Q. 採点についいてですが、ジャンプは転倒しなかったが、回転数が当初の予定より少なくなってしまった場合、テクニカルは下がるのは当然なのであるが、プレゼンテーションも下がるケースを多数見かける。これは正しいのでしょうか。
例えばある選手が、同じプログラムを同じ出来映えで、すべてのジャンプをトリプルで飛んだ場合とシングルで飛んだ場合、プレゼンテーションに差がでるのか。もしでることが正しいとするならば、どのぐらいでるのか。
教えてください。
A. これはジャッジとして回答させていただきます。ただし、ジャッジごとにも多少見解が違うと思います。これを見たジャッジの方で、見解に問題があると思われる方はぜひご連絡ください。今後のジャッジ活動のための参考とさせていただきます。
まず、以前は確かにプレゼンテーションはテクニカルとの上げ下げで論議することが多かったと思います。ですから以前の考え方ですと、ジャンプの回転数が減ることはプレゼンテーションに影響を及ぼす可能性がそれなりにあったと言えます。しかし、最近は徐々に、テクニカルとは別につけるように言われてきています。これは、世界的な、すなわちISUからくる流れです。よって、基本的には下がらないのが正しい、と言えます。
しかしながら、ここにはその他の要因が絡んできます。
ジャッジの第1の義務は自分が思った順位を付けることです。テクニカルとプレゼンの合計でその順位が決まる以上、テクニカル、プレゼン、合計の3つともを自分の思った順位を付けることは不可能です。それをするには、テクニカル、プレゼン、総合力、という3つの点を独立に出す必要があります。例えば、ある選手に5.5、5.5を出したとします。次に、別の選手に5.8、5.8を出したとします。そして、ある選手が圧倒的にうまく、誰が見ても1位だ、という出来をしたとしましょう。そのとき表現力は最初の選手とほとんど変わらない、と判断しても、次の選手に勝てる点数は、6.0、5.7以上です。これと同じような状況は実際の試合でも多々あります。今の例は、上限があるから、という例ですが、上限は何も満点だけではありません。プレゼンは確かに低いが、その技術のレベルは確固たるものがある、というときに、プレゼンを下げれば下げるほど、テクニカルを上げなければならない状況に陥ります。その結果、通常なら5.0の選手に5.5をつける必要が出たりします。当然、そんな点を出すならば、そのジャッジは5.0程度の選手に5.5も出してる、見る目がない、と思われるのが落ちでしょう。
このような要因から、回転数が下がったとき、それが順位に影響を及ぼす状況下では合計点を下げる必要があるため、それをテクニカルだけでは吸収できなければプレゼンを下げるしかなくなることもあるでしょう。特に、実力伯仲の中では、1つのミスが大きく順位を変えることがあります。大きく順位を下げるということは、それだけ大きく点数を下げるということにつながります。
まだ要因はあります。予定して回転数を下げるのと、失敗して回転数を下げるのとでは、見るものへの印象を大きく変えます。すっぽ抜けなどで回転を減らした場合は、そこでプログラムがだれて見えます。隙のないプログラムであるほど、そこに隙を作ることで印象の下がり方は大きいと思います。例え転倒はしていなくても、すっぽ抜けてばっかりでは、やる気はあまり感じられませんよね?でも、もともとシングルしか飛べない選手がシングルを飛んだときにやる気のなさは感じませんよね。結局、失敗であることをアピールしてしまうことは、印象を下げてしまう、言い方を変えれば自分の作っている作品を汚す、ということにつながるわけです。
まだあります。表現力のある選手というのは、自分のジャンプ、言うなればテクニカル的な要素を、プログラムの中のアクセントにしてしまいます。トリプルをシングルに切り替えることは、そのアクセントを失うことになるため、プレゼンテーションが下がる要因にもなるでしょう。逆に、技術を前面に押し出してくる選手は、見せ場をジャンプに持ってきます。見せ場を失えば、プレゼンテーションが下がるのも一理あると思います。
このような観点から言うと、後半の質問は非常に答えにくいものがあります。果たしてトリプルを飛べるだけの選手がシングルに切り替えてプログラムのクオリティを保てるのか、少なくとも私にはそこまでクオリティを保てるシングルは想像できません。ゆえに、プレゼンテーションは、6.0に近い選手でも5.0までは落ちると思います。ただ、シングルを飛ぶのではなく、初めからからジャンプのない構成であれば、すなわちジャンプを利用せずに魅せる構成であれば、6.0も出せると思います。ただし、減点規定に引っかかりますので、6.0から減点は入りますけどね。
最後に、質問からは外れますが、滑り(すなわちテクニカルの一部)とプレゼンとの兼ね合いについてもう1つ書きたいと思います。滑りの技術が低ければそれほどプレゼンは出ません。すなわち、バレリーナを連れてきてほとんど滑らず踊りつづけても、プレゼンは出ません。というのは、本当に表現力のある選手は、全身を使って自分の世界を作り上げます。滑りの技術が足りないと、本当の意味で全身を使った表現はできるわけはありません。どれだけプログラムをこっていても、下半身の動きがぎこちなければ、それはそのプログラムを表現しきれていないことになります。表現力のある選手はいろんな形でアクセントをつけてきます。そのアクセントには、必ずと言っていいほど深く力強いエッジ使いや、エッジワークから来るきれいな流れ、柔らかく繊細なエッジ使い、そういった滑りをベースにした技術が活かされています。滑りの技術が低いと、その時点で自分の表現できる世界を狭めているわけですから、どれだけ頑張ってもそれほどプレゼンは上がらないでしょう。これこそが、技術のある選手ほどプレゼンも一緒に上がりやすい理由です。