自分大好き

昨年の大ヒット曲に「世界で一つだけの花」という作品がありました。
確か、紅白歌合戦でSMAPがトリを務めて熱唱していましたが、その歌詞については、
賛否両論様々な論争が展開されました。
数年前に、私は仕事で、この曲を作詞作曲された、槇原敬之氏のコンサートの後に、彼と
ファンの記念写真を撮影したことがあったのですが、槇原氏はスタッフやファンにも大変
礼儀正しく、かつ協力的で、私は好感を持ちました。
というわけで、現在も槇原氏には悪い印象は持っていませんが「世界に一つだけの花」の
歌詞の中で、この部分だけには違和感を禁じ得ないのです。

そうさ僕らは 世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい             作詞作曲 槇原敬之
                       歌唱   SMAP

一人一人の人間を花に例える。いい考えです。それぞれの花はそれぞれの種を持つ。うん
そりゃそうだ。問題は次です。その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい。
つまり、これは「自分の幸福を追求し幸福になることだけに情熱を燃やせ。」としか私に
は聞こえないのです。
村上龍風に「これが時代の気分さ」などど気取っている場合ではありません。
全ての日本人が他者を省みることなく、自分の利益と安寧だけを追い求めるようになった
時、もはや我が国は、人が人らしく生きるに値しない、弱肉強食の一神教世界と変わらな
くなってしまうのです。
人は誰でも、幸せになりたいと願い、日々努力をする。それは誠の道であります。
しかし、なぜ皆で幸せになろうと思わないのでしょうか?
不幸に見舞われた人をいたわり、努力が足りない人を励まし、皆で共に幸せになろうとは
思わないのでしょうか?

現在、我が国には自分が大好きで、自分が一番大切で、自分だけは幸せでありたい。と、
いつも思っている、浅ましい利己的な人間が増えてしまいました。
かつて「自分で自分をほめてあげたい」という言葉が流行りましたが、共にがんばった他
の人は、ほめなくてもいいんですか?「自分へのごほうび」と言って欲しい物を買う人が
いますが、それは単なる物品の購入でしょう。「自分さがし」と言って一人旅に出る人が
旅先で出会うのは、道に迷った自分だけです。他者とのふれあいの中でこそ、自分が何者
であるかを発見し、自分は如何に生きるべきか。を学ぶことができるのです。
結婚相手を選ぶ場合「優しいから」とか、私の嫁もそうでしたが「一緒にいて楽だから」
とか「私が私らしくいられるから」等と言うのは、その人のエゴに過ぎません。
これは「自分」が快適であることを最優先する考え方なのです。
このように
全ての価値判断の基準を「自分」に置く愚かな日本人が激増しつつあります。

人の心というものは、実は不安定なものなのです。常にそれは、善と悪の間で揺れている
のです。不安定な心を持つ「自分」を過信することは不幸への第一歩です。
心に迷いが生じたら、神の声に耳を傾けなさい。
今こそ私たちは、互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた惟神の道へ帰らなければなりま
せん。人間は、一人だけで生きることはできません。絶対に。幸せとは独占するものでは
なく、皆で分かち合うものなのです。04/07/02
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