告白

 もういい加減なことはしないと決めたんだ。
 僕は空を仰ぎながらすっと息を吸い込んだ。
 目の前にいるのは素敵な彼女。
 ずっと返事を待っている。僕はそんな彼女が愛しいから、勇気を出してその一言を言おうと、口を開いた。 
「けっ……」
 彼女はふわりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。視線は決して離さない。
 うぐ。
 僕は、あまりの緊張で次の言葉が出てこない。そして、
「けっ…。けほっ、けほっ」
へんな咳が出てしまい、思わず、顔が真っ赤になった。
 彼女はゆらりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。熱い視線は変わらない。
 僕はますます緊張して、思わず顔をうつむいた。でも、視線は熱く僕に突き刺さる。
「あ。あの」
何とか大事なことを口に出そうと、僕は懸命に声を出す。
 彼女はひらりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。見えてないけど感じてる。
 僕は口下手で、引っ込み思案な方ではあると自覚はあるけど、こうも臆病だったのか。少し自分に絶望しながら、何とか顔を上げてみる。
 彼女の視線は変わらず、僕に向けられている。
 たすけて。
 僕は何だかとてもたまらない気分になった。
 逃げだしたい。でも逃げられない。
 蛇ににらまれた蛙というのはこういう事をさすのだろうか。
 勇気を出すんだ。
 僕は自分自身にそう言い聞かせながら、言うべき言葉を頭の中で何度も推敲する。
「いい天気だね」
ようやく、すっと出た言葉に思わず気分が遠くなる。
 我ながらなんて間抜けな会話なんだろう。いや、会話ですら無い。なぜなら。
 彼女はすらりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。何もしゃべらず見つめてる。
 ちゃんと、ちやんと、言うんだ。
 僕は意を決して何とか言ってみる。
「け…けっこ……」
彼女の熱い視線が痛い。言葉がうまく続かない。
「けっこうなお手前で」
 瞬間。
 彼女の熱い視線が一気に冷えた。
 刹那。
 僕の中を激しい後悔が襲った。
 これが、これが大後悔というものなのか。たまらない。このまま走り出してみようか。
 僕は彼女を見つめた。
 彼女はじろりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。恐ろしい顔で僕を見つめる。
 やっぱり。
 僕は思わず泣き出しそうになった。
 この先どうすればいいんだ。
 二人の間を何か冷たい空気が流れてるのをはっきりと感じる。
 これは噂の世間の風というやつなのか。
 違う。
 そんな訳はないとぶんぶんと首を振りながら半ばやけくそ気味に僕は叫んだ。
「また今度っ」
そして、僕は脱兎のごとく駆け出した。
 ものすごい勢いで家に帰り布団にくるまる。
 僕は彼女を置いて逃げてしまった。
 今さっきの何倍もの後悔が僕を襲う。もう彼女も僕を許してくれまい。
 僕は体が、がたかだと震えていることに気付いた。
 悔しい。何が悔しいのかわからないほど悔しい。
 簡単な、本当に簡単な一言を告げるだけのはずが、何でこんな事に。どこでボタンを掛け違えてしまったのだろうか。
 僕は布団にもぐりこんだまま電話に手をかけた。
 いつもかけている短縮番号を恐る恐る押してみる。
 もう許してくれなくてもいい。ましてや良い返事なんて望まない。ただ、ただ、謝りたい。
 十回目の呼び出しで出た彼女の声はかすれていた。
 僕と彼女はお互い泣いた。
 
 
 
 1週間か。
 僕は空を仰いだ。
 ここで僕は今日告白する。できなくともする。
 今度こそ泣かせない。
 彼女はふわりと僕を見る。彼女はじっと僕を見つめる。次の言葉を待っている。
 僕はすっと出すべき言葉を出した。
 彼女は泣いた。
 
                          END

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