暗く狭い通路を一人の少年が歩く。所々にある非常灯が彼を照らす。

 短く切りそろえられた銀髪、炎のように赤い瞳、褐色の肌、整った顔立ち。年は十六、七だろう。身につけている白いTシャツやGパンはボロボロだ。そして、所々に見える傷の下には金属のようなものが見える。左腕には銃身が三本束ねられたガトリングガンが、右腕には大きな刃がついた手甲が装着されている。

 そう、彼は人間ではない。自動人形と呼ばれる、作られた存在だ。

 人間がもつ心臓の変わりに、ゴスペルエンジンという動力機関で動く、よく出来た人形だ。

(火器官制プログラムにバグ?こんなときに!ガトリングガンの熱量が高い?撃ちすぎか。パワー制御装置ともども冷却が必要だな。右アームに負荷が掛かりすぎか。高振動ブレードの強度が限界に近い)

 彼は自分の目―カメラアイに表示される状況を分析し、処理していく。

(早くしないと……)

 彼の脳裏―記憶装置に一人の少女の姿が浮かぶ。

(早く助けないと……)

 その時、彼のセンサーがT字路の右通路で動体反応を捉える。

(数3、質量からして……自動人形か……。十秒後に接触)

 少年がガトリングガンを構える。

(ターゲットロック、接触まで7,6,5,4,3,2,1、Fire!!)

 黒い服を着込んだ男達が見えた瞬間に、少年はガトリングガンのトリガーを引いていた。

 不意打ちを食らった男たちは、奇妙なダンスを踊りその場に倒れる。男達の傷からは回路や小型モーターなどが見える。

 少年はそれを確認すると、歩みを進める。

(博士の設計図をもとに、こんな粗悪なもんを作るなんてな……)

 しばらく行くと、目の前に重厚な扉がある。右にはカードキーと暗証番号を入力するテンキーが付いている。

「面倒くせぇ……」

 少年はそう呟くと、右腕のブレードで扉を切裂き、こじ開ける。

 扉の先は、高いドーム状の天井がある広い部屋だった。中央には舞台のようなものがあり、周りには階段式にベンチ、まるで古代ローマのコロシアムを思い出させる。

 その舞台の上には一人の後ろ手に縛られた少女、それを囲む六人ほどの黒服の男がいた。

「カガト君!」

 少女が少年に向かい叫ぶ。

「綾子!てめぇら、その娘から手を離せ!!」

 カガトと呼ばれた少年が、ガトリングガンを黒服の男たちに向ける。

「そう熱くなるな。AA−01 ジークフリート……。あまり熱くなると、強制冷却が必要になるぞ?」

 カガトの真正面、階段状のベンチの最上段に一人の少年がいる。

 年はカガトと同じくらいだろうか。軍隊で使用されているタクティカルベストに、軍用のカーキ色のズボン、軍用ブーツを履き、ブロンドの髪を短く切りそろえ、白い肌に全てを見透かすようなアイスブルーの瞳をしている。

「その名前で呼ぶのは辞めろハゲネ!!」

 ハゲネと呼ばれた少年が、鼻で笑う。

「悪かったな。今はそう……カガトだったか。だが、お前が『組織』を博士と抜けて、戦力は大幅にダウンした。おかげで、俺達はジリ貧だよ。俺がいくらがんばっても、向こうの物量にはかなわないんだからなぁ」

 ハゲネは最上段から飛び降りると、舞台の上に鮮やかに着地する。

「俺達は、良い世界を作らなきゃいけないんだ。この世界を、優れた人間や魔物だけの世界にするために、俺やお前の力が必要なんだ。わかるだろ?」

 ハゲネが子供に諭すようなやさしい口調で話す。

「わからねぇな!俺達の力はそんなためにあるんじゃない。弱い者を守るためにあるんだ!!俺は罪のない人間を殺せない!!」

 カガトがハゲネを睨み付ける。

「やれやれ、わからずやだな。この世に罪のない人間などいないというのに……。まぁいい。第一今、お前は俺に逆らえる状況にあるの思うのか?」

 ハゲネが綾子と呼ばれた少女を掴んでいる黒服の男に、顎で命令すると男の腕が首に巻きつく。

「やめろ!!」

「カガト、お前が首を縦に振って、ジークフリートに戻るというのなら、彼女を帰してやろう。だが断れば、分かっているだろう?博士の娘である綾子嬢は、父親以上の天才だ。そのような人材を失うのは惜しい。そうだ。寄生体を憑かせるってこともできるなぁ」

「カガト君ダメよ!お父さんがあなたを連れて逃げたのは、こいつらを潰す為なのよ!!私は、お父さんから全てを聞かされたわ。いざとなったら、死ぬ覚悟だってある!」

「黙れよ女ぁぁ!!」

 ハゲネが綾の顎を掴む。

「カガト、ジークフリートに戻れ。ケルト神話、人々を恐怖に陥れた魔龍ファフニールを倒した英雄ジークフリートのように、組織の英雄になれ!!そうすれば、この女とも一緒にいられるぜ。お前も、この女とずっと暮らしたいだろう?」

 ハゲネが右手をカガトに差し出す。

(俺は……)

 カガトが目を閉じる。彼のカメラアイに刻まれる文字は、

「最優先事項・敵の撃破。綾子および戦闘用アンドロイド技術が奪われるようなことがあれば破壊せよ」

 であった。

(俺は……綾子を殺さなきゃいけないのか……)

 カガトがガトリングガンのサーフティーを解除する。

「私はどうなってもいい!どんなに良い世界でも、あなたが人を殺してまで作った世界に、私は居たくない!!」

(……そうだ。俺は綾子を守るために居るんじゃない)

「……聞けハゲネ。俺は綾子を守るために居るんじゃない。弱い者を、貴様たち組織から人間を守るために居るんだ!!」

 カガトがガトリングガンを構える。

「カガト君……」

(そう。それでいいんだよ……)

 綾子が覚悟を決めたように目を閉じる。

 カガトがガトリングガンのトリガーを引く。ガトリングガンのセルモーターが低いうなぎ声を上げ、弾丸を撃ち出す。

 弾丸は綾子を避け、彼女を押さえつけている黒服達を襲う。

「カガト……それがお前の答えか?」

「そうだ。俺は決して貴様らに手は貸さない。例え綾子を人質に取られてもなぁ!!」

 カガトが空になったマガジンを予備のものに換える。彼のカメラアイには、揺ぎ無い決意が見える。

「そうか……。残念だ。なら、貴様を破壊してやろう!この女にはあとで寄生体を憑けてやる!!だが、貴様は邪魔だ!貴様が居るのは、組織のためにならない!!せっかく、組織に戻し生かしておいてやろうと思った、兄弟機のこの思いが分からんとなぁ!!」

 ハゲネが指を鳴らすと、背中にジェットエンジンと翼が生え、右腕にはアサルトライフルのようなものが装着されている。

「ジークフリートはファフニールを倒したとき、その血を浴び不死の力を手に入れた。だが血を浴びる際、一枚の葉がジークフリートの背中、心臓の位置に重なり、その部分は血を浴びることはなかった。そのため、ジークフリートは川で水を飲んでいるとき、そこを剣で貫かれ、死んだ。彼を殺した者の名は……ハゲネだ」

 そういうと、ハゲネの持つアサルトライフルから光の刃が生み出される。

「俺のフォトンブレードに切れないものはない。お前はここで破壊される!神話の通りになぁ!!」

 ハゲネのジェットエンジンが唸りを上げると、彼の体が空中に浮かぶ。

「んなもん、ぶち破ってやる!!」

 フォトンブレードを構えて襲い掛かるハゲネに向けて、カガトがガトリングガンのトリガーを引く。

「無駄だ!」

 フォトンブレードが弾丸を弾き、カガトに襲い掛かる。カガトはフォトンブレードを右腕の高振動ブレードで受け止める。だが、フォトンブレードはカガトの高振動ブレードの中ほどまで食い込む。

「クッ!」

「フォトンブレードが、貴様の高振動ブレードごときで止められるものか!!」

 ハゲネが力を込めると、フォトンブレードが徐々にカガトの高振動ブレードを切裂いていく。

「くそったれぇ!!」

 カガトがガトリングガンを構えトリガーを引く。

「チッ!」

 ハゲネがジェットエンジンの出力を最大にし、距離をとる。

「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 カガトが逃げるハゲネに照準を合わせるが、素早い動きに追いつくことが出来ない。

「ハッ!遅い!!」

 ハゲネがフォトンブレードを構え一気に接近する。

「死ねぇ!!」

「当たってたまるかよ!!」

 フォトンブレードと高振動ブレードがぶつかり合い、火花が散る。

『おおおお!!』

 二人の雄叫びが木霊する。

 カガトのカメラアイにブレードの限界が近いことを示す警告が表示される。

(このままじゃ、やべぇ……!)

 カガトのブレードのひびがさらに刻まれていく。

 綾子が二人の戦いを見守る。

(このままじゃカガト君が……。でも……)

 二人の戦いを見ていた綾子が意を決して叫ぶ。

「カガト!セーフティー解除!!入力コード『ジークフリート』!!」

 その声を聞いた瞬間、カガトの赤い瞳がさらに赤く光り、表情が消える。

「セーフティーの解除を確認。出力最大。ターゲット、AA−00 ハゲネ。ターゲットを破壊する」

 カガトの高振動ブレードがフォトンブレードを跳ね返し、フォトンブレードを破壊する。

「何ッ!!」

 ハゲネの前からカガトの姿が消える。

「どこだ!!」

 次の瞬間、ハゲネの背中のジェットエンジンが破壊される。

「ば、ばかな!!」

 床にハゲネが墜落する。そして、ハゲネのマウントポジションをカガトが取り、高振動ブレードを構える。

「これがジークフリートの力……」

 高振動ブレードがハゲネの頭部を貫く。

 

 非常灯が灯る狭い通路を、カガトと綾子が並んで歩く。

「ごめん。カガト君、あの力使いたくなかったのに……」

 綾子が静かに誤る。

「気にすんな。あれを使わなきゃ、俺は死んでた……」

 カガトが綾子の肩を抱く。

 綾子がカガトを見つめ、

「ねぇ、あの時私が死んでもいいって思ってた?」

 と問い掛ける。

 カガトは鼻で笑うと、

「俺の目的は組織から人間を守ること。その人間には、お前も入ってるよ。だから、あの時黒服だけをぶっ壊したろ?」

 と、笑顔で答えた。

 カガトが出口のドアに手を掛ける。

「さ、帰ってメンテ頼むわ。火器官制プログラムにバグ、ブレードの破損、右アームへの負荷……」

「はいはい。きちっと直しますから」

 カガトがドアを開けると、まぶしい朝日が二人を照らす。

「ねぇカガト君……」

「ん?」

「私にとって、カガト君は英雄だよ……」

「……お前、そんな恥ずかしい台詞よくいえんな……」

     end

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