私は、今日も弟を待っている。
今から七十年ぐらい前、私達姉弟は二人で一緒に、奈落へと繋がった。その理由はもう忘れてしまったけど、「奈落へ繋がった」と言う事、それだけはしっかりと憶えていた。
弟は今まで歩んでいた剣の道からか、主我と言う力を持った魔剣へと。私は魔法をかじっていた為か、魔女へと転生した。
でも、人でなくなっても私達は一緒だった。親を無くした時から、ずっとそうだったように、二人で暮らしていた。
だけどある日、弟は武者修行に出かけていった。弟の剣術の師匠がそうしていたように、自分も世界の広さを感じてみたいのだと。
そう言って、弟は出ていった。
それから、私の胸の中にはぽっかりと、穴が開いた。
趣味の料理をしても、手伝ってくれた弟はいなくって。作った料理を、いつも美味しそうに食べてくれた弟はいなくなって。
自分が夢中だった事に、いつも一緒になって夢中になってくれた弟はもう傍にいなくって。
私の胸の中にはぽっかりと、穴が開いた。
何もする気が起きなくなった。いっそ私も弟と一緒に行こうかと何度も思った。
でも、それは出来なかった。私が弟を追ってしまえば、弟には帰る場所が無くなってしまう。
だから行く事が出来なかった。
だから私は、胸の奥で小さくなっていたやる気を奮い起こして、一軒の店を構えた。小さな「魔法の店」を。
自分から見ても胡散臭く見えてしまう店には、やっぱり来る人は少なくって、私は何度も「止めてしまおうか」と思った。
だけど、よく来てくれるお得意様と、弟の事を思うと、「まだ頑張ってみよう」と思えた。
そして今日も、私はカウンターに座って弟の事を考える。
体を動かさない分、色んな事を考えてしまう。
今は何をしているだろうか。他の魔剣と果し合いをしているだろうか。怪我をしていないだろうか。負けて、倒れてしまってはいないだろうか。
…………死んでしまってはいないだろうか。
……うぅん、そんな事無い。きっと無事だ。
きっと弟は、帰って来たときに、人として暮らしてた時と、なんら変わらないような笑顔で、
「ただいま、姉さん」って、言ってくれる筈。
だから今日も、私はいつ帰ってくるか分からない弟の為に想いを馳せる。
どんな話を聞かせてくれるかな。旅先でどんな友達が出来たかな。哀しくて、悔しくて泣いてしまったかな。
お迎えの料理は何が良いかな。弟が好きなものが良いよね。私はちゃんと憶えてるよ、好きな料理を……
それでも、弟はまだ帰ってこない。こんなに、こんなに、こんなにも想ってるのに。
やっぱり私が本当の姉じゃないのがいけないのかな……心のどこかで弟との線を引いていたのがいけないのかな……
考えはいつも取り止めが無くて、いつも哀しい考えに行きついてしまう。
そしてその度、私の足元で、パートナーの猫が「にゃー」って鳴いてくれる。
そしてその度、私の頬を涙が伝う。ずっと続いている、私の日常。
不意に、キィ…と音を立てて店の扉が開く。私はお得意様だと思って顔を上げる。
入ってきた人は、いつものお得意様じゃなくて……
沢山傷付いていたけど、昔のままの笑顔で……
私の望む言葉を言ってくれた……
「ただいま、姉さん」、と……
end
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