不思議な卵

 おかぁさん、おかぁさん。とその子供は大声を出しながら母親の元へとかけて行った。
 母親は、なあにという顔をしながら我が子を見る。子供はこれ、と両手でうやうやしく掲げながら一つの卵を母親に見せる。
 その卵はまだらに色のついたマーブル模様をし、ダチョウの卵よりもやや大きめでこの世にあるものとは少し違うのではないかと感じられる不思議な物体だった。
 
 砂場では幾人かの子供達が遊んでいた。
 それぞれが思いも思いの遊びをしているようだ。その中の一人の子が、砂の城を作りながら、自らの手で開けた城のトンネルの向こうを見た時、素頓狂な声をあげた。
「これ、なに?」
その子が声を上げながら指したその先には不可解な大きさと色をした卵が砂の上に、でん、と鎮座していた。
 その場にいた保護者と言う名の親達は、訝しげに突然現れたそれを見る。
「何の卵かしら?」
ある主婦は誰もが思い浮かぶであろう至極当然な疑問を口に出してみる。
「ダチョウじゃないの?ほら、模様だってイースターとかなんとかってので卵に絵の具で色塗ったりするっていうじゃない」
少し前にテレビジョンで見た情報を思い出しながら判断した別の主婦がそう答えた。
「どこから」
無論、それが例えダチョウの卵だとしても、例えイースターに使われるようなペイントを施されていたしても、それが突然現れた理由をなんら解決するものでは無い。
 そこにいる保護者一同は皆、ある種のうすら寒さに襲われたが、すぐに忘れた。
 起こっていることが常識範囲外である以上、それは初めから誰かが置き忘れたことにして、単なる奇妙な忘れ物にしてしまったほうが良い。このような奇妙なものを置くような者の精神など探らず見なかったことにすれば良いのだ。
 保護者の一人がその卵を恐る恐る拾って、ゴミ箱に捨てた。
 ただ、見つけたものの話のカヤから外された子供達だけはいつまでも目を輝かせていた。
 
 小学5年生になったばかりのその子供は、自分の部屋の机の上に自己主張するかのように立っているその卵に言葉を失った。
 何故突然自分の机の上にこんなものがあるんだろう。不思議を躊躇なく受け入れるには難しい年にさしかかっている、丁度そんな時、目の前に現れた物体は固まろうとしている些細な現実を壊す存在としては充分過ぎた。
 もしこれが、どこかへ出かけていて部屋に戻った時に鎮座していたというのならそれが誰かの悪戯だと納得もできよう。しかし、この物体はその子が見ている目の前で粒子状にくすぶりながら形を現していったのだ。
 なにが起こったのかわからないまま、物体。すなわちその卵から目を離せずただ、立ち尽くす。他に行動の取りようがないとも言えよう。
 どれぐらい時間がたっただろうか。一人と一つの間に変化が起きた。
 卵が少し震え出した。最初はほんの少しだけ。しかし、やがてはっきりとそれとわかるほどぐらぐらと動き出した。
 子供は少し、ひっ、声をあげ怯えて見せたがそれでも相変わらず不思議な金縛りになったかのように動けず、ただ成り行きを見守るしかなかった。
 ぐらぐらと揺れ続ける中、卵からぴしりと何かが割れる音が響く。卵は表面からまるで玉葱かレタスのようにぺりぺり剥がれていく。
 そしてある程度剥けたとき、卵はぱぁんと破裂した。
「わぁっ」
子供は思わず大声をあげて尻餅をついてしまい、目をぎゅっとつぶる。
 それでも5秒ほどでゆっくりと目を開け、卵があったその場所を恐る恐る確かめる。
 すると。
 ハローハロー。
 声が聞こえた。
 ずっと待ってた。この時を待ってた。
 卵があったその場所にいたモノは嬉しそうにそうはしゃいだ。
 
 堰をきったかのようだった。
 一斉にあちこちで卵が出現する。
 家で。道路で。公園で。学校で。
 ハロー。ハロー。
 その子供達は一様に目を輝かせた。ずっと、ずっと前から待っていた気がする。皆そう感じている。
 ハロー。ハロー。
 子供達はまるで夢でもみているかのように抵抗なく、卵から出てきたものの手をとった。
 ハロー。ハロー。
 
 不思議な静寂が街を包んでいた。 
 街からは溢れかえっているはずの子供の姿が消えているのだ。
 当然大人達は必死で探したが見つかることはない。
 大人達の一部にはなんとなく原因になるものがなにかはは想像がついたが、何故そうなったかは誰一人としてわかる者はいなかった。
 例え殻を破った子供達が殻の外に行ったことに気付いたとしても、殻に閉じこもったものにはわかるはずもない。
 
 ほとんどの人があきらめざるを得ないような時間が過ぎた時。
 今度は、ハローハローと子供が呼ぶ声が聞こえた。
 
                           −終−

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