Evidence に基づく

日本人脳梗塞患者の治療ガイドライン

皆さんはテレビや新聞などでEBM(い-び-えむ)という言葉をお聞きなったことがあると思います。これはevidence based medicineの頭文字を示した略語で、日本語訳では”根拠に基づいた医療”という意味です。つまり、従来の医学では、医師個人の経験からや、製薬会社などの説明から薬剤の使用などの治療方針を決めていましたが、多くの経験を発表した報告を集めて、その治療方法の是非を判断し、この治療法は勧められるとか、この治療法は行うべきではないといった判断をすることなのです。

日本人での脳梗塞に関しても2002年にこのEBMに基づいた治療ガイドラインが出されました。個々の治療の判断には下記のグレ-ドAからDまでの4評価で表現されています。

グレードA 行なうように強く勧められる
グレードB 行なうように勧められる
グレードC 行なうことを考慮してもよいが十分な科学的根拠がない
グレードD 行なわないよう勧められる

01. 急性期−呼吸管理
a 脳卒中急性期で意識障害が進んでいる患者に対しては、気道確保や人工呼吸管理を考慮する(グレードB)
b 低酸素症の患者に対しては酸素の投与が必要である(グレードB)
c 軽症から中等度の脳卒中の患者に対して、ルーチンに酸素投与をすることが有効であるとする根拠はない(グレードC)

02. 急性期−循環管理
a 脳梗塞急性期は、解離性大動脈瘤、急性心筋梗塞、高血圧性脳症などを合併していない限り原則的に降圧療法は推奨できない(グレードC)
b 収縮期220mmHg以上、または拡張期121mmHg以上、または平均血圧130mmHg以上の過度の高血圧では点滴による降圧療法を考慮する(グレードC)
c 血栓溶解療法を予定する患者では、一定のレベルまで降圧することが推奨される(グレードB)

03. 急性期−対症療法
a 脳梗塞に伴う頭痛は非ステロイド系消炎鎮痛薬の経口投与を行うことで対応できる。中等度以上の頭痛ではジクロフェナク坐薬やペンタゾシンなどを用いてもよい(グレードC)

04. 急性期−安静と早期離床
a 脳卒中急性期の治療とリハビリテ-ションなどを専門的に一体となって行う脳卒中ケアユニットは、急性期の治療に推奨される(グレードB)

05. 急性期−輸液、栄養補給
a 高血糖または低血糖は是正するべきである(グレードB)
b 低栄養が認められる例では、十分なカロリーや蛋白質を補給することが推奨される(グレードB)

06. 急性期−合併症対策
a 脳卒中急性期のけいれん発作には抗てんかん薬を使用するが、長期投与の必要はない(グレードC)。脳卒中発症後14日以上経ってから初回のけいれんがおこった例では抗てんかん薬の継続投与が推奨される(グレードB)
b 下肢の麻痺がある症例では深部静脈血栓症、肺塞栓症の予防に低分子ヘパリン療法が推奨される(グレードB)
c デキストランは深部静脈血栓症予防に推奨できない(グレードD)
d 段階的弾力ストッキングを静脈血栓症予防に行うことの有用性は証明されていない(グレードC)
e 嚥下障害による誤嚥性肺炎の予防には、レボドパ、アマンタジン、ACE阻害剤(いずれも保険適応外)が有用である(グレードC)
f 急性期から理学療法や深呼吸などを積極的に行うことは、肺炎の発症を少なくするために推奨される(グレードB)
g 麻痺側の偽痛風を含めた無菌性関節炎の治療には非ステロイド系消炎鎮痛薬、またはステロイドの関節内投与や筋注が用いられるが、後者の方がより有用である(グレードB)
h 重症例では特に消化管出血の合併に注意をし、抗潰瘍剤の投与が推奨される(グレードB)
I 脳卒中急性期の中枢性高熱は治療すべきである(グレードB)
j 感染症を合併した場合は、適切な抗生物質等で治療すべきである(グレードB)
k 麻痺側の肩の痛みに対しては今のところ推奨される治療法に乏しい(グレードC)
l 脳卒中によっておこる痛みやうつ病、不安などは残存する事が多く、長期的な治療が必要である(グレードB)

07. 急性期−抗浮腫療法
a 高張グリセロール静脈内投与は、頭蓋内圧亢進を伴う大きな脳梗塞の急性期に推奨される(グレードB)
b マンニトールは脳梗塞の急性期に有効とする明確な根拠はない(グレードC)

08. 急性期−血栓溶解療法
a 組織プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA、保険適応外)の静脈内投与は、経験を積んだ専門医師が適切な設備を有する施設で、適応基準(脳梗塞発症3時間以内、CTで早期虚血所見がない、など)を十分に遵守して行う場合、脳梗塞急性期の治療法として有効性が期待される(グレードA)。ただし、上記の条件を満たさない場合、予後を悪化させる可能性があるため、その使用は専門的施設で行われるべきである。
b 低用量(60,000単位/日)ウロキナーゼの点滴投与は、急性期(5日以内)の脳血栓症患者の治療法として勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)
c ストレプトキナーゼ(保険適応外)の静脈内投与は、脳梗塞の急性期に行わないように勧められる(グレードD)

09. 急性期−血栓溶解療法(i.a.)
a 神経脱落症状を有する中大脳動脈塞栓性閉塞においては、来院時の症状が軽症から中等症で、CT上梗塞巣を認めず、発症から6時間以内に治療開始が可能な症例に対しては遺伝子組み換え型プロウロキナーゼ(r-proUK:未承認薬)による経動脈的な選択的局所線溶療法が推奨される(グレードB)
b しかし、上記の条件下であっても総頚動脈あるいは内頚動脈などの脳主幹動脈からの線溶剤の動注は考慮しても良いが十分な科学的な根拠がない(グレードC)。また、SPECT等での脳血流量を測定した場合、相対的残存血流量が35%未満の症例においては再開通後に脳内出血を形成する可能性があるため、線溶療法は推奨されない(グレードD)

10.  急性期−抗凝固療法
a 発症48時間以内の虚血性脳卒中ではヘパリンが有用であるとする科学的根拠がない(グレードC)
b 虚血性脳卒中急性期に低分子ヘパリン(保険適応外)、ヘパリノイド(未承認)は有用とする明確な科学的根拠はない(グレードC)
c 48時間以内のアテローム血栓性脳梗塞に選択的トロンビン阻害薬のアルガトロバンが推奨される(グレードB)

11. 急性期−抗血小板療法
a アスピリン160〜300mg/日の経口投与は、発症早期(48時間以内)の脳梗塞患者の治療法として推奨される(グレードA)
b オザグレル160mg/日の点滴投与は、急性期(発症5日以内)の脳血栓症患者の治療法として推奨される(グレードB)

12. 急性期−血液希釈療法
a 血漿増量剤を用いた血液希釈療法は、脳梗塞急性期の治療として行うよう勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)
b 体外循環を用いた血液希釈療法は、脳梗塞急性期の治療として行うよう勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)

13. 急性期−フィブリノーゲン低下薬
a ancrod(未承認)の検討が進んでいるが、臨床に応用できる段階ではない

14. 急性期−ステロイド療法
a 副腎皮質ホルモンは虚血性脳卒中急性期に有効とする明確な科学的根拠はない(グレードC)

15. 急性期−脳保護薬
a 脳保護作用が期待される薬剤の投与は、脳梗塞急性期の治療法として行うよう勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)

16. 急性期−低体温療法
a 低体温療法は、脳梗塞急性期の治療法として行うよう勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)
b 解熱薬を用いた平体温療法は、脳梗塞急性期の治療法として行うよう勧めるだけの根拠が明確でない(グレードC)

17. 急性期−高圧酸素療法
a 虚血性脳卒中急性期患者に対して高圧酸素療法を勧めるだけの根拠がない(グレードC)

18. 急性期−開頭外減圧術
◆小脳梗塞
a 小脳梗塞においては意識が清明でかつ、CT所見でも水頭症や脳幹部への圧迫所見がない症例では保存的治療が推奨される(グレードB)。これに対しCT所見上、水頭症を認め、水頭症による混迷など中等度の意識障害を来している症例に対しては脳室ドレナージが推奨される(グレードB)。また、CT所見上、脳幹部圧迫を認め、これにより昏睡など重度の意識障害を来している症例に対しては減圧開頭術が推奨される(グレードB)
◆中大脳動脈潅流域を含む一側大脳半球梗塞
a 中大脳動脈潅流域を含む一側大脳半球梗塞においては70歳未満でかつ、高浸透圧利尿剤および降圧剤など保存的治療を施行しても進行性の意識障害を有し、CT所見で明かな脳幹部への圧迫所見を認める症例に対しては、救命を目的とした時、発症24時間以内に硬膜形成をともなう外減圧術が推奨される(グレードC)

19. 急性期−緊急頚動脈内膜剥離術(CEA)
a 急性期頚動脈内膜剥離術を推奨する根拠は明らかではなく、その適応は症例の特殊事情に応じて検討すべきである(グレードC)

20. 急性期−angioplastyとstenting
a transluminal angioplasty / stentingを推奨する根拠は明らかではなく、その適応は症例の特殊事情に応じて検討すべきである(グレードC)

21. 慢性期−危険因子の発見と予防
(1)高血圧
a 脳梗塞の二次予防では、降圧療法が推奨される(グレードA)
(2)糖尿病
a 脳卒中の一次予防では血糖値のコントロールよりも高血圧のコントロールが有効であるが、二次予防では報告はないが糖尿病のコントロールが推奨される(グレードC)
(3)高脂血症
a 脳卒中の一次予防ではプラバスタチン、シンバスタチン、ゲムフィブロジルが有効であるが、二次予防では報告はないが高脂血症のコントロールが推奨される(グレードC)
(4)喫煙
a 禁煙は、脳卒中の罹患率および死亡率の低下に有効である(グレードC)
(5)心房細動
a NVAFがある脳梗塞の二次予防では、ワルファリンが有効であり、INR2.0−3.0が推奨される(グレードA)
b わが国の70歳以上のNVAFのある脳梗塞またはTIAでは、INR1.5−2.1が推奨されるが(グレードA)、出血性合併症を防ぐためINR2.6を越えないことが推奨される(グレードB)
(6)卵円孔開存
a 卵円孔開存による奇異性脳塞栓症には、ワルファリンを第一選択とする根拠はない(グレードB)
b 卵円孔開存による奇異性脳塞栓症には、卵円孔開存の外科的閉鎖術が推奨される(グレードC)
(7)高ヘマトクリット血症
a 高ヘマトクリット血症の治療を行うことを考慮してもよいが、勧めるだけの十分な再発予防の科学的根拠がない(グレードC)
(8)高フィブリノゲン血症
a 高フィブリノゲン血症の治療を行うことを考慮してもよいが、勧めるだけの十分な再発予防の科学的根拠がない(グレードC)
(9)抗リン脂質抗体症候群
a 抗リン脂質抗体陽性者の脳梗塞の二次予防に、ワルファリンを第一選択とする根拠はない(グレードB)
b 抗リン脂質抗体陽性者の脳梗塞の二次予防においてSLE合併例では副腎皮質ステロイドが推奨される(グレードC)
(10)高ホモシステイン血症
a 高ホモシステイン血症には、葉酸の使用が有用である(グレードC)
(11)無症候性脳梗塞
a 脳梗塞の二次予防では、降圧療法が推奨される(グレードC)
(12)動脈解離
a 動脈解離に対する治療を行うことを考慮してもよいが、勧めるだけの十分な再発予防の科学的根拠がない(グレードC)
(13)先天性血栓性素因
a 先天性血栓性素因に対する脳梗塞の二次予防では、INR2.0−3.0のワルファリン療法などそれぞれの素因に応じた様々な治療法を行うことを考慮してもよいが、勧めるだけの十分な再発予防の科学的根拠がない(グレードC)

22. 慢性期−抗血小板療法
【アテローム血栓性脳梗塞およびラクナ梗塞】
a 非心原性脳梗塞の再発予防のため、抗血小板薬の投与が推奨される(グレードA)
b 現段階でアテローム血栓性脳梗塞の二次予防上最も有効かつ出血性合併症などの副作用が少ない抗血小板療法は、1)アスピリン75〜150mg/日、2)アスピリン50mg/日とジピリダモール徐放剤(保険適応外)400mg/日の併用、3)チクロピジン(副作用として好中球減少、血栓性血小板減少性紫斑病、肝機能障害など)、または4)クロピドグレル(本邦未承認)、である(グレードA)
c シロスタゾール(保険適応外)は、ラクナ梗塞の二次予防に対してevidenceを持つ初めての抗血小板薬である(グレードA)
【心原性脳塞栓症】
a 心原性脳塞栓症の再発予防は、特に禁忌が無い限り原則として抗凝固薬(ワルファリン)が第一選択となる(グレードA)
b 本邦の心臓弁膜症を伴わない心房細動を有する脳梗塞例、特に高齢者ではINR1.5−2.1を目標としたワルファリン投与が推奨される。ただし特に高齢者では、INR2.6を越えるべきではない(グレードA)

23. 慢性期−抗凝固療法
a NVAFのある脳梗塞またはTIAの二次予防では、ワルファリンが有効であり、INR2.0−3.0が推奨される(グレードA)
b わが国の70歳以上のNVAFのある脳梗塞またはTIAでは、INR1.5−2.1が推奨されるが(グレードA)、出血性合併症を防ぐためINR2.6を越えないことが推奨される(グレードB)
c 人工弁のある患者では、INR2.5−3.5が推奨される(グレードA)

24. 慢性期−脳代謝賦活薬、脳循環改善薬
a 従来脳梗塞後遺症の軽減に頻用された脳循環代謝改善薬は、再評価により適応薬剤が大幅に減少しまた適応症も一部変更となった。従来の薬剤でもmeta-analysisを行えば有効との結論は出ているが、今後は症例や薬剤を十分選択する必要がある。

25. 慢性期−抗不安薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、筋弛緩薬、向精神薬、睡眠導入薬
a post-stroke depressionに対して、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を含む抗うつ薬の投与が推奨される(グレードB)

26. 慢性期−頚動脈内膜剥離術(CEA)
a 症候性頚動脈高度狭窄では、抗血小板療法を含むoptimal medical careに加えて、手術及び周術期管理に熟達した施設において頚動脈内膜剥離術を行うことが推奨される(グレードA)
b 症候性頚動脈中等度狭窄では、抗血小板療法を含むoptimal medical careに加えて、手術及び周術期管理に熟達した施設において頚動脈内膜剥離術を行うことが推奨される(グレードB)
c 無症候性頚動脈高度狭窄では、抗血小板療法を含むoptimal medical careに加えて、手術及び周術期管理に熟達した施設において頚動脈内膜剥離術を行うことが推奨される(グレードB)
d 症候性頚動脈軽度狭窄あるいは無症候性中等度乃至軽度狭窄における頚動脈内膜剥離術を推奨する根拠は明らかではなく、その適応は症例の特殊な事情に応じて検討するべきである(グレードC)

27. 慢性期−angioplastyとstenting
a transluminal angioplasty / stentingを推奨する根拠は明らかではなく、その適応は症例の特殊事情に応じて検討すべきである(グレードC)

28. EC-IC bypass
a EC-IC bypass術に関しては脳虚血症状再発の面からは、症候性内頚動脈および中大脳動脈閉塞あるいは狭窄症など広い疾患範囲で検討するとEC-IC bypass術を施行することを考慮してもよいが充分な科学的な根拠はない(グレードC)
b しかし、上記疾患でもアセタゾラミドに対する脳血流増加率が低下している症例やPET上、脳酸素摂取率が亢進している症例では、脳虚血症状再発が有意に多く(グレードC)、今後、EC-IC bypass術は上記疾患における脳循環代謝量を有意に改善する可能性が期待される(グレードC)
c 脳虚血症状再発の面からは、症候性椎骨脳底動脈閉塞性病変に対してEC-IC bypass術(浅側頭動脈上小脳動脈吻合術)を施行することを考慮してもよいが充分な科学的な根拠はない(グレードC)

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