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彼が言う言葉がどうしても理解できなかった。
私は別に特別な事を頼んだ訳ではないのに・・・。

先日彼が風邪を引いてから、私は彼と連絡を取るのが少々、嫌になっていた。
彼は一緒にいたいようだけど、別段私とでなくてもいい。もうわかっている。
だからこそ、頼られると、どうしても自分の中の何かを壊してしまうのだ。
そう、何かを壊している。それがよくわからない。
だから、彼の前では優しくしているけれど、家に戻ると号泣している。
理由がよくわからない。たぶん、どうにも出来ないものがあるのだろう。
私だって出来れば彼と一緒にいたい。けれど、彼の一緒にいたいと、私の一緒にいたいはきっと意味が違う。
誰だって、自分の大事な人だからと言って、考え方が同じ人はいない。
わかっているけど、それをつなぎ止めている気持ちって、どうやって維持すればいいんだろう。

嫌になったからと言って、寂しさが紛れる訳でもなく、通常となってしまった朝・晩のメール、仕事後の電話はやめなかった。
私だって、多少甘えたっていいでしょう。お互い様なのだから。そんな気持ちだった。

「どこか出かけようよ。」
「どこかって、どこがいいの?」
「特には決めてないから、貴女が決めていいよ。」
「じゃぁ、ドライブしようよ。」
「どの辺?」
「箱根とか、温泉がいいかな。」
ここまではメールだった。昼間仕事は平気?とメールした後、こんな話になった。
夕方電話をすると、彼はとても忙しそうだったので、
「さっきの話は、いつがいいの?」
「今週の土曜日だね。」
と言うので、
「じゃ、いくつか日帰り温泉調べてメールするわ。」
と、言い電話を切った。

出かけること自体は、久しぶりだった。
彼と私の生活リズムは似ているようで微妙に違うので、会うことは月に一回ぐらいしかない。
しかも出かけるとなると、それなりに準備も必要なので、そんなすぐにどうこう決められる訳ではないし。
とりあえず調べた資料を彼にメールで送付して、寝てしまった。

朝、メールするけれど、返事がなかったのでお気に召さなかったのだと思い、昼はメールを出さなかった。
夕方、電話をすると、
「面倒だからさ、都内の日帰り温泉にしようよ。」
と言う。彼は私の電話に出るために、わざわざ社外に出たようだった。
込み入った話をするときは、たいがい外で電話を取っている。
「なんで?」
「だって車運転するのも俺だし、出かけたら時間かかるだろう。それに温泉に入りたいなら、都内にも沢山あるし。」
「じゃ、行かなくていいよ。」
「え。なんで。」
彼は全くわかっていない様子だった。
「別に行く人、他にもいるし。いいよ。」
私は相当頭にきていた。
もとは自分が出かけたいと言いだし、どこでもいいと言うので、私がドライブと提案したのだ。
どこがいいと聞くから、箱根等の温泉街で日帰りでもいいから温泉に行こうと、言った。
この人は、私が提案した事を、全部無に返している。
自分が面倒だと言うだけで、行きたくないと言う。
こう言うことは誰とだってある。でも、どうしても理解できない。自分が言い出した事じゃないか。
どうして、私の意見だからと言ってそんなに簡単に変更できるのか。
確かに彼は「でかけたい」と言っただけだから、都内の温泉でもいいのかもしれない。
でも、私は彼と行くからドライブがいいし、ゆっくりしたいと思ったのに・・・。
「そう。じゃ、止めようか。」
彼は、簡単に引き下がった。
そうでしょうとも。私が色々調べたり、時間配分考えたりしたことは全然思ってくれていない訳でしょうとも。
「じゃ、またね。」
私は駅まで歩く道すがら電話をしているのだけれど。泣いていた。泣きながら、周りを気にせずに歩いていた。
自分は可哀想な人でいい。周りは怪訝な顔をしているけれど、いい。

週末は彼が私の家に遊びに来た。
「あのさ、貴方は私のこと、どう思っているの。」
彼はうちの漫画を読み始め、くつろいでいる。
「別に、なんとも。」
「なんともって、どういう意味よ。」
やれやれと言った表情を浮かべて、彼は漫画を閉じた。
「大事だと、思ってるよ。それだけじゃ、何か困るの。」
「本当にそう思ってるの。」
「思ってるよ。だからこうして、休みに遊びに来てるじゃないか。」
「それはわざわざ遊びに来てくれてありがとう。」
私の言い方にむっときたのか、
「どういう意味だよ。」
「わざわざなら、遊びに来てくれなくてもいいわ。私が行けばそれで済むのでしょう。」
彼は小首をかしげていた。
「そうだなぁ、貴女がきてくれると、俺は嬉しいよ。」
「私の言いたいことは、理解してもらえそうも、ないわね。」
自宅なのに、カバンを持って出かける準備を始めた。
「何処行くのさ。」
「貴方と行く予定だった温泉に一人で行ってくるのよ。別にロマンスカー乗れば日帰りでも行けるでしょう。」
彼は全く理解不能な様子で、私の腕を握る。
「それって、当てつけなんじゃないの。」
「たぶん、そうよ。」
私は否定する気もなかった。そう、別にせっかく彼が遊びに来てくれたのだから、家でのんびりすればいいと思う。
だけど、彼が家に来れば、食事の用意などするのは私が担当で、彼は漫画読んでいるか、借りてきたDVDをみているだけなのだ。
彼が言う、自分が運転することが、面倒なのと同じ。
だったら、私が出ていけば、いい。
「ちょっと待ってよ。」
漫画を片づけて、自分も出かける用意をしようとしている彼に、
「どうせ合い鍵持っているのだし、くつろいだら帰れば。」
と、言い捨てた。

駅まで早歩きで進んでいたのに、彼の車に追いつかれた。
「俺がいけなかったら、謝るから。これから、一緒にでかければいいじゃないか。」
彼は運転席から私を呼び止める。
「今日は、もう貴方と一緒にいるのはいやよ。」
無理矢理振り返らされた私の顔を見て、彼が本当に困った顔をした。
「なんで、泣くの。」
「・・・もう、貴方と一緒にいられないと感じるからよ。」
そう言うと、彼は本当に辛そうな顔をして、それでも、
「じゃぁ、とにかく家に送るよ。」
と、助手席に乗せられた。
「人前で泣くなんて、貴女らしくないね。」
彼は、そう言って、私の頭をなでた。
「帰った方が、いいみたいだね。」
私の気持ちなど聞かず、自分で結論づけて、帰っていった。

それでも、嫌になったからと言って、寂しさが紛れる訳でもなく、通常となってしまった朝・晩のメールはやめなかった。
私だって、多少甘えたっていいでしょう。お互い様なのだから。そんな気持ちだった。
でも声を聞くのは怖くなって、その後一度も電話が出来ない。
週末、色々と予定を立てて、彼とは会わないと決めた。

20050125 枯矢

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