ヒュン、と風を切る音がする。それは私の身体に打ち付けようとして振り下ろされた金棒。
力強く振り下ろされた金棒は舗装された地面を砕く。それから瞬き一つの後、私は手にした刀で敵の胸を突く。
浅い、これでは心の蔵には達しない―――
そう思った刹那、金棒を握っている手とは逆の、左手の爪が迫ってきた。
仰け反り攻撃を避けようと動くが、少しばかり、ほんの少しばかり遅く、爪は右の頬肉を削り取る。
刺さったままの刀を抜き、少しばかりの距離を取る。
やはり強い。何百年と同じ種族と戦ってきたが、今更ながらその強さを再確認させられる。
強く、雄々しく、荒々しく、倭人に駆逐され、今では数の少ない、鬼。
赤い巨体を前にして、私は少しの恐怖と血の昂ぶりを憶える。そしてその度―――嫌悪する。
私も同じ…同じなんだ。
刀を落とし、深く息を吐き、たった一つの想いを身体中に染み渡らせる。
『私は――鬼を殺す、鬼を滅ぼす』
私の身体が変異する。瞳は紅く光り、頭に二本の角が出で、牙と爪は伸び、引き裂けぬものは無いかの如く尖る。筋肉は強く躍動を始め、外見からは想像もつかないような怪力を引き出せるようになる。
これが今の私。鬼を殺すために鬼になった、醜い鬼の私。
私の前に居る赤い鬼がたじろぐ。先程まで相対していた…自分の子供と同じぐらいの娘が鬼になったのだから。
戦いの開始を意味する鐘はとうに鳴らされている。ならば後はどちらかが死するまで戦うのみ。
踏み込み、敵の懐まで一気に掛ける。赤い鬼は金棒を拾い上げ、再度振り下ろしたが、遅い。
左手で金棒を打ち払い、そのまま懐に潜り込む。そして先程私がつけた刀傷――心臓の位置に向かい、拳を突き上げた。
全ての力を出した私の拳に、白と黒の二つの光りが交じり合う。そしてそのまま赤い鬼の心臓を打ち貫いた。
私の手にグシャリと、心臓の潰れる感触がする。血塗れの右手を引き抜くと、私の前に立っていた赤い鬼は呻き声の一つも立てずに崩れ落ちる。
次に襲ってくるのは、この力を使った反動。心臓が早鐘を打ち、静かに呼吸する事がままならなくなる。
血塗れの右手と、血に染まらぬままの左手で、力の暴走を抑えるため、胸を鷲掴みにするように抑え付ける。
静まれ――静まれ―――!
どくどくと強く波打つ心臓がの音が徐々に小さくなり、次第に元の感覚に戻ってくる。それに伴い、呼吸も荒いものから静かなものへと変わる。
この力は好きではない…いや、鬼の力全てが好きではない。だが私はこの力を使い続けなければならない。
たった一つの復讐の為、私は鬼の力を使い続けなければならない。
私の大切な家族を殺した、あの忌まわしい鬼を殺すために、鬼の力を使い続けなければならない。毒を以って、毒を制する為に。
そして時に思う。私は…いつまで鬼の力を振るわなければいけないのだろう。
あれから既に600余年、未だ仇は見つけられないでいる。そんな私を自分自身で不甲斐無く思い、涙する。
とと様、かか様…姉様……
こんな私を皆は何と言うだろう。こんな鬼に身を墜とした私を…
もう元には戻れない……だがこれは私の我侭、エゴなのだ。
だから私は捜す。私から家族を奪った鬼を、この手で殺す為に。
その為なら私はどこまでも墜ちて行こう。その為なら私は何も怖くはないから。
落ちた刀を手にし、鞘に収める。
死体となった赤い鬼に一瞥をくれ、心の中で一言だけ。すまない、と思いながら、私はこの場を後にする。
私は捜し続ける。私の家族を、日常を奪っていった鬼を。
私は殺し続ける。私の仇の鬼をこの手で殺すまで。
end
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