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天井が高い。
何日過ぎたのかすら、おぼろげだ。
なのに、枕元にある携帯を見ると30分しか経っていなかった。頭が重い。
間接を曲げるのにどう動かしたらいいのかわからない…。
体温計の場所がわからない。
たぶん、引き出しの奥の方にあるはずだけれど、それを引き出す気力もない。
さっき、はってトイレに行った後、会社に電話をかけた。
まだ八時で誰もいなかった。
うちの部署は遅くきて残業する人が多い。
もう一度、電話をかけてみる。
「はい、経理部でございます。」
「あの…。」
「どうしたの?」
同僚で一番頑張り屋な空が出た。
彼女はどうも仕事が遅いのだけど、その分会社に早く来たり、遅く帰ったりしている。
「熱があるから、休むって伝えて。」
「うん、チーフには言っておくよ。ご飯は食べた?」
「食べてない…。」
「一人暮らしなんだし、せめて水分だけでも取らないと駄目だよ。なんなら、帰り寄ろうか?」
「いい…。ありがと。」
「じゃ、メールするわ。お大事に。」
彼女がこういうのは、下心も何もなく純粋であるらしい。
よく男性に勘違いされると、先日会社の飲み会で苦笑していた。
おっとりタイプが好きな人には誤解されるかも知れない。
携帯を置くかおかないかわからないうちに、寝てしまっていた。

天井が高い。
もう何日過ぎたのかすら、おぼろげだ。
枕元にある携帯を見る。
電源が切れていた。
重だるい体を引きずって、どうにか引き出しから体温計を探し出す。
意外に簡単に見つかってしまった。
ベッドに戻り体温計の音を待つ。
ものすごく長い時間をかけて、体温が計られていく。
寝返りを何度も打ち、何度も覗き見してやっと音が鳴った。
「…38.8。」
一気に動く気が失せる。
そう言えば携帯の充電もしないといけない。
充電器は机の上で、ベッドから下り、座布団を挟んだすぐ向こう側。
果てしなく遠い道のりだ。
枕元を見るとコードレスホンが転がっている。
必死に覚えている番号を押し始めた。

天井が高い。
もう何日過ぎたのかすら、おぼろげだ。
「起きたの?」
彼女が台所から声をかけてきた。
手には右手に携帯、左手にコードレスホン。
さっきよりはいくぶん頭は思考し始めている。

「俺、何時に電話した?」
彼女はトレイにおかゆと水と風邪薬を持って来てくれた。
「二時半ぐらいだったわよ。」
そう言って俺におかゆを渡す。
思いっきり仕事中に電話をしたにもかかわらず、彼女は怒ってはいない様子だ。
俺を気遣ってくれているんだろう。
「熱いからゆっくり食べてね。」
食欲はなかったが食べなければいけないのはわかっていた。
鶏肉と卵で親子粥になっている。
「今は何時?」
「十二時半よ。」
「へ?」
思わず口に入れたおかゆを吐き出しそうになり、慌てて水を求める。
電話の後十時間も寝ていたのか…。
だから比較的落ち着いているのか。
「定時で会社は出たのよ。六時にはついたんだけど、ぐっすり寝ているから買い物に出ちゃった。」
俺の家には鶏肉はもちろん、卵すらなかった。
もちろん薬なんて買ったこともない。
「泊まるけどいいわよね。」
彼女はTシャツと七分丈のパンツを履いていた。
むしろ泊まっていってくれないと、困る。
今独りになるのは…心細い。とても言えないけど。
「はい、体温計。」
「おかわり。」
体温計とお椀を交換する。
食欲が無かったはずなのに、食べ始めたら止らなかった。

携帯のメモリが充実しているので、番号を覚えることは基本的にはない。
ただ彼女の電話番号だけは登録していなかった。

20040619 枯矢

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