Record of Dextro War


Dexro戦記

あなたは、結果を知っている。知らなければ一言で紹介してしんぜよう。
−Dextroというガルカ族の勇士が、アランというイギリス貴族と戦った。 Dextroは1対2の戦力差にも関わらず、アランを打ち破った。
これが、現在日本の教科書に載っている全てである。 高校生ならば、知らないと落第する、結果としての歴史である。 そしてこれ以外の諸々は、プロセスを愉しむオトナのための歴史である。

二人の主人公
まずはじめに、この物語に登場する二人の英雄を紹介しよう。
壮年にさしかかったDextroは、身長177cm 体重70kgの立派な体躯を誇るガルカ族の勇士だった。 対するアランは、身長170cm体重60kg。後にS宮君の名で親しまれる彼は、 この当時まだイギリス貴族の名門に生まれた騎士という設定で周囲の嘲笑を一身に集める将来ある若者であった。

開戦
戦いは、いきなり火蓋が切って落とされた訳はなかった。 始めは外交戦だったのだ。そしてそこでは、大英帝国生まれ(自称)アランの卓越した外交手腕が光る。
「だって、Dextroさんとだったら、2対1だって勝てるかどうか怪しいもん」
「そんなことはないけど、まあ、今回はアラン君にご馳走したいという名目での集まりだし‥‥」
質実剛健を至上の徳とする、言いかえれば外交べたのガルカの壮士は、 戦う前に既に戦いの始まっていることに気づかず、簡単に外交上手のアランの口車に乗ってしまっていた。 心中、己の戦略的優位さを確信したアランは舌を出していたに違いない。
常識で考えれば、体格的にそれほど大きな差のない二人が、2対1のハンディキャップ付きで戦うことなど考えられない。 しかしDextroには、かつてCoCo壱番屋で1500g以上カレーを完食したという部族の誇りがある。 へたれのイギリス貴族何するものぞ、という奢りがあったのだ。 そしてそこを、外交上手のアランに突かれた訳だ。
「カルビ2人前、ロース2人前」
「カルビとロース1人前」
ところは、渋谷風風亭。戦端は、静かに開かれた。

誤算と、勝算と
Dextroは焦っていた。
まず、地の利を得られなかった。アランと、彼と、そして見届け人としてなぜかついてきていた名もない絵描き、 かの地にいたのはその3人であった。そして、鉄板はこの3人によって3等分されたのである。 必然、アランの倍食べねばならないDextroは、時間で追いこまれることとなった。 いくら生肉の好きなガルカといえ、焼いてあった方が美味しいにきまっている。 というか、Dextroは良く焼いた肉が好きだった。
ゆうゆうと食べつづけるアランには、事前の外交戦略で、そして今この地において見届け人をも味方につけた優位に、 勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
では、Dextroには勝機はなかったのだろうか? 言いかえれば、このガルカの英雄は、なんの勝算もなく、 単に部族の誇りから、この悲惨な戦いに臨んだのだろうか? 
そうではない。そのほんの1週間ほど前、彼は天啓を得ていたのだ。
それは、地上波でかれに届けられた。
焼肉屋の裏技、そのような番組名であったか。焼肉屋で得をする10の裏技のひとつに、 1人前注文、という技があった。すなわち、1人前で注文すれば肉が100グラム来るところを、 2人前では180グラム、3人前では250グラム程度になるというのだ。 これは1人前の場合の肉に量があまり貧相に見えないための、店からのサービスを逆利用するのだと、 番組はさりげないフォローをしていたがそんなことは関係ない。要するに、1人前づつ頼んだ方が、「トク」なのだ。 彼は、これに目をつけた。 カウントの公平を期すために、戦う2人は別皿で、時間差で頼むものという協約があった。 ということは、アランが100グラム注文するごとに、Dextroは180グラムでいいことになる。 この1割の差は馬鹿にならない。
‥‥彼の勝算は、ここにあった。この戦術(こすいとも言うが)こそが、彼の勝利を約束してくれるはずだったのだ。

騎士道
「だったら、タンばっかり食べればいいじゃん」
そのうち、中立もへったくれもない見届け人が言い出す。確かにカルビやロースと比べて 食べ放題用にごく薄にスライスされたタンは、同じ一人前でも質量的にかなり少ない。半分と言っても過言ではないだろう。 そしてこれがまたDextroを追い込む。彼の好物はといえば、タンよりカルビ、カルビよりロース、そしてロースより 内臓、だったからだ。
しかし、意外なことに、アランはその作戦をとらなかった。むしろ、その卑屈な戦法を先に口にされてしまったことで、 彼の密かなプライドに火をつけたのかも知れなかった。
「だって、1対2で戦ってるのに、そこまでしちゃあ勝っても気分良くないもん」
コイツ‥‥勝った気でいやがる。
「まあ、細かいことは言わないで、タンとその他で合わせましょう。タンで1対2、その他で1対2」
「じゃあ、キムチとかアイスクリームで稼げば‥‥」
おまえは黙れ。それは最初からルール違反だ。
「てことで、すいません、卵スープを。‥‥これは、カウントに入れなくていいですから(笑)  ま、余裕と言うか、騎士道ってやつですね」
その時点でアラン7皿、Dextro12皿。8皿くらいでアランは限界のはずだったが、 ここで騎士道云々を口にできる余裕が彼にあろうとは‥‥。しかも、あまつさえ卵スープまで注文するし。
ハードな戦いになりそうだ。Dextroは、じっと目の前の肉を見た。

ハードフォウト
アランは次で10皿。しかも、流石に速度は落ちてきたものの、まだいける様子だった。 対するDextroは、16皿。もはやなんの余力もない彼は、ただ黙々と食べつづけるだけだった。 しかも店が違うとは言え、16皿の時点で、それは彼の過去最高記録だったのだ。
「じゃあ、ロースを一皿」
「‥‥ロースとカルビを2皿づつ」
これで捕らえた。Dextroは、しかしそうは考えられなかった。
限界が、近づいている。Dextroが運ばれてくる肉の山を片付けて、アランがあの1人前ぽっちの肉を食べ尽くして、 それでようやくイーブンなのだ。そのあとどうする? 確かに、アランもそろそろ限界が近いはずだが、 それは自分も同じだ。ここへ来て、その彼の倍を食べつづけられるだろうか‥‥。
無理だ。それは、途方もないことだ。だとしたらどうすればいい?  どうしたら、このイギリス貴族に一泡吹かせられるだろうか? ひたすら肉を口に運びながら、Dextroは考えた。 アランは、のこり数切れの肉をもてあそんでいる。彼だって、状況は同じはずなのだ。 だが、1人前ずつ刻んでいけば負けることはないという圧倒的な余裕が彼にはある。 それがある限り、食力で人間を超えなければ、Dextroは勝てない‥‥。
食べ終わったアランが、追い討ちをかけるべく、あるいはとどめをさすべく、皿を下げに来た店員にオーダーを頼んだ。 伝票を取りにもどる店員。そして。
勝機は今しかない。残った肉を大急ぎで詰めこむと、戻ってきた店員に、Dextroはアランより先に、注文をした。 これが、最期の矢だ。
「ロース2人前、テッチャン2人前、そしてタン塩を4人前!」
「‥‥!」
張子の虎か。とにかく都合8人前の大攻勢だ。アランが、息を飲むのが分かる。
「‥‥さてと、オレンジシャーベットと、抹茶アイスクリームお願いします」
戦いは終わった。

ノーサイド
こうして、ガルカの勇者は勝った。焼肉屋の料金はアランの支払いとなった。 こうなれば、もう敵も味方もない。戦いに疲れた自分に、そしてアランに、彼は懐から緑の小箱、胃腸薬を取り出した。 ほっと場が和む。その箱には死力を尽くして戦った二人を祝福するかのように、食べる前に 飲むという文字が 燦然と輝いていた。



この物語はフィクションであり、現存するいかなる人物・団体とも一切の関係はありません。