■   龍馬像制作者が語る建立秘話   ■



龍馬像制作者 山崎和國先生
1.相 談
長崎を活動の拠点にして亀山社中を設立した、龍馬の像が長崎にないのはおかしいと、昭和62年2月中旬、私のアトリエに最初に訪れたのが焼き鳥「竜馬」の河野氏であった。
実は雲を掴むような話で、実現するかについては全く未知数、かりに龍馬像を創る場合、その制作費はとの、ばく然とした質問である。具体的に銅像の規模や素材等が決っていない時点の相談には、いつも閉口する。やむを得ず、大体の見積を説明した。その後暫く連絡が無く、数ケ月が過ぎ諦めかけていた矢先に銅像制作を正式に依頼したいと、関係者3名が来訪した。しかもマスコミを通して、公に龍馬像建立計画を発表するとの発足式(昭和62年6月28日)の案内である。
2.発足式
当日早速、市民会館の会場へ出席した。すでに室内は、ハッピを着用した若者や、幟を手にした青年達の熱気が溢れ、何か異様な雰囲気であった。精悍な顔をした柴崎会長の挨拶で正式に「龍馬の銅像建つうで会」が発足し、実現に向って会員の活動が開始された。にわかに実感が湧き責任の重大さを痛感する。
3.決 意
過去、私の作品は女性像が主体で男性像は経験が少ない。しかも2M大である。龍馬は長崎のシンボルとして大きい方がいいと、次第に話しが拡大し最終的に3M大に落着いた。
しかし未熟で自信がない。だが、こんな機会は滅多に無い。私にとっては大仕事である。誠にありがたく制作を決心した。
4.取 材
実在の人物像を創る以前に、先ず龍馬に関する時代考証を調べ、龍馬の人間性を充分認識した上で実際の制作に着手する。従って資料を収集し、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」を熟読し、宮地佐一郎先生の著書類を参考にした上で、龍馬が活動した足跡を訪ねる。
高知の桂浜では江藤治雄先生を始め、他の郷土史家の話しを聞き、京都の寺田屋、河原町、霊山等を取材に廻る。桂浜の坂本龍馬像と初めて対面した印象は、観た瞬間、巨人像に圧倒され、悠然とした雄姿に深く感動した。台座8M、銅像5M、計13Mの高さにそびえ立ち、観る位置からして肝心の顔が正面より望めない。おそらく太平洋の潮しぶきの被害を避ける為であろうか。この時も、ブロンズの表面が、かなり黄変していた。短日数であったが、龍馬の夢とロマンの旅を終えて、今迄未知の世界であった龍馬の映像を垣間見ることができた。
5.構想を練る
龍馬の存在は一応理解していたが、長崎における活躍については認識不足で、この度の取材で理解を深め、龍馬のイメージ創りに集中することができた。長崎独自のイメージ、海援隊長の毅然とした海の男、これを基本にして、日夜試案を練る。結果3点のアイデアがまとまり、その試案を建つうで会に提出する。「腕を組み、視線は水平線(世界)を見つめ、ブーツを履き、左足を一歩前に出した青年龍馬像」。検討の末、これに決定した。
その頃、設置場所も市公園課の許可で、丸山公園内に決定し、建立年月日も表示していた。当然建立場所と方位を検分した上で龍馬のイメージ、ポーズを試案したものである。
一方建つうで会の募金活動は奔走する割には成果が遅々として進まず、厳しい情況であった。私としては資金の見通しが暗くとも、ここに来て制作を断念する気になれず、これは自分に与えられた生涯の天職だと思って独自で制作してもいいと覚悟を決め、不安はなかった。とにかく若者の熱い思いを実現してやりたい、龍馬に挑戦したい、それには中途半端でなく、全身全霊を傾け集中できる時間が必要である。その為長年勤務していた高校の講師を辞退して創作活動に没頭するゆとりができた。
6.原 型
制作のプロセス(行程)として先ず、ミニ龍馬(エスキース)1M大を創り、次に実物像3M大を創作する順序で計画を進めた。
いよいよ本格的に龍馬像に取り組む段階で、ミニ龍馬の場合は、人体の骨格同様に、番線と角材を使って芯棒を作る、その上に粗土を付ける技法である。会長柴崎、副会長増田、河野氏の立合のもと最初の粘土付けに着手した。幸いNTT社員の森君に週1〜2回モデルとして協力を得、全体の基本的なフォルム(形)を創るのに大変助かり、作業も順調に進んだ。
7.表現のポイント
創作で最も肝要な事は、龍馬の姿・形を再現するばかりでなく、実像の特徴や個性を生かし、その精神性・内面性を表現する。観る人に感動を与える作品でなければならない。
龍馬の体形・特徴について印象をあげると背丈5尺6寸(約172m)、顔は面長で眉濃く、目は細長く遠眼、鼻は大きく唇厚く、いかにも行動力に富み男性的。千葉道場で鍛えた北辰一刀流の腕前は筋肉質で逞しく、当時としては大男で存在感があった。着用した袴は埃にまみれているが、ハイカラでブーツがよく似合う。剣客らしく腰の刀と腕等が龍馬の魅力的な要素であろう。しかし、イメージ追求が独走しすぎて、全く別人になっては意味をなさず、人の視線が集中する顔は、上野彦馬の撮影した写真を参考にして表現を試みた。途中いろんな思いを粘土に託し、付けたり削ったりの繰り返しで、このミニ龍馬も時間不足であるが、一区切として完成させる。
その頃、建つうで会の活動は依然として不振が続く。そんな折、完成したミニ龍馬を公開して一般市民の方に理解を求め、又会員に初めて対面する長崎龍馬に、決意を新たにして活動に奮起を促す。
8.実物像
さて、本番はこれからである。ミニ龍馬は試作品として、それを基準に3倍に拡大する訳であるが、失敗は許されない。夢にまで見た大作、進め方に戸惑いを感じる。骨格の作り方、構造、材料、粘土の量、技術全てがミニ龍馬と異なり、物理的にも労力を必要とする。
除幕式も龍馬の命日11月15日に決定し、制作時間も余裕がない。焦燥と緊張のあまり眠れぬ夜が続く。覚悟を決めて、仕事始めに簡単な儀式、回転台に御神酒を挙げ成功を祈願した。
3M実物像は、角材・板を利用し回転台の上に骨格・基礎を構築し、発泡スチロールでヴォリュームを付けて人体のフォルムを作る。その上に粘土を付け一定の厚みにする。この時、最も重要なことは、粘土の重量と次の石膏の重さ(約1トン以上)に耐えられる強固で安定した骨格構造であること。粘土には湿った状態で途中ずり落ちないように補強をする。この始めの粘土付けに作業を能率的に上げるため、建つうで会員の協力を得て、2日間で済み、後は原型の完成まで私独自の創作が続く。ミニ龍馬像で表現出来なかった部分を補足したり、修正したり、後世に恥じない精神性の高い龍馬像を目指して夢中で奮闘した。
9.建立場所の変更
この時期に予期せぬ事態が起り大変困惑した。一度決定した丸山公園に龍馬像の建立を認めない自治会の反対意見である。建つうで会は市と自治会へ抗議したが和解に至らず、ついに丸山公園を断念した。次の候補地捜しに貴重な時間を潰し、なかなかいい場所が決まらない。そんな時幸い亀山社中地域の自治会より吉報があり、風頭公園を提与する話しが盛り上がり、早速、市公園課の認可で建立場所が落着くことができた。交通と駐車場所が無く不便であるが、展望台より眼下に港を眺め、水平線上には五島列島を望み正面には稲佐山や伊王島が広がる。しかも亀山社中が近隣に存在し、条件としては丸山公園よりはるかに景勝地で最適である。この様に一時、大騒動になった問題も解決して、ほっと安堵した。この騒動の為予定していた除幕式が平成元年5月に延期になり、私にとっては好都合であった。
多忙の中、時々場所捜しに参加していたが、制作は並行して続け、3M実物像も、途中予想外の工程が現れ翻弄されることもあったが、どうにか目的を達成することが出来た。
風頭公園に建立するには鋳造(ブロンズ製)で仕上げなければ永久保存は出来ない。そのためには次に示す作業工程が必要であるが、技法や材質等が専門的で複雑な為、簡略に工程を述べてみたい。
@ 粘土の実物像の外側に石膏で雌型を造る。
A 雌型の内部の粘土をぬき取る(空洞になる)。
B 内部にポリエステル樹脂を貼る(雄型)。
C 雌型の外側を割る。樹脂が雄型になる。
以上の工程で3Mの物体に石膏を塗ると、その重量は1トンを超す。何としても大勢の力を借りなければ作業は困難である。昼間にアルバイト6名を中心に、夜間に建つうで会と交替して、汗を流し急場を克服することが出来た。当初は皆珍しさと、興味本位で手伝っていたが、次第に要領も得て献身的になり疲労と空腹に耐え、深夜近くまで頑張り通した。
最後の仕事は実物像樹脂原型を梱包して、鋳造所へ発送する作業である。アトリエの進入口が狭いのと、3Mの原型を軽量に運びやすくするため3個に分割して、別々に梱包をする。日頃やり慣れない仕事に閉口しながら道具を数人で抱えてトラックに積み込む。仕事が終わった瞬間、拍手と歓声が湧き感動的であった。まさに会員の情熱と団結力の結晶によるもので、この経験は想い出として、いつもでも胸中に残るものと思われる。
私自身、予想もしなかった龍馬像の制作に恵まれ、これまでの人生中、最高の名誉であり喜びである。建つうで会の好意・信念に報いる為、私のすべてを賭け、全力で龍馬に立ち向かった。終盤になって会員と一体となって最後の仕上げを全う出来たことは、言葉では形容できない感謝と感激で一杯であった。
やがては、ブロンズに生れ変り風頭公園にさっそうと登場する龍馬像を想像すると、これまでの苦労も忘れ、彫刻をやっていてよかったと感慨無量である。
山崎和國先生プロフィール
1934年 長崎市高島生まれ
1975年 長崎県展文部大臣賞・知事賞
1977年 富永直樹先生(文化勲章授章)に師事
1978年 日展初入選以降24回 現在に至る
1979年 長崎県展審査委員以降数回
1981年 日彫展初入選 現在に至る
1986年 九州彫刻展富永「直樹賞」
1986年 日展特選受賞「秋想」
1989年 坂本龍馬像 長崎市風頭公園建立
1993年 第4回長崎市都市景観賞奨励賞受賞(坂本龍馬像)
1993年 日展特選受賞「青春讃歌」
1996年 長崎市伊良林公園「龍馬のぶーつ」設置
1996年 長崎市都市景観賞テーマ部門「龍馬のぶーつ」受賞
1997年 日彫会審査委員
2002年 日展審査委員
2003年 日展会員
2005年 日彫展審査委員
現在    長崎県現代作家美術展常任委員及び運営委員

詳しくは、右記ホームページをご覧下さい  http://www1.cncm.ne.jp/~art-y/



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