僥倖



酒で壊れかけた人生だった。壊しかけた。が正しいか。
それでもまさか、ここまで崩れるとは思ってもみなかった。
目覚めたら、人間じゃない。
そんなのは、アルコール漬けの頭の見せる、安易な夢かと思ったほどだ。


 

 後から聞いた他のご同類の話を比較すると、おれの状況は、それ程不運なものではなかったようだと思えるものだった。それまでの人生で、様々な役所を演じてきたものが、今度は姿も変えられるようになっただけだとも言える。
 サイボーグである以上、武器を取って戦わなければならないのは確かだが、基本的に俺の能力は情報収集用にあるもので、しかも、それをより問題なく行うために設計されているわけだから、うまくやれば、人を傷つける必要もない。訓練も、武器を扱う事に関しては、ごくごく簡単な射撃訓練程度のみで過ごしてこられた。
 反面で、変身能力の訓練は、随分と苦労があった。目で見たものを寸分違わず記憶し、それに沿って組織を並べ変える指示を出す。当然、ただの人間の脳にできる技ではないから、おれの脳にも幾らかの手が加えられていると言う事だが、それが難しかったのだ。
 人間の観察眼というのは、カメラが物体をトレースするのとは違うものなのだ。どこかに主観が混ざるし、見えない部分は想像で補うようにできている。そこに、誤差が出るのだ。
 彼等科学者達は、それを許さなかった。寸分違わぬ変型。異常な程にそれを求めた。結局、自分達の判断にばらつきがある事で、『寸分違わぬ』などという基準が無意味である事に気付いたようで、途中からは、いかに多くの物を記憶し、再構築できるか。いかに早く変型を行うか。という方向へ訓練内容が移行したが、それはそれでまた面倒な話だった。
 しかも、この能力には決定的な欠点があるのだ。器は真似られるが、中身までは無理だ。という部分だ。
 例えば、おれは002や004の姿に化ける事はできる。多分、仲間たちから見ても、見分けはつかない程に似せられると思う。だが、化けられても、おれの化けた002は空を飛べないし、004の右手から銃弾は発射されない。こればかりは、どうしようもないところなのだ。
 もし、それに成功できたならば、7号型のみで全てカタがついてしまう事になる。戦車に化けて砲弾を撃ち、戦闘機に化けて空爆を行う。銃弾の補充はいらないし、それはもう、理想のサイボーグだ。
 だが、それではいけない。それでは、戦争商人は儲からない。だから、彼等はそこまでを追求する事はない。おかげでおれは、情報収集要員でいられるというわけだ。
 そんなわけで、実を言えば、おれは今の状況がそれ程嫌いではない。罪悪感は、僅かながら感じているが。
 
 
 


 004の話を聞いたのは、007という番号を振られてからの事だった。『死神』の噂は度々耳にしていたが、それが004の事だとは知らなかったのだ。この施設の人間は、ほぼ全員が、彼を004とは呼ばず、『死神』と呼んでいたからだ。
「あいつら、なんにも知らねぇくせに、腹が立つ。」
 目の前のオムレツを、スクランブルエッグに変えてしまおうかとでも思っているのか、002はいらつく声でそう言って、フォークを何度もそれに突き立てていた。
「『死神』の事かね?」
 まるで役柄を演じるように話すようになったのは、ここへ来てからの事だ。もしかするとこれは、今の自分をこれまでの自分とは違うものだと思うための、逃げの行動だろうかと思いもするのだが、それは仕方ない事と思うようにしている。
 007というサイボーグの役を演じるように生きる事。もう少し、この状況に納得できるまでは、このままでいようと思う。
「004だ。」
 この歳若いサイボーグは、実はおれとあまり変わらない頃の生まれのようだ。もちろん、彼はその時間をずっと生きていたわけではなく、半分程度は眠っていた事になるわけだから、同じ歳だ。とは言えないだろう。彼は間違いなく若い。
 ぐずぐずと形を崩していくオムレツを眺めながらため息をつき、彼は呟く。
「どこにいるんだろう……」
 004までが、第一世代と呼ばれているサイボーグたちで、先行で作られたものだそうだ。4号の開発中に、開発計画の見直しが行われたそうで、その為に、彼等は時間を飛ばされているという話だ。
 そして、その004が、ここ二月程、姿を見せないと002は言うのだ。実はその姿の見えなくなった頃に、死神に関する噂に一つの話が付加されているようで、002はそれが酷く気に入らないらしい。
 001が言うには、その噂を口にする施設関係者を、端から殴っているとかいう話だ。それでも、002には彼が暴力的だなんて噂は流れない。彼と親しく口をきく警備員もいる程だ。
 それだけ、『死神』の004は、この施設内では異質の存在だという事なのだろう。
「『死神』の噂をすると、002が闇討ちに来る。という噂こそ流すべきであろうに。」
 002が怒る噂は、『死神が、科学者を殺したらしい』という内容だ。それ以外のものは、都市伝説などによく似た、他愛のない内容だというのに、それだけが信憑性を持っている。004の姿を見なくなった頃、施設の科学者が二人死んでいる。一人は004の設計者だそうだが、もう一人の詳しい話は聞かない。どうやら、そのもう一人の方を、004が殺したらしいという噂だ。
 002は、004が人を殺したという話を信じたくないらしい。それが事実である事は、既に知っているのだが、彼がわけもなくそんな事をするわけがないと、主張するのだ。
 それはそうだろう。彼が科学者を殺した状況を聞き集めて考えれば、間違いなくそれが防衛本能から来た行動だと思う事ができる。
 彼が、一人殺した時点で行動を止めている事で、殺意を持って行動したとは考えられない。彼は、自分の傍らの科学者が撃たれた事に反応して、その命を守るために、反射的にその狙撃者を攻撃した。それは、彼等が彼に叩き込んだ行動に他ならない。
 彼は、科学者達には反抗をしないし、その命は守るように教え込まれているそうだ。全身武器のサイボーグが、ただの人間に殺意を抱いたら、何が起きるかなんて馬鹿でもわかる。今回の事も、想像がつくのに彼等は間違った。笑い話にもならない。彼等は迂闊だった。ただそれだけの話なのに、まるで『死神』は無差別殺人者のように言われる。
 002が怒るのは、その部分だと言うわけだ。生憎、おれは本物の死神と話をした事がないから、どちらの主観が正しいのかは判断がつかない。002が、限り無く彼に好意的だと言う部分も、割り引いて考えるべきだろうし。
「最近やっと、話ができるようになったのになぁ……」
 ため息をついて彼は言い、気が済んだのか、やっと崩れ去ったオムレツを口に運びはじめた。
「お前さん、そんなに彼の事が好きなのかい?」
「うん。」
 おかしな聞き方をしたな、という戸惑いが浮かんだ時には、既に答えが返っていた。どちらかと言えば、聞きたかったのは、『そんなに彼を信用しているのか?』という事だったのだが、完全に方向性を間違えたようだ。
「………」
「何だよ。自分から聞いといてその顔。」
 ふて腐れたような表情で彼は言い、息をついた。
「いやはや…若い者は違うものだな……」
 いっそごまかしてしまえ、とばかりにそう言えば、彼は呆れたような顔でこちらを見て笑った。
「若いも年寄りもないんじゃないの?好き嫌いなんて、死ぬまでついて回るだろ。」
 若者の言葉にしては、なかなかに説得力のある言葉だった。この辺りは、確かに彼は、その姿形だけで判断できるような年令ではないと思わせる。
「どっち着かずの物の方が多いけどさ。」
 その中で彼は、即答できる程に『好き』なものだと言うのなら、それは相当に好きなのだろう。
 おれが彼の語る言葉から想像した004という人間は、随分と優し気なものだったのだが、これは後になって、大幅な見直しを迫られるものとなった。
 少なくとも、彼と最初に向き合った時の印象は、施設関係者の言葉を信用したくなる程の物だったが、もちろん、この時のおれにそれを想像することなどできるはずはなかった。
 
 
 
 
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「なんたって、おれがその役をやらなくちゃならないんだ。」
「だって、今さら俺がそんなの聞いてもおかしいだろ?」
 図書館と呼んでいる、書庫の片隅で、001を抱いてきた002と打ち合わせを始めたのだが、それはなかなかに難しそうな話だった。
 彼等第一世代のサイボーグたちは、密かにここを逃げ出す事を心に秘めていたらしい。突然連れてこられてサイボーグ化され、『さぁ、戦え。』と言われる事におとなしく従うのは堪えられなかったと言う事だ。
 その気持ちはわかる。今はまだ情報収集だとか言いながら、変身の訓練をしていれば事は済むが、いずれ、人を撃てと言われるかもしれないのは、これまで彼等の話を聞いてきてわかっていた。言われるままに、兵器として扱われるのはごめんだと思う。
 そこで、試作品サイボーグたちで力を合わせて脱走しようと言う計画を立てたわけだが、ここで問題になったのが、004なのだ。
 彼は現在、自分の意志と言うものが抑えられている上に、行動のほとんどを科学者達によって制御されているような状態なのだ。こちらの言葉に耳を貸す事はあまりないし、聞いていたとしても答えを返す事は皆無だ。
 そんな状況で、脱出するに際して、彼を置いて行きたくはない。と主張する002と、彼を敵にまわして無事に逃げられるとは思わない。と言う001の主張により、なんとかして彼を仲間に引き入れようというのが、今回の作戦だった。
 初期状態の004は、今と殆ど変わらない状態でいたそうだが、時間を越えてから再改造までの間は、普通に自分の意志で動いていたらしい。その間の彼の様子を考えると、多分、彼も自分の意志さえ取り戻せば、仲間に入ってくれるだろうと言うのが、他の第一世代の意見だ。彼等は、おれたちよりも遥かに仲間意識が強いのだと、こんな時には感じる。
「だが…」
「キミガ適任ナンダヨ。ボクラデハ彼ニ近スギルンダ。」
「自分より若い人間にそんなの聞かれたって、何言ってんだ?って思うだけだろ?」
「………」
 彼等の言う事は尤もだと思う。だが、事がそううまく行くとも思えなかった。しかも相手は『死神』なのだ。彼が無差別殺人者だなんて事は思わないが、やはり、怖れる気持ちはないわけではない。
「大丈夫ダヨ。彼ハ、アア見エテモ優シイ所モアルカラ。」
「ああ見えて、ってなんだよ。001。お前らそっくりだって、003に言われてたじゃねぇか。」
 001の言い分に噛み付く002の言葉から、004の想像図にわずかに修正をかけ、おれは仕方なく頷いた。今のところ、試作品はおれ以外にいないわけだから、動くのはおれしかないのは確かだ。
「わかったから、話をすすめてくれ。」
 どうやら言い合いをしているらしい二人を遮ると、彼等はぱっとこちらを見て頷いた。
「彼ニ、考エル題材ヲ与エルノガコノ作戦ナンダ。自分ガ何者ナノカ、マズソコカラ始メル。」
「題材?」
「簡単に答えの出る質問じゃダメなんだ。004は、色々と考え事をするのが好きな性格だから、できる限り難しいのでないと。」
 自分の存在意義。存在理由。そういった内容は、一生をかけて解き明かすようなものだ。確かに、それならば考え続けるだけのものかもしれない。
「ソコデ、今回ノ質問ハ、『君ハ誰ニトッテノ死神カ』ダ。」
「誰にとって?」
 死神は死神だ。人に死を運んでくる。誰にとっても何も、ないのではないだろうか。
「今の俺たちの立場は、ブラックゴーストの手先に過ぎない。科学者たちの言うままに動く人形と同じだ。004は彼等の抱える『死神』だって認識で呼ばれてる。でも、それは嫌だって、言ってたんだ。」
 彼も、自分に対するその呼び名を嫌っていると言うのならば、確かにその問いかけは効くかもしれない。心の奥底に眠っている意識と言うのは、わりと根強いものだ。
「後ハ、君ノヤリヤスイヨウニヤッテクレテイイ。」
「………わかった。」
 さすがに、全ての台詞を0歳児に指示されると言うのは、考えるに空しい事だ。これでも、幾多の舞台をこなしてきたおれだ。その問いを振るために選ぶべき話も色々と持っている。やってやれない事はないだろう。
「明日、実戦訓練ガアル。ソレガ最初ノちゃんすダ。」
「たのむぜ。007。」
 期待を込めた002の言葉に頷きながら、おれは明日会うという004がどんなサイボーグなのかに思いを馳せていた。



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007登場。BG脱出に向けて行動を起こすサイボーグたち。
003の出番よりもずっと先に、彼が出るのは、好きだから。
一応、試作品として調整が早く整いそうな007が005や006よりも先に完成試作品と認識されています。同時開発開始だという設定だったり。005はあれで、調整難しいと思うのです。負荷の掛け方は004以上だと思うので、壊れたりしたと思うし。006は性格で、あの改造は難しいんじゃないかと。
 
004との会話の理由はこんな感じでした。

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