庇護者



 僕は、他のサイボーグたちとは違い、完成した状態でここへ連れて来られた。と言うよりも、何をもって完成とするかが、ごくごく曖昧な存在だったと言えるかもしれない。彼らは僕の力を全て理解することはできず、僕は彼らに協力しつつも、おとなしく従うだけの赤ん坊ではなかった。もちろん彼らも、それはわかっていたことだろうと思うけれど。
 
 
 空気の抜けるような音と共に、ドアがスライドして光が入ってきた。
『やぁ、004。』
 入ってきた人物に向かって声をかければ、彼は顔色ひとつ変えずに言葉を返してきた。
『起きていてよかった。』
 声に出さなくても、直接会話ができる僕は、殆ど声を出さずに回りの人々と会話をする。声が出ないわけじゃないけれど、声を出そうと思ったことはあまりない。
 そして、今やってきた彼も、声を出そうとはしない。彼は単に、声を出そうとするのが面倒だからそうしているわけで、他の人々と話す事は滅多にないそうだが、僕との会話は割とよく話すと思う。
『003から、ミルクを持っていくように頼まれたから。』
 彼は、自分の頭の中を覗かれている事に、あまり頓着していないようだった。読まれているとわかっているから、声を出さずに考えるだけで答えをくれる。
『ありがとう。』
 礼を言っても、彼は顔色一つ変えず、軽く首を横に振った。
『礼を言われる程の事じゃない。』
 彼の思考が読める僕は、こうして彼の言いたい事がわかるのだけど、彼の思考を読めない他のサイボーグたちは、彼の伝えたい事が理解できないんじゃないかと思う。
 現に、007などは、色々と頼みごとをしていた間も、彼の事が全くわからないと漏らしていたくらいだ。
『最近、スーパーガンで射撃訓練をしているんだって?』
 揺りかごの中から、僕の体を、ひょい、と片手で掴み上げる彼の手は、とても赤ん坊に対する正しい行動とは思えないのだけれど、彼の鋼色の右手は、それでも僕を傷つける物ではなかった。両の手で抱き上げても、どこか扱いが雑な002と比べれば、彼の右手の方が安心できる。
『弾切れを起こすと役立たずだからな。』
 膝の上に下ろされて、奪われたおしゃぶりの代わりに、口元にほ乳瓶が差し出される。
『自殺でもするんじゃないかって、不安だったんだけど。』
『何故?』
 不思議そうに問いは返るものの、彼の表情の動きと言えば、微かに眉が動いた程度だった。それでも、そこまで表情が動いたのは彼には珍しい事で、彼が本当にそれを不思議に思っているのだと知れた。
『これまでの4号型は、皆、自殺をしているからさ。君が薬漬けにされていたのだって、それを防ぐ為じゃないか。』
 そう答えると、彼は頷いて苦笑を浮かべた。彼の浮かべる表情は、この形が一番多いと僕は思う。
『あれは、自殺じゃないと、最近は思う。』
 彼の体に、再改造が加えられた事は聞いていたから、その答えは意外だった。本気で、彼が自殺をするんじゃないかと、心配もしていた程だ。
 004が欠番になるのか、新しい004が作られるのか。どちらにしても、僕らは相当のショックを受けるだろうし、たとえ新しい004が現れたとしても、簡単にそれを受け入れる事はできないのではないかと思う。
 初めて会った頃ならば未だしも、僕らはもう、互いを個人として認識し過ぎている。本当の名前も、その生い立ちも、僕らは互いに口にした事はないけれど、それでも、そこにいる互いを見ていれば、わかる事だってあるし、彼は彼であると言い切る事ができる。
 そんな人を、簡単になくしてしまえるはずはないから、僕は少しだけ、彼が投薬されて自我を抑え込まれている事に、感謝した事もある。
『自殺じゃないって?』
『………真っ白の部屋の中に君はいる。そこには、ボタンが4つだけある。』
 暫く彼は何か形にならないものを思考し、そう言葉を作りあげた。そして、彼の頭の中に、その言葉と共に、明確な画像が浮かんだ。
『一つは小さく、二つは同じ形をしている。そして、最後の一つは、大きくて目を引く色をしている。』
 彼の頭の中には、はっきりした4つのボタンと共に、命令を伝達する経路のようなものが見えた。
『さぁ、どのボタンを押す?』
 突然の質問に、僕は困って彼の顔を見上げた。
『押さないってのはなしだ。ボタンがあったら押したくなるのは当然だろう?』
『ぼくなら……』
 彼の見せる画像の中で、何に手を伸ばすかを考える。それはやはり、一番目を引く大きなボタンだ。
『…待って。でも、そんなわけは。』
 彼の言おうとする事の意味がわかり、僕は慌ててそれを否定した。
 一番大きなボタンを押したから、彼等は命を落としただなんて、そんなことは簡単に受け入れられる事じゃない。それじゃ、あれはまるで突発的な事故のようだとしか思えない。
『多分、そんな事だったんだと思う。……初めて起きた時、体が重くて、動かすのが億劫だった。そんな時に、そこに簡単に動かせそうなものが幾つかある。体は動かない。でもそれは押せる。じゃぁ、どれを押すか?……俺だったら、迷わず一番大きいのを押すね。』
 でもそれは、彼等の命を奪うボタンだ。他のボタンならば、直接彼等を傷つける事はないかもしれない。でも、それだけは違う。
『そんな…』
『俺も、あの後で起きた時は、思わずやりそうになった。……俺は、自分の中の起爆回路が何に繋がってるのかも知ってるし、自分が何にされたのかもわかってたから予測はついたが、初めて起きた時ならどうなったかわからないと思う。気分も悪かったから、混乱してどこがどう動くかも、わかったものじゃない。』
『……それじゃ、彼等は死にたくて死んだんじゃないって言うのかい?』
『後から死にたくなったかもしれないが、あの時はそんな気はなかったと思う。少なくとも俺は、起きた時に、自分がサイボーグになったなんて、理解できなかったからな。』
 彼の言葉には嘘がない。それは、僕が彼の頭の中を覗いているからだ。だから、彼はその言葉を信じていて、その答えは、彼の中で少しも矛盾してはいない。でも、それが、正しいのだと言う保証もない。
 それでも、彼の言葉には、説得力もあった。
『俺は、自殺なんてしないよ。放っておいてもいつかは死ぬんだ。死ぬ理由がない限りは、生きてればいいんだからな。』
『死ぬ理由があったら、死ぬって事かい?』
 問いかけると、彼は笑った。
『死ねない俺たちに、そんな問いは無意味だ。』
 そう。僕らは、死ねない。死なせてもらえないだろう。少なくとも、ここにいる限りは。
『訓練の時間だ。』
 彼は顔をあげてそう言うと、僕の体を揺りかごへ戻して部屋を出て行こうとする。
『004、ミルクをありがとう。』
『どういたしまして。次は、003が来てくれるだろうよ。』
 003、彼女は、僕にとって、多分、一番大切な仲間じゃないかと思う。誰もが大切なのは間違いないけれど、僕は、彼女にどれほど助けられたかわからないから。
『002が来るくらいなら、君が来てよね。』
 そう伝えると、彼は笑って手を振り、部屋を出て行った。



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BG時代のイワン。ハインリヒは単なる前振り。出さずにはいられんだけという話も…
イワンとフランソワーズのお話にしたいな。と思っております。彼は、頭の良い赤ん坊。考えられない程の能力を持っているけれど、体は赤ん坊。アンバランスな第一世代の最たるものだと思わせる子供。
しかし、この子を描ききれるのだろうか。

(2002.6.17)


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