長曽祢興里入道虎徹

   最上作 大業物


  新刀
(延宝初年頃 1673年頃)

財)日本美術刀剣保存協会 
  第十六回特別重要刀剣指定



長さ71.75cm 反り 2.0cm 目釘穴1個

虎徹大鑑所載品

 

 長曽祢虎徹は、元は越前の甲冑師であり、明暦二年頃、彼が五十歳くらいの時江戸に出て刀鍛冶に転じた通称を三之丞と称したといわれ、興里と名乗ったが、入道して「こてつ入道」といい、そのはじめは「古鉄」の字を用い、後に「虎徹」の文字をあて、さらに寛文四年八月からは「乕鉄」の字を使用している。年紀作では明暦二年が最初期であり、その最終は延宝五年である。彼の作風は地鉄が強く、地刃の匂口が明るく冴えるのが特徴で、その作刀の多くに焼出しがあり、作風も前期には瓢箪刃と称される大小の互の目が連れた刃を、後期には数珠刃と呼ばれる独特の互の目乱れを焼いて、その技倆は高く評価される。
 この刀は、鍛えは小板目が詰み、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入り、刃文は直ぐの短い焼出しごころがあり、その上は焼き幅を広く取り、直刃調に頭の丸い互の目が連れて交じり、足太くさかんに入り、匂深く、小沸が厚くつき、細かに金筋・砂流し等かかるなどの出来口を示している。彼の得意とした数珠場の作域をあらわしているが、常にも増して焼刃に迫力があり、放胆な作柄に仕上げている。加えて差し表の湯走り風の景色もおもしろく、地刃共に働きが豊富で、且つ一段と冴え渡っている点が注目される。またズッシリと手持ちの重い頑健な体配は、平肉がよくついて健体である。常々の同作に比して反りが深く、鋒も延びているところから、或いは特別の注文によるものか、将又、彼自身の太刀を意識しての作刀かとも思われる。年紀はないが銘振りから推して、おそらく延宝初年(元・二年)頃の作と鑑せられる。(特別重要刀剣図譜より抜粋)
 虎徹の大刀で特別重要刀剣に指定されているものは僅かに三振り。数ある虎徹の中でも白眉に値する名品です。