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メールアドレスも電話番号も彼女のだけは、もう絶対に忘れられない。

今でもよく覚えている。真夏の午後はとても暑かった。
待ち合わせの場所で待つこと十五分。彼女はこない。
あまりの暑さに嫌気が差して、待ち合わせの場所が見える喫茶店で休憩していた。
携帯を忘れた自分が悪いので、怒ってはいなかったがなんだか違和感がある。
彼女は俺との待ち合わせに遅れたことが無い。むしろ早く来て色々見て待っている。
そうやって俺が待ち合わせの場所につく頃、買い物した袋を沢山提げて現れるのだ。
なのに、こない。
俺は待ち合わせにきちんと行くようなタイプじゃない。だからか、相手が遅れることにもあまり腹は立たない。
自分が待っているのは嫌いだと言う人がいるけど、大事な人なら、待つのも楽しい。
そもそも近所に住んでいるので、彼女は年に数回の待ち合わせを楽しみにしていた様だった。
コーヒーはとっくに飲み終わり、一時間以上経ってまた外へ出た。日は高く雲も無く、暑い。
側にある噴水では子供が水浴びを楽しんでいる。甲高い笑い声と水のはじける様子に眩しさと涼しさを感じた。

彼女は俺のこんな性格を良く理解してくれていた。だから携帯ぐらい忘れてもどうにかなると思っていた。
結局四時間待って、日が暮れたので家に戻った。
彼女に何かあったとか、そういう不安はなかった。あったのは、枯渇したような漠然とした自分に対する不安。
何かが違うという違和感だった。

俺の携帯電話には彼女から沢山の着信があった。祖母が倒れたらしく、急遽帰省したらしい。
メールは一通も来ていなかった。きっと打つ時間さえ惜しかったに違いない。
留守番電話の内容はだんだん俺から連絡がないことの苛立ちへと変わっていた。
俺は「遅くなってごめん。」とだけメールを打った。

「大事な人の連絡先ぐらい、覚えておくべきね。」
彼女はそう言って俺の元を去った。

今の彼女は付き合っている訳ではないし、気持ちにも答えられないと思う。
でも、拒絶はできない。だからか、しっかりと電話番号とメールアドレスを覚えている。
やり方は以外に簡単。携帯のメモリに登録しないでおけばいいのだ。
いつも番号をみて、彼女だとわかる。メールアドレスを見て、彼女だとわかる。それでいい。

どうせ、今も携帯の電池は切れてしまったまま。あと連絡できるのは実家ぐらい。
今は彼女がここにいる。それだけで落ち着く。明日は病院に行ってから、会社に行こう。

電池が切れたらそれまでなんて、もう嫌だった。
でも、本当はそんな物質的なことではなくて、淋しい現実を回避する手段なんだ。それをごまかすために取っている対策。
現に、俺は彼女を受け入れられない。なのに、側にいてほしい。それを気がつかれてはいけない。
前の彼女のように、気がついて幻滅されたくはない。

せめて、今だけでも。傍にいて欲しい。

20040808 枯矢

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