エルのいない日(「ひとり」になるということ)

毎年、春になるとひとりで出掛ける場所がある。渓流である。Fly Fishingが私の趣味のひとつなのである。
いわゆるフライフィッシャー。自分でフライを巻いて(これ自体が趣味でもあるが)、ヤマメ・岩魚を釣る。

渓流に入るとすべてを忘れる。「ひとり」のかけがえの無い時間・・・

日常のもろもろの出来事によって、心の底に溜まったおりのようなものがこの空間と時間の中で、少しずつ
ろ過され浄化されていくようで好きなのである。

岩登りをしていた時もそうだった(過去形)。とにかく、自然の中に「ひとり」で身を置いてみるのが好きである。
しかし、しかし昨今のいわゆる「アウトドア」と言う言葉には賛成しかねる。

ん?何の話だったかな?
とにかく、いざいざ!出撃!「エルよさらば!」・・・寝ている。シッポぐらい振れよな。

搭乗直前の愛機黎明出撃直前の我が愛機

夜明け間近に埼玉の我が家を出る。
目指すは都下の奥多摩養沢渓谷。

日の出を途中で迎え、1時間半ほどで目的地へと到着。

心踊るひととき・・・

養沢管理棟養沢毛鉤専用釣り場管理棟

トーマスブレークモア記念社団が運営している
フライ専用の管理釣り場(10月から2月いっぱいは禁漁。良いことだ。)

最近は行く河川のことごとくが護岸工事・生活廃水・場荒れ等で
自然は危機に瀕している・・・

暗澹たる思いにとらわれる。

だから、私はよくここを訪れる。管理釣り場でささやかに楽しむ。
「それ解禁だ!」と、ゆとり無く釣りをするのはもう沢山である。

何も釣りに限ったことではないが・・・

春霞養沢川   水量少ない養沢川

陽の光がきれいだ。春の陽射し・・・

今年は例年に無く水量が少ない。半分以下である。
それを抜きにしても、渓相はその年・季節によってさまざまな表情を見せてくれる。おもしろい。

ヤマメ   岩魚山女と岩魚・・・清冽な山の幸。

釣れれば良いと言うものではない。それでは私の美学に反する。

自分の気に入ったフライパターン・それは、可憐で、シンプルで、オーソドックスで・・・それで釣りをする。
そして、魚はえさだと思えばあっさりと食いついてくる。食べ物かごみかの選択。そんな気がする・・・

魚の、ものの見方。犬の、ものの見方。そして人の、ものの見方・・・。

さまざまな解説書は人の思い入れが強すぎる気がする。
私、seiはもっと単純に考えたい。

いつも人数分だけ魚を持ち帰る。そうそう、今年はエルの分も持ち帰らせてもらおう・・・

岩魚大好き私は岩魚が好きだ。

素朴な雰囲気が漂う川の主・・・

長野ではよく岩魚を釣った。
秘密の場所で

内緒・・・
でも、今はもう釣らない。
ネイティブな岩魚はそっとしておきたい。

枯渇に手を貸している気分になるから。

充実した時間。されど、時は絶え間無く流れる。無常迅速・・・

2時過ぎにロッド(竿)をしまう。
鬼の棲む街へ帰るつらさ〜。そんな山の歌があったっけ。
さて、seiも「鬼の棲む街」へ帰るか・・・

至福の時はかくして、あっという間に過ぎてゆく・・・ああ・・・

日のくれる前に家に着く。このあとの道具の手入れが大変である。
ウェイダー、ウェイディングシューズ、クリールを洗い道具をかたずけ、魚をさばく。
一気呵成にやらないと面倒くさくなってしまう。そうなったらいつまでもかたずかないで散らかってしまう。

さて、ひと通り済んだところで休もうとするとお声がかかる・・・「エルの散歩は?」
え?エルの散歩がまだだって?「俺が行くの?何、遊んできたんだから当たり前だって?」
ちょ、ちょっと待って欲しい。仕事以外はすべて遊びと言う考えは・・・(そのあとは言葉の機銃掃射を浴びる)
分かったよ、わかりましたよ。行けばいいんでショ、行けば・・・(やはり鬼は棲んでいた)
「ヨシ!エル行くぞ!」でいつものコースを哨戒任務にあたる。ううう・・・つらい!
任務を無事終了、帰投する。

「こ、これでいいだろう」
何?エルのご飯だって?そ、そうかあ魚だ・・・
エル用に魚を焼くことにした。ヤマメ2尾サービスしてやるか・・・魚を焼く匂いでエルはもう舌を舐めている。
「ヤマメ2尾食べるコッカーはそうはいないぞ。心して食えよ。」と言っている間に食ってしまった・・・
「おいしい、もっとくれ!」欲張りな犬である。「汝貪る無かれ」って知ってるか?
しかし、喜んでくれれば満足である。きっと魚さんも微笑んでいることであろう。

それにしても、疲れた・・・眠くて死にそうである。

「ヤマメバッチ」
本日の戦利品

アブラビレをカットしてある、「標識やまめ」を釣り上げたひとにくれる。

年間一人一個。