賑やかな繁華街。ネオンが輝き、ホストやホステスの客引きの声が、酔っ払いの笑い声と怒鳴り声が響く。しかし、道を一本曲がれば、そこには闇が広がっている。

 街のネオンも届かず、誰も見向きもしないその闇は、明るい繁華街の死角だ。

 その闇に一人の少年が立っている。年齢は十六歳ぐらいだろうか。どこかの学校の学生服を着込み、右手には抜き身の一振りの日本刀、足元には斬り刻まれ、黒いスーツを着た男が倒れている。周辺には血が流れ、鉄の臭いが立ち込めている。そして、日本刀からは血が滴り落ち、頬には返り血がついている。

 間違いなくこの少年が切り、男は絶命している。

「人間はどこまでも汚くて、僕たちが守る義務なんてないんだよ?姉さん」

 少年は倒れた男を見下ろし、闇に向かって呟いた。

「それでも、我々は人間を守らなければならないのだ。海星よ」

 少年の後ろ、繁華街の明かりをバックライトに一人の少女が現れ、透き通るような声でそういった。

 少女は、腰まで流れるような美しい黒髪を後ろでまとめ、少年と同じと思われる学校のセーラー服を着込んでいる。しかし、右手には鞘に収められた一振りの日本刀が握られている。

 だが、その日本刀は少年のものよりは小さく、小太刀というものに分類されるものだ。

「海星、我々の務めは人間を魔の者から守ることだ。人間を斬ることではない」

 少女は海星と呼んだ少年に、言い聞かせるようにいう。

「姉さん、何をいっているんだい?人間は醜いよ……。どうしようもないくらい!」

 海星は吐き捨てるようにいうと、少女の方を振り向く。

「人間は他人を蹴落とし、汚して地位や名誉を手に入れようとする!何でそんな連中を守らなきゃいけないんだ!?この男だってそうだ!!」

 そういって海星は、足元に転がっている男の死体に向けて、蹴りを入れる。

「この男は、他人の弱みに付け込んで金を巻き上げていたんだ!何でこんな奴を守らなきゃいけないんだ!!答えてくれよ、雨月姉さん!!」

 雨月と呼ばれた少女は呟くように、しかしはっきりとした声で

「魔の存在から人間を守る、それが我々が生まれた理由、作られた理由だ……」

 そう、この二人は人間ではない。『魔剣』と呼ばれる人ならざる者、それがこの二人の正体。

 そして、彼らが持つ日本刀と小太刀こそが本体であり、彼らの人間の姿は鞘人と呼ばれる、作り物だ。

「海星、人間がいくら醜くても、いくら汚くても、我々は人間を守らなければいけない。それが我々の使命だ」

 雨月はそういうと、右手に持っていた小太刀を左手に持ち替え、逆手で鞘から引き抜き、構える。鞘は雨月の左手に、溶けるように消えていく。

「そうか、僕を殺すんだね?雨月姉さん」

 海星は、どこか楽しげに呟く。

「お前は人を殺めて来た。私は使命に従い、お前を斬る」

 雨月の刃が闇に光る。

「雨月姉さん、今まで僕を斬れなかったのに、今日に限って斬れるのかい?何だったら、あの男にやってもらったら?姉さんのご主人様にさ。それとも、ご主人様の命令?僕を斬れって?」

 海星が笑いながらそういうと、

「黙れ!主には関係ない!!これは我々二人の問題だ!!」

 雨月が怒りの表情でそう答えた。

「そうか……。僕たち二人の問題か……。なら、今日こそ決着を付けようか?僕が勝つか姉さんが勝つか……」

 海星がそう呟き、己の本体である日本刀『海星』を構える。

「今日こそ、長い因縁に蹴りを付ける!」

 雨月が己の本体、小太刀『雨月』を構え、斬りかかる。

 だが、海星は雨月の攻撃を受け止めると、それを弾き上げ、逆に雨月へ下段から斬りかかる。

「クッ!」

 雨月はバックステップを使い、紙一重でかわす。

「姉さん、小太刀ごときが日本刀に勝てるわけないだろう?」

 海星が突きの構えで突進してくる。

「お前の力任せの攻撃など、当たるものか!!」

 雨月が円を描くように動き、海星の攻撃をよけ、後ろに回りこむ。

「それがどうしたのさ!」

 海星は突きがかわされると同時に、振り向きざまに斬りかかる。だが、雨月は動じることなく、それを受け止める。

「僕たちは確かに、魔物から人間を守るために作られた。だけど、人間は僕たちの姿を見て、化け物だの何だの言った!そのくせ、人間は自分が襲われると、僕たちに助けを求めてくる!!」

 海星が吐き捨てるようにいう。

「本当の化け物は人間だ!あいつらの中には、はっきりとした悪意がある!それに比べて、僕たちはどうだ?僕たちにあるのは、純粋な願いだけだ!血が吸いたい、人を切りたい、物を壊したい、強い奴と戦いたい……!その純粋な願いだけだ!!」

 海星がさらに力をこめる。

「そうだな。我々にあるのは、ただの願い。そして、私にあるのは『人間を守りたい』という願いだ!」

 そういうと、雨月は海星の刃を跳ね上げる。

 海星が即座に間合いを取り、刃を構え、怒りのこもった表情で雨月を見据えると、

「姉さん……。姉さんはどうして人間の味方をするんだね!?あんな欲望と悪意の塊の味方を!!」

 と叫んだ。

「何十年もの間、同じ問いかけを続けてきたな……。なら答えはひとつだ。私は人間と繋がっていたい。ただそれだけだ」

雨月は冷静に答えた。

「何で!何であんな奴らと……!!」

「人間は、確かに欲望や悪意の固まりだ。だが、全員がそうではない。他者を思いやる者、己を犠牲にして他者に尽くす者……。人間は完璧ではない。だからこそ、時に人を傷つけ、時に人を陥れる。そして、我々半魔も完璧ではない……」

 雨月が刃を構える。

「我々は人間でもなく、魔物でもない。どちらの社会にも溶け込めない。私は殺伐とした魔物の社会よりも、温かみのある人間の社会が好きだ。だから、私は人間の社会と繋がりを持った。それを壊そうとする者は私が排除する!!」

 雨月の左手にもう一本の小太刀が握られる。

「姉さん……いや、雨月!今日は本気だな!!」

「これで終わりにしよう、海星!!」

 二人が刃を構え、同時に動く。

 海星が刃を上段から振り下ろす。雨月がそれを左の小太刀で受け止め、右の本体で海星の鞘人を突き刺す。

「やっぱり……姉さんは強いや……」

 海星が呟く。

「何ぜだ海星!今の攻撃、お前ならばかわせただろう!!」

「……疲れたんだよ……。それにあの娘のところに、行きたかった」

 海星が崩れ落ちるように倒れ、鞘人が消える。そこに残されたのは、一振りの日本刀だ。

 雨月がそれを拾い上げる。

「明治維新の京都で、攘夷派と新撰組の抗争に巻き込まれたあの娘か」

「うん」

 雨月の問いかけに、本来の姿に戻った海星が答える。

「僕は……人間の醜い場面をあの時、いやというほど見た……。己の理想のために……斬りあい、殺しあう……。そして、無関係の命が散っていく……。だから……僕は人間の社会を捨てたんだ……。でも……心のどこかでは……人間と繋がっていたかった……」

 雨月が寂しそうな顔をする。

「姉さん、僕を殺してくれないか?僕は彼女のところへ行きたい。僕は、彼女と繋がっていたいから……」

「……わかった」

 雨月が本体である小太刀で、海星を切裂く。

「ありがとう。姉さん」

 雨月の足元には、二つになった海星が転がった。

「終わったようだね。雨月」

 彼女の後ろに、一人の若い男が現れた。

 男はくたびれたスーツに、髪をオールバックでまとめ、顎には無精ひげを生やしている。

「修一様」

 雨月がその男をそう呼んだ。

 男の名は久遠修一。裏の世界では魔物を狩ることを生業とする、久遠家の人間であり、現当主だ。

 そして、雨月の現在の主。

 雨月は生まれて数百年、ずっと久遠家とともに戦ってきた。人間に仇なす存在と戦うために。

「これで君の長い因縁は消えたわけだ……。しかし、彼もかわいそうだ。歴史に巻き込まれ、大事なものを失い、魔物と化したなんてな……」

 修一は、海星の柄を持って拾い上げる。

「こいつのこと、きちんと弔ってやれよ」

 そういって修一は、雨月に海星を渡した。

(海星、私は今この人と繋がっている。私はこの人を、人間を守り続ける。全ての人の繋がりを守る。それが私の使命だからな)

 海星の刃が頷くかのように光った。

     end

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