見詰めて微笑む様子は去年と全く同じ。私はRoyから最も離れた、つまり正面の位置に座ったが、握手する時にちょっとだけいたずらっぽい感じのウィンクをしてくれたので、少しびっくり。この日のRoyの瞳は、とーっても美しい、澄んだ明るいブルーだった。例によって煙草をぷかぷか吸っているが、やはり煙草の匂いはしない。
さて、正面に座ると、しょっちゅう目が会うという話だったが、そういうことは特別なかった。さらに、左右を、多弁で機関銃トークのアメリカーンに挟まれた。話の内容はいろんな方向に広がり、すごく大笑いしたり、実にシリアスになったりし、とても面白い時間となった。
ところで、いきなり右隣の女性が「さあダンスでもしてもらおうかしら?」というようなことを言い出して、一堂冷や汗をかいたり頭を抱えたりする羽目に。もちろん、全く無邪気な冗談だ。Royはびっくりし、ちょっと真面目な顔になりながらも、「それは聞いてないな、聞いてたらここにこなかったよ」と言い、なんだかんだでその話は終わりになり、皆ほっと胸をなでおろす。
話題は、Maurice Richardについて(彼がケベックの人にとってどんな存在だったのかとか、当時のケベックの状況とか)、LFNについて(ずっと撮影の間体調・体型を維持しなくてはならなかったのが大変だったこと)、セーリングについて、宗教について、政治について、演技について、などなど。
私が座っていたテーブルで話題になったことで、一番印象に残ってるのは、セーリングの話。セーリングをしていると、「生きている」という実感を持つそうで、「人間を変える」体験なのだそうだ。Blue Whaleを見たという話になって、目を輝かせて、鯨が至近距離を泳いだことを、大きな身振り手振りで話してくれたり、“ガールフレンド”という言葉が何度も出てきて、Celineさんが(名前は言わまかったが)セーリングの技術を勉強している話も。「今まで危険な出来事には遭遇しなかったのですか?」と聞くと、一度難破しかけた話をしてくれる。ある時、崖の近くを航海していると、遠くに、水の壁のようなものが見えて、雨かな?と思っていたら、見る見る近づき、ものすごい突風が襲ってきたのだそうだ。慌てて錨をおろすなどして、半時間近く耐えて耐え抜いて、何とかその状況を切り抜けたのだとか。Celineさんも一緒に乗っていたそうなのだが、船はかなりの損害を受けて、二人はあとで救助されたのだそうだ。そんな経験をして「恐くないのですか?」と聞くと、恐いけれど、その場では、ただひたすら自分の出来ることをするだけだし、困難を切り抜ける達成感もある、また、ガールフレンドとの絆が前よりも深くなった、と話してくれた。
私の右隣の女性が、宗教の話題を持ち出して、Royが宗教を信じない、という話をすると、ちょっとした討論になった。これもインタビュー(Cyberpresse/ Pascale Bussières et Roy Dupuis)で読んだことはあるが、今ひとつ明確ではなかったので、実際に本人の口から正確なところを聞く機会があったのはとても嬉しいことだった。Royは、宗教に対して反対するわけではないけれど、宗教が人を閉鎖的にする時には怒りを感じるし、だから「(宗教を)信じるということはしたくないのだ」、とかなり熱心に語った。自分は、神を信じるよりも、もっと具体的に目の前に興味を惹かれること・やりたいことが山のようにある。神とは、思考の埒外にあるものだ、神が存在するかどうか誰にわかるだろうか?自分を限定したくない、ということだった。
その後、今度は左隣の女性が、「じゃあ、次は政治の話をしましょうか、それからその次はセックスの話よ!」と快活に宣言したので、一堂、大爆笑。Royもものすごく可笑しかったようで、しばらく大笑いし、テーブルはとても楽しく興奮した雰囲気につつまれた。
結局、セックスの話にはならず。ケベックの分離主義運動についてどう思うか訊ねられ、かなり長い間じっくり考えてから、「それはいいことだと思う、違いを認めることは良いことだ。もちろん、だからといってケベックを出て行ってもらいたいとか、そういうことを言っているわけではない。我々はずっと他所からああしろこうしろと命令されてきたけど、自分達が決定権を持つ、故郷と思える場所を持つことはいいことだと思う」というような内容のことを語ってくれたと記憶している。答えにくい問題だろうと思うのだが、とても慎重に、穏やかに、真摯に答えてくれたのが、嬉しかった。ところで、一度何か質問されたり議論になると、Royはとても集中して考え、文章と文章の間に長い間を置く。ところが、もう済んだのかな?という頃合に誰かが話しかけても、それを無視して(多分全く聞こえなかったのだろうと思うのだが)前の話題について再び話し続けることが頻繁にあった。皆もだんだんと質問のタイミングを計るのが上手になってきたのだが、一度だけ、ある女性が、Royが何かすごく大事なことを話していたときに(政治の話だったかな)、全く違う話を始めてしまい、思考(と会話)を中断されたRoyが「あぁ、仕方ないなぁ・・」という顔をしたことがあった。それだけ真面目に考え、話をしてくれている、ということなんだなあと思う。
全般的には、テーブルの雰囲気はとても良く、皆で笑い転げ、驚き、感心し、楽しい時間だった。Royもとても楽しんだようで、その後のサイン大会でも、写真撮影大会でも、とても明るくフレンドリーで、再び皆一人一人といろいろなおしゃべりをしていた。去年一緒に写真を撮ったときは、何か礼儀正しい“距離”を感じたのだが、今年はもっと陽気で柔らかで親しげな感じがした。気のせいか、今年はよく笑っている写真が多いような気がする。Royが帰った後に、Manners Of Dyingの上映会となった。Manners Of Dyingは、知っての通り、死刑執行の前の数時間を何度も再現するわけだが、それぞれがとても迫力に満ち、見事としか言いようがなかった。あっけにとられるような展開になるものもあり、途中、これはブラックユーモアなのか、それとも極度に苦痛に満ちたものなのか、どっちにとればよいのかわからなくなる部分もある。Royと共演のHoude氏の対決、とレビューにあった通り、二人とも素晴らしいが、やはりRoyファンとしては、彼がここまで多様な役柄をこなすのを見るのは実に楽しかった。
また、私は、前日の夜にモントリオールのダウンタウンの、Centre Eatonという映画館で上映されていた Memoires Affectives を二回見ることができた。観客は私を含めてたった数人、なかなか緊張させられるものがあった。映画は字幕無しのフランス語版だったので、ものすごく簡単な台詞以外は殆ど理解できなかったが、必然的にスクリーンをただひたすら穴の開くほど見つめつづけるしかなく、これは、あとで考えると悪くなかったような気もする。
Manners Of Dyingも、Memoires Affectives も、どちらも非常にユニークで、アーティスティックな、考えさせられる作品だと思う。LFNが終了して以来、これほど満足し、また何度も見てもっと理解したい、と思う作品は今までなかったので、個人的にもとても嬉しいかった。