慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ)

日本脳神経外科学会ホームページ 脳神経外科疾患情報ページより抜粋

1.慢性硬膜下血腫とは

慢性硬膜下血腫とは、頭蓋骨の下にあって脳をおおっている硬膜とくも膜の間(すなわち硬膜の下)に血液が貯まる病気です。その血液の塊(血腫)が脳を圧迫して様々な症状がみられます。

   

慢性硬膜血腫は高齢の男性に多く見られます。一般的には軽微な頭部外傷後の慢性期(3週間以降)に頭痛、手足の麻痺、歩行障害、精神症状(認知症)などで発症します。

年間発生額度は人口10万人に対して12人とされていますが、高齢者では多く、70歳代では7.4人にもなります。

原因は一般には軽微な頭部外傷によって、脳と硬膜を繋ぐ橋静脈の破綻などにより硬膜下に脳表の髄液などと混ざった血性貯留液が溜まり、徐々に被膜を形成しつつ血腫として成長するとされていますが、正確なことはまだわかっていません。

血腫は厚い外膜と薄い内膜におおわれています。好発部位は前頭、側頭、頭頂部で、右か左かの一側性のことが多いのですが,時には両側性(約10%)に見られます。

 

2.慢性硬膜下血腫の特徴について

頭部外傷が原因とされていますが、頭部外傷があったかどうかわからない場合(例えば、酔っぱらっていた、少し呆けている人など)が1030%に存在します。一般には外傷後3週間〜数ケ月以内で発症します。50歳以上の高齢者の男性に多くみられますが、その他の発症に影響する因子として1)大酒家、2)脳に萎縮がある、3)出血傾向がある場合や脳梗塞の予防の薬(抗血小板剤や抗凝固剤)を飲んでいる場合、4)水頭症に対する短絡術などの術後、5)人工透析、6)癌が硬膜に転移している場合などがあげられ、慢性硬膜下血腫を生じやすい条件として注意を要します。

症状としては、典型例では簡単な頭部外傷後、数週間の無症状期を経て頭痛・嘔吐などの頭蓋内庄亢進症状、片側の麻痺(片麻痺)やしびれ、けいれん、言葉がうまく話せない(失語症)、呆けや意欲の低下などの精神障害とさまざまな神経症状が見られます。これらの症状は年代によってかなり差がみられ、若年者では主に頭痛・嘔吐を中心とした頭蓋内庄亢進症状、片麻痺や失語症を中心とした局所神経症状がみられます。一方、高齢者では元来の脳萎縮のために頭蓋内圧亢進症状は少なく、痴呆などの精神症状や失禁や片麻痺(歩行障害)などが主な症状です。呆けだけで発症する慢性硬膜下血腫もあり、治る呆けとして注目されています。

また時として急激な意識障害や片麻痺で発症し、さらには生命に危険を及ぼすような(脳ヘルニア)の急性増悪型慢性硬膜下血腫も存在します。この時は重症な脳卒中と極めて似た症状を示します。

 

3.診断

壮年〜老年期の男性で、頭痛、歩行障害、上肢の脱力、記銘力低下、意欲減退、見当識障害や痴呆の精神症状等が徐々に進行する場合、まず本疾患を疑うことが診断の第一歩です。高齢者などでは老人性痴呆や脳梗塞として扱われている場合が少なくありません。もちろん成人でも男女問わず軽度の頭部外傷後数週間経過してから前述のような症状が見られたならば本疾患を疑うべきです。特に飲酒家で数ケ月前に頭部外傷の既往があればより本疾患である可能性が高いといえます。

画像診断として、まず通常の頭部単純X線撮影での診断は特殊な石灰化した慢性硬膜下血腫以外は不可能です。診断を確実にするにはCTスキャンが有効かつ必須です。CTスキャン所見の要点をまとめてみます。

1)血腫形状

一般に頭蓋の円蓋部の頭蓋骨直下と脳表の間に三日月形(凹凸レンズ状)の血腫を認めます。また血腫腔内に隔壁を認め、いくつもの部屋に分かれた多房性の場合もあります。左右両側性の場合が1020%にみられます。

2)CT上の血腫の色合い(CT吸収値)

血腫内溶液はCT上、その色合い(XCT吸収値)によって一般に4型に分類されています(下図)。

CT上脳実質の色より黒い血腫(低吸収域型)

CT上脳実質と同じグレーの血腫(等吸収域型)

CT上脳実質の色より白い血腫(高吸収域型)

黒、グレー、白が混在した血腫(混合型)
(水平に鏡面を形成する血腫は特に鏡面形成型)

 

低吸収域型(両側性)

等吸収域型

高吸収域型

 

混合型

鏡面形成型(両側性)

 

MRIでは血腫は一般にT1強調画像あるいはT2強調画像の撮影法でも白く(高信号域)映ります。しかし出血の時期によって色合い(信号域)が異なる場合があります。MRIは周囲の脳構造を鮮明に、またあらゆる断層面が描出できるので、幅の薄い血腫、CTスキャンでは時として診断に苦慮する両側性の等吸収域型の血腫や血腫の広がりをみるうえできわめて有用です(下図)。MRIは本疾患において診断的価値は高く、今後ますます繁用されると思われます。

単純CT

MRI(T2増強画像)

 

4.治療

血腫の大きさが小さい場合は自然に治癒する場合もありますが、極めてまれです。基本的な治療法としては外科的治療が推奨されています。

以前は全身麻酔下に大開頭での被膜摘出術が行われていましたが、現在は石灰化した慢性硬膜下血腫や難治性再発性慢性硬膜下血腫などの特殊例以外には大開頭術は行われていません。通常の慢性硬膜下血腫に対しては穿頭(頭に穴をあける)による閉鎖式血腫ドレナージあるいは穿頭(12ヶ所)に加えて血腫排液・血腫腔内洗浄術(以下、穿頭血腫洗浄術)を行うのが主流です。穿頭血腫洗浄術は血腫被膜を残したままですが,血腫除去による減圧と血腫内容の洗浄除去により出血源となる被膜の炎症性変化を消退することができ、本来の吸収過程に向かわせ血腫腔の消滅を図るもので、本疾患の治療法として確立された手技です。近年では血腫が多房性で難治性の症例などに内視鏡を併用した穿頭血腫洗浄術も行われています。

穿頭血腫洗浄術は、通常は局所麻酔下に行いますが、患者様の協力が十分に得られない場合(不穏など)や呼吸障害などがある場合は全身麻酔下に行います。

手術手順を下記に示します。

@頭部の切開部分を剃毛しCTスキャンで想定される血腫の中心に約5cmの小さな皮膚切開を加えます(下図−@)。

A装具で創を広く開き、穿頭器にて小孔(burr hole)を開けます。血腫が大きい場合には2個の穿頭を行う場合があります。

B硬膜表面を双極電気凝固子にて十分焼却後、硬膜のみを十字状に切開すると慢性硬膜下血腫の外膜が露出されます。その直下には血腫が透見できます。この外膜を切開すると流動性、非凝固性のモーターオイル様の暗赤色の血腫が流出します。カテーテルチューブを慎重に血腫腔内に挿入し、さらに血腫を吸引します(下図−A)。

C血腫吸引後、同カテーテルチューブを用いて、血腫腔を温たかな生理食塩水や人工髄液で、排出される液の血性成分が薄くなるまで十分に洗浄を行います。

D洗浄終了後は血腫腔内に生理食塩水を満たし腔内の残存空気を排出し、カテーテルチューブを皮下から誘導して閉鎖ドレーンとして留置(下図−B)し閉創します。排液チューブは排液の少なくなる12日後に抜去します。

一般に術後きわめて早期より症状は改善(90%以上)しますが、血腫腔の消失はCTスキャン上数週間を要します。とくに高齢者においては長期化する場合が少なくありません。

 

5.手術での問題点

穿頭血腫洗浄術の術後の問題点・合併症として下記のような事項があります。

1)慢性硬膜下血腫の再発

術後の再発は約20%にみられ、とくに高齢者などで脳萎縮の強い例、血液凝固異常を有する例などでは再発を生じ易いとされています。経過観察後、症状が再発したり血腫の消退傾向がなければ再手術を行います。

2)術後けいれん

血腫除去・洗浄の刺激により、とくに高齢者などで全身性けいれんを生ずる場合があります。

3)緊張性気脳症

術後の血腫腔の残存空気が温められ膨張するために脳を圧迫し頭蓋内占拠性病変として症状を呈する。治療として脱気を必要とする場合があります。

4)感染症

術後の感染として硬膜下膿瘍、髄膜炎を合併することがあります

 

6.終わりに

高齢化社会のなかで慢性硬膜下血腫症例は増加傾向にあります。急激な脳卒中様発症もあれば、頭痛、精神症状、片麻痺をはじめ多彩な症状を呈し、脳梗塞、認知症、脳腫瘍などとの鑑別を要する場合もあります。しかし本疾患のほとんどは、正しく診断がなされタイミングを逸することなく治療が行われれば完治する予後のよい疾患です。本疾患を過誤しないためには先ず本疾患を念頭に置く事が重要と思われます。

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