「お前さんが、死神かい?」
001からの補佐を受けて彼の居場所まで辿り着いたものの、なんと言って声を掛けるべきかと迷う程、彼はこちらに欠片も気を配っていなかった。仕方なく、何としても振り返らずにはいられないようにとそう声をかけると、くるりとその背中はこちらへ向き直った。
一瞬、喉の奥が冷えて痛んだ。そう思う程に、驚いたのだ。あまりに、想像とは違う人間が立っていたからだ。002と001の主張を足して想像していた004という人間は、あまりにも当人とかけ離れていた。
銀色の髪。青い目。白い肌。人形のような顔。この四つで構成される人間を想像して、これが出てきたらそいつはどこかおかしいだろう。いや、それともおれが、おかしいのかと、真剣に考えた。
結局のところ、人形のような顔。が示すものを、おれは正反対の方向へ思い描いていたわけだ。だが普通、その表現が表わすものは、整って穏やかで綺麗なものではないだろうか。そこに、銀の髪と白い肌と青い目が来たら、それはもう綺麗な人形だと思わないか?
おれはうかつにも、すっかり、彼が『死神』と呼ばれている事を失念していた。彼等の言う『人形』は、ロボットかアンドロイドか、固くて冷たいもので、それの表わす意味は、人の感情の見えない表情。という事だったのだろう。それに気付いていなかったおれが、おかしかったのかもしれない。
目の前に立つ004は、何も言わず、ただおれを見返しているだけだった。
「吾輩は007、お初にお目にかかる。」
動揺を隠すように話しかけても、彼は眉一つ動かさず、じっとこちらを見ているだけで、返答というものが返る様子はなかった。
もしかして、聞いていないのだろうか?と思い、なんとか反応を返してもらわねば。と、更なる言葉を重ねるべく、昨夜色々と考えた話のネタを思い返す。
「組織のボスに逆らうとお前さんが殺しに来るとか、気に入らない人間は迷わず撃ち殺すとか、科学者を一人殺してるだとかいう噂を聞いたぞ。」
ここまで言えば、答えを返さずにはいられまい。そう思って選んだ話題にも、彼は顔色一つ変えなかった。これも駄目か、と思った頃になってやっと、彼は口を開いた。
「それで?」
声を聞いて、背筋が寒くなった。心無しか、目つきもきつくなったような気がする。次に不興を買って殺されるのは、おれだろうか、と思った。彼は右手を上げもせず、なんの行動も起こしていないのに、おれは確かに恐怖を感じた。
何故なら、彼の声には何の感情も見えないからだ。同じ事を002に向かって言ってみたら、きっと彼は叫ぶ。それが、感情のある人間の普通の反応だ。そういった反応があるから、こちらはそれに対処して行動する事を選べる。それなのに、目の前に立つ人間は、こちらからは全く、その感情が読めない。だからこそ、恐ろしい。
「死神ってのは、人の魂を取りに来るから怖がられる。人間、普通は死にたくないからな。」
なんとか言葉を探し当てて口に出すと、彼は少しだけ眉を顰めた。その反応は、おれには有り難かった。既におれは何を話すべきかを考えられるような状況にはなく、この後に待っている実戦訓練よりも、目の前の人間に対する恐怖心を克服するために、必死に思い付くままに言葉を重ねるしかなかったからだ。
だが、反応があるのならば、それを伺ってなんとかこの状況を切り抜ける事ができると思えた。
「でも、死神は無秩序に手当り次第に命を奪うわけじゃない。」
そう言った時、004がくるりと背中を向けて駆け出した。おれはそこで、肝心の質問を口にしていない事に気付き、慌てて遠ざかっていく背中に向かって叫んだ。
「君は、誰にとっての死神だ。」
おれに向かって、死神の鎌が振り下ろされなければいいと思ったのは本心だ。001たち他のサイボーグにもなければいいと思った。数少ない同類で、彼等は彼の事に心を砕いているわけだから。それを奪ってしまう事になれば、彼だって、無傷ではいられないだろうと思うから。
遠ざかる背中は、こちらを振り返りもせず、答えが返る事もなかった。
おれは、そこに立ったまま、ぼんやりと彼に関する噂について考えた。
あれが殺しに来ると言われたら、それは確かに恐いだろう。顔色一つ変えずに、自分の命を奪うのだろうと想像できるから。背中を向けた途端に撃ち殺されるかもしれないという不安が浮かぶから。
でもそれは、自分が後ろめたいからだ。怒らせるかもしれないと、怒ったかもしれないと思うから、彼がそう感じているような気になる。
だから、彼に対して後ろめたいところのない001たちサイボーグは、彼に恐怖など感じないし、彼がそんな事をするわけがないと言い切る事ができるという事なのだろう。
「吾輩も、まだまだというわけだな……」
心のどこかで、彼を無差別殺人者のように思っていたという事だ。それを認めるのは、自分の醜い面と向き合うようで、なんとも嫌な気分だった。
「最近、004が挨拶をしてくれるようになったの。」
嬉しそうにそう言ったのは、003だった。彼女は、現在作られているサイボーグの中で唯一の女性だ。自分の能力を嫌っている事は間違いはないが、それでも、できる限り笑っていようとしている様子が見て取れる。
「それは、それは。」
「久しぶりに、声を聞いたわ。」
挨拶をするくらい、本当に大した事ではないと思うのだが、彼が声を出すのは珍しい事だから、それは随分な変化だ。少なくとも、おれが彼の前で何を話していても、彼は声を出す事などない。
ただ、最近は時々何かを思案しているような様子が見える時もあるのは、随分な変化のような気がするのは確かだ。
「今日は晴れているか?って。」
今日は、彼の実戦訓練の日だからだろう。002から聞いた事があるが、雨の中の訓練よりは、晴れの方が嬉しいという話だ。せっかく、この外の見えない施設から出るのだから、せめて綺麗な青い空が見たいと言っていた。多分、彼も同じような事を考えているのではないだろうか。
「ええ。って答えたら、少し笑ったの。」
失礼ながら、彼が笑う顔は想像がつかなかった。
「002に教えてやれば、さぞかし悔しがる事だろうな。」
「ええ。すごーく、悔しがってたわ。」
既に試したらしい003は、おかしそうに笑ってそう言い、おれはその様子を見て、彼女も安定してきたのだと、少しばかり安心した。
001の心配事の中には、彼女の安定性も入っていたからだ。彼は、あの小さな体で、だれよりも多くの事を考えている。それもどこか、不憫な事のように思った。
「004なら、今は図書室にいるわ。探していたんでしょう?」
「ああ、ありがとう。」
今日も今日とて、001からの指令を受けて、演説を行わなくてはならない。最近は、彼が台本を作るようになり、おれはそれを覚えては語るわけだが、最近では、自分が何について語っているのか、わかっていない事も多い。それを聞いた004が、正しく内容を理解しているとしたら、それは素晴らしい事だな。と思うが、果たして、彼はきちんと聞いているのか、理解しているのか、言葉を発してくれない事には、こちらにはまるでわからない事だった。
確か、この間話したのは、腕のある理由について。だった。今日は、言葉の存在する理由について。だ。そろそろ、彼に何らかの反応をしてもらいたいというおれには、なかなか有り難い題材だ。
そんな事を考えつつ向かった先でまず見つけたのは、尖った長い鼻の青年だった。鼻っ柱を折る。という言葉が日本にはあるそうだが、あの鼻は、折り甲斐があるだろうな。と思う。いや、最近時々思うだけなのだが。
そこにいるはずの目的の人物を探して室内を見回すと、数冊の本を抱えた004が棚の間から姿を表わし、002へそれを渡す姿が見えた。
あの二人の間にも、意思疎通が図れるようになっているらしいと、その様子を見て事態の進展を確認する事ができた。と言っても、彼が何かを話している様子はなく、一方的に002が何かを言っているだけだというのが、なんともおかしく思えるが。
「やあ、やあ、御同業。本日も御機嫌麗しく。」
「……麗しくねぇ。」
お前さんが頼み込んだ主じゃないか。と抗議の一つもしたくなるような反応にも、最近は随分慣れた。それよりも、珍しく今日は004がこちらを振り返った事の方が、驚きだった。
「ところで、今こうして我々が交わしているこの『言葉』というものが、何故存在していると思うかね?」
相手の反応も構わず話し始めれば、彼はいつもの事だと慣れた様子で、手近な椅子を引いてそこに腰を下ろす。
これまでは、彼が座っている場所へ行き、目の前に立って勝手に話し始めていたため、彼が聞いているのかどうかは定かではないと思っていたが、どうやら彼は、おれの話を聞く意志があるらしいと、これで知れた。
おれは001から教えられた通りに言葉の必要性と問題点についてを語り、彼はその間黙ってそれを聞いているようだった。相変わらず彼の表情は変わらず、それに関して何かを考えているのかどうかはわからなかったが。
「……言葉の中には、それぞれの国や民族の文化に深く関わる表現というものがあるのだそうだ。」
「何の話だよ。いきなり。」
話が一段落ついた後に、ふと思い付いて話し始めると、用が済んだなら、とっとと立ち去れ。とでも言いた気な002から抗議の声が上がった。
「鼻っ柱を折る。という言葉があると聞いてから、お前さんの鼻はさぞや、折り甲斐があるだろうな。と、見る度に思うのさ。という話だよ。」
鼻で笑ってそう言ってやると、彼は音を立てて椅子から立ち上がり、何かを言おうとしてか、口を大きく開いた。
そこでふいに、声が聞こえた。
驚いてその声の主を振り返る002の肩ごしに、004が笑う姿が見えた。随分控えめではあったけれど、小さく声をあげて笑う姿は、初めて見る、彼の人間らしい様子だった。
「………」
呆然と二人でその様子を見つめていると、彼はそれに気付いたようで、顔をあげて立ち上がり、惚けたままの002の鼻を右手の指で摘み、弾くように手を離すと、そのまま部屋を出ていった。
「…………今の……何……」
呆然と呟きながらも、どこか幸せそうな002に返す言葉はなかった。おれも、あまりの事に驚いて言葉を失っていたせいで。
007、004と出会う。意思疎通全くなし。
007の語りの理由は、実戦訓練に対する恐怖ではなくて、目の前に立ってる人への恐怖でした。という話。
その後も演説を続けるグレート。変わってきた004。この辺でも、二人の意思疎通はない様子。よもや、安心されていようとは気付いてもいない彼。言葉と目に見える感情がなければ、こんなもんだ。と思う。
イワンとグレートとの話も書く気でいるのに、ハインリヒばかり出てくる……(泣)