知る者
彼の仕事は特別だった。 その仕事はこの世界においてもっとも重要であるともいえよう。 そんな彼の仕事は世界の秘密を知っている事であった。 ある時は世界を巻き込む戦争が始まりそうになった時に、訪ねて来たある一国の首相に助言をした。その首相はその助言通り世界の秘密を少し使って戦争を有利に進めていき、最後にはとうとう、秘密を使った新しい兵器を造って戦争に勝利し、そのまま世界で一番巨大な国にまで発展してしまった。 ある時は、旅の錬金術師が彼の元を尋ね、不老不死の秘密を聞いてきた。彼は秘密をちょっとだけ教え、錬金術師を返すと、後にその錬金術師は世界の歴史に名を連ねるほどの偉大な名を得た。 ある時は、迷い子が出てこないと泣きついてきた母親に秘密を少し見せた。秘密を知った母親はあっという間にわが子を見つけることができた。 ある時は、世界の秘密を全て教えろと脅してきた賊が来た。彼は包み隠さず全てを教える。すると賊はあっという間に自殺してしまった。 ある時は、秘密を教えるのをやめろと脅された。しかし、彼はその相手をあっという間に打ち倒してしまう。秘密を知る者に脅しなど無意味なのだ。 そんな毎日が彼の日常だ。 彼は自分を訪ねてくる者に対してはその秘密を惜しみなく披露する。 彼はこの世界における教師なのだ。 ある日、彼は突如訪問者をしめだした。 訪ねて来た人達は何事かと彼を心配するが、彼は何も答えない。 ただ彼の家の前に一枚の立て札が立ち、こう記されていた。 『時期は来た』 人々は何の時期かはさっぱり判らなかったが、全ての秘密を知る彼が時期が来たと言うのなら来たのだろうと納得する。 そして、何の時期なのか。 それを当てるのが突如人々の間で流行し始めた。 いろいろな答えがうちだされた。 笑える答え。ばかばかしい答え。恐ろしい答え。奇妙な答え。 中でも人々の中で最も多く流れたのが恐ろしい答えである。 正体が判らないものに対して人は後ろ向きな答えを出しやすいのだ。 とりわけ、人類絶滅説は物凄い速さで世界中に回った。 その説は人々の心を確実に蝕む。最初はじわじわと。しばらくすると巨大な力強さで。 世界は混乱した。 業火が世の中を灼熱で照らす。 人々は何が原因でこうなったかも忘れかけた。 その時。 彼は姿を現した。 その姿に人々は一斉に救いを求める。 彼はその様子を見ながらやれやれ。といった顔をしながらこう言った。 「まだ自分で考えられないのか」 人々はその言葉に茫然としながら、そのままどこかに去ろうとする彼を見た。 一人が彼にどうしてこんなになったのかと尋ねる。 全く判ってないではないかと彼は大いに呆れながらそれに答えた。 「そろそろ、おもりは飽きた。時期とは即ち、自分が人に教えて楽しい時期の終わりが来たのだ」 彼はそう言って今度こそそのまま去って行ってしまった。 自らの考えを持たない人々がその後、どうなったかは最早言うまでもなかった。 その炎は間も無く世界を包んだという。 終 |