■  長崎風頭山坂本龍馬像建立騒動記(抄)  ■



1.建立運動準備会のはじまり 昭和62年5月1日
それは、風雲児焼鳥「竜馬」で始まった。
おやじ 「やっぱ、長崎に龍馬ん銅像がなからんば」
客 「そんとおりたい。おいもやるけん」・・・ということで準備会がスタートする。
「銅像建つうで(建てよう)!」という呼びかけを会の名称とする。
2.目標の設定
銅像の高さ:「実物よりは大きくなからんば」ということで3mに決定する。
募金目標:桂浜の銅像建立運動を参考に1千万円に決定する。
3.組織づくり
「会員を集めんば始まらん」といことでマスコミの協力をえて公募する。
口コミによる参加者も合わせて県内各地からメンバーが集まる。
4.名誉会長への就任依頼
当時、病床であったが小曽根邦治郎翁を訪問し、快諾をえる。
かえって励まされるとともに、将来を予言するアドバイスをいただく。
5.顧問への就任依頼
まったく面識もなかったが、宮地佐一郎先生に依頼する。
ご本人より、快諾の電話を事務局で受ける。
6.銅像制作依頼 昭和62年5月10日
まったく当てもなく、電話帳を開いて住所の近い人を選び、飛び込む。
その方が、山崎和国先生であった。
7.発会式 昭和62年6月28日
この日までに集まった32名により、市民会館の一室において、「龍馬の銅像建つうで会」力強く結成。
8.募金開始、同時に募金箱設置 昭和62年7月5日
最後まで運動の軸となる街頭募金を浜の町アーケードでスタートする。
「海援隊発祥の地、ここ長崎に、坂本龍馬の銅像を建てる運動にご協力下さーい!」この呼びかけが、この後、延々と繰り返されることになる。
9.銅像制作開始
山崎先生、制作に先立ち、高知、京都を視察する。
その後、山崎先生の並々ならぬエネルギーの注入により制作が進行する。
10.企業まわり
運動の浸透に合わせて、企業への募金活動を開始する。
最初は、当然のことながら「龍馬は、よそもんやないか。」「寄付金が集まらんやったらどうすっとや。」等々の反応をうける。
11.ガレージセール等の実施
確実な?資金集めとPRのために、各地で開催される目立つイベントに何でも参加する。
12.「謹賀龍竜展」開催 昭和63年1月2日〜5日
会場:長崎玉屋 龍馬及び竜関係資料の展示。
13.「長崎の夕べ」開催 昭和63年10月8日
運動の盛り上がりを目的に、宮地佐一郎先生の講演、土居晴夫先生他をお招きしての龍馬談義、歌手河島英五コンサートを開催する。
14.建立予定日の延期
活動上の都合により、当初の建立予定日、昭和63年11月15日を平成元年3月26日に変更する。
15.募金目標達成
街頭募金の継続、様々なPR活動、企業への体当たりの協力依頼。これらにより広範かつ協力な支援をえて、建立までに募金目標額を達成する。
16.建立場所の変更
建立予定地である地元からの突然の反対に遭遇する。
そのため、建立予定日を再度延期し、新たな候補地を模索。その結果、市の協力と現在地の歓迎をえて、平成元年4月15日風頭山公園内に決定する。
17.前夜祭
活動写真「阪妻の坂本龍馬」の上映会を開催する。
弁士:池俊行先生 会場:伊良林公民館。
18.除幕式 平成元年5月21日
当日は、龍馬の涙か小雨模様の中、式典がとり行われた。
寄付者の署名簿などを入れたタイムカプセルを台座に収納する。
雨と美酒と涙を浴びる除幕式となる。
* これにて”龍馬の銅像建つうで会”は、めでたく解散する。
今回、龍馬像建立記録のダイジェスト版を掲載させていただきました。今後は、詳細版を画像を交えてお伝えしていきたいと思ってますので、ご期待下さい。(柴ちゃん原稿よろしくネ!)



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