……ここは、……いや、考えるまでもないことだったな。

 私自身、何体も『失敗作』を落として──いや、『堕として』きた身だ。ここがどこかなど、いとも容易く想像がつく。

 ……身体は……まだ、動くか。

 移植した生体組織の拒絶反応が影響しているのか、五感の内の二つ──味覚と嗅覚は失われているようだが、頬肉から滲み出ている腐汁を味わわずに済むし、ここの先客たちと自分の身体からの腐臭を嗅がなくて済むから、これはむしろ幸いというべきかも知れない。

 ……残りの三感には、特に問題はないようだ。暗闇を見通す目はよく見えているし、床を這いずる同類たちの苦鳴を聞く聴覚と、皮下で蠢いている蛆虫を感じ取る触覚もまだ残っている。

 ──私は、戦える。

「……行こう……全てを、終わらせるために……」

 喘鳴のような音を立てる咽喉が、内に秘めた思いを乗せた言葉を紡ぎだす。

『この研究所を破壊する』という意志を込めた、己に対する誓いの言葉を。

 ……今の私を止めることは、おそらく誰にもできないだろう。

 自身の研究成果を体現した私の能力なら、対人用に設置されたセキュリティなど、何の役にも立たないはずだ。

 もし、止めるものがいるとしたら──それは、新たな犠牲者を使って造られた『怪物』……

 ……私と同じ『Monster』だけだ。

 私は上体を起こし、立ち上がった。

 乾いた体液で床にへばり付いた身が剥がれ落ちていくが、神経組織の壊死が進んでいるのか、痛みはほとんど感じない。

 急がなければ。

 こんな思いが自然に浮かび上がってくる私を……私は嘲笑った。

 こんな身体になる前……私は人を人として扱わず、『実験体』として『処理』し続けてきた。

 それなのに今は──人でなくなった身でありながら、私は人のために戦おうとしている。

 ……皮肉な事だ。人の身体の時は心を持たなかった私が、化け物になって初めて心を──人の心を、取り戻すとは。

 人は人の心を、怪物は怪物の心を持つべきだろうに。

 ……まあいい。

 私は壁に向かって歩み寄り、拳を振り上げながら思った。

 死ぬまでの──いや、『滅びる』までのわずかな時間くらい、感傷的になっても構うまい。

 ──やるべき事さえ、成し遂げられれば。

 振り下ろした雷を纏う拳が、コンクリの壁を打ち砕き、瓦礫の山に変える。

 自らの手で作り出した『出口』を抜けた私は、鳴り響く警報の音をどこか遠くに感じながら、存在するかも解らぬ神に、こんなことを願っていた。

『この研究所のどこかにいるであろう妹と、私を逢わせないでくれ』と。

 命を玩んできた罪深き存在の願いを、聞き届けてくれるかは解らないが、それでも願わずにはいられなかった。

 私を見て怯える妹の姿を……変わり果てた妹の姿も、目にしたくは……ないから……

                   
 end

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