死神



目が覚めたら、そこは天国だった。
そんな展開を期待していたわけじゃない。
でも、これはなんだと思ったのは事実。
目を開けたその時に知った現実は、思いもよらず重かった。


 

 目を開けた時に見えた物は、俄には理解できないものだった。落ち着いて考え、自分の目にグラススコープでも付けられているのかと思い、それを確認しようとした手は、驚く程に重かった。
 瞬きし、顔を横へ向け、視線を腕へ向ける。たったそれだけの動きに、恐ろしい程の時間を掛けなくてはならず、体を起こすのにどれだけの時間がかかったか。
 後から聞いた話によれば、どれだけ時間がかかったとしても、そこまで動く事ができたのは、俺が最初の一人だったという話だった。
 だから、俺は適合体として認められたというわけだ。
 その時動けずに廃棄されるのと、動いて今こうしているのと、どちらが良かったのか、その答えを今でも時々迷う事がある。もちろん、その時はそんな事を考える頭すらなかった。拒絶反応と自殺を防ぐために、安定剤等諸々の投薬がされていたらしく、当時の自分にまともな意志があったかどうかは今でもはっきりとは思い出せない。
 例えば、どうしても死なれるわけにはいかないが、自殺の手段を持っている人間がいたとしたら、手段を奪うか、意志を奪うかのどちらかしか取る手はない。手段を奪う事もできないのなら、選べる選択肢は一つだ。そういう点で、彼等は迷いがなかったという事。
 寝かされていた台に体を起こし、やっとの思いで自分の顔に触れ、視界に溢れる文字情報を映すのが、グラススコープではなく、自分の目に嵌め込まれた物だと気付いた時、自分の体ががちゃがちゃと音を立てる事にも気付いた。
 眠っている間見ていた夢の中で、俺は傷だらけの体を剥ぎ取られていた。それは夢ではなく、現実に起きた事だったのかもしれないと思った時、壁の一部がスライドし、人が姿をあらわした。
 熱源反応から、それが間違いなく生身の人間であると、視界に文字が躍る。その顔を認識しようとすれば、自然その顔がクローズアップされる。その異常な事態に顔を伏せ、吐き気を抑える。
 只の人間の目が、視界の一部をアップにできるわけがない。これは何事なのだと、混乱して頭を振ろうとしても、自分の動きが恐ろしくぎこちなく緩慢で、そのまままた台の上へ額をつけるように伏せた。
「目覚めたばかりで、あまり無理に動かない方がいい。少しお休み。」
 無理に穏やかさを作ったような声で話し掛けられ、そのおぞましさに身を竦めると、首筋に触れる物を感じ、そのまま視界がブラックアウトした。
「上出来だ…素晴らしい………」
 何がどう素晴らしいのだと、自分に向けられたとしか思えないその言葉を問い質そうにも、見えなくなった視界を追って、意識も闇の中へ落ち込んでいくのを止められなかった。
 後々になって、その人物が、自分の体を設計したのだという事を知ったが、例えばそうでなかったとしても、彼とは一生相入れる事はないだろうと思う程に、顔を撫でる彼の手はおぞましく感じた。

 
 
 

夢を見た。
優し気に笑う女性の夢。
夢の中で必死に考えて、それが自分が守りたかった恋人だったと思い出した。
思い出したその事実は、そのまま現実を連れてきた。
自分が彼女を守れなかったという、あまりにも情けない現実。




 目を開けると、目を閉じた時にいた部屋とは違う場所にいた。体は相変わらず重かったが、体を起こす事は前よりも上手くできる様になった。
 死にそうになっていた自分の体が、まともな形をしているという事は、これはきっと義手や義足のような物であろうと考え至る。ならば、少しでもこれが上手く使える様にならなければと、何の疑問も持たずに思った。
 体を起こしたままの状態で、ゆっくりと手を動かす。腕を曲げ伸ばしするのとは違い、指を一本ずつ動かすのは、思いのほか骨の折れる事だった。
 これまでならば、手を開こうとすれば動いたものが、それだけでは動かず、必死にそれが動く形をイメージし、それでやっと指が動く。どういう仕掛けかはよくわからなかったが、イメージに従って、体を動かす力の補助が働くらしい。そして、耳をすませば、体の中からモーターのような音も聞こえた。
 モーターまで埋め込んだ義手や義足が、今のはやりなのだろうかとぼんやり考えていると、ドアのスライドする音が聞こえた。
「ああ、起きているね。」
 視界に躍る文字が吐き気を引き起こす。見ない様に顔を伏せると、足音はすぐ傍まで近付いてきた。
「気分は?」
「………悪い。」
 声を出すのも億劫だったが、訴えなくてはこれがどうにかされる事もないだろうと思う。
「おや……」
「視界がうるさい」
「……それは、慣れてもらわなくてはね。」
 顎を持ち上げられ、無理にその人間を認識させられ、そこにいる人物が、多分昨日と同じ人間であろうと思えば、視界に別の顔が映り込んだ。
「動きは悪くないようだが…」
 彼が何やら手元の紙に書き込みをしている間に、視界の別画像は消え去り、残ったのは、昨日とはまた別の人間であるという認識だった。
 義手、義足、義眼。これはどうやら間違いがないらしい。もっとも厄介なのは、この目だ。鏡も何もないこの部屋では、自分がこれまでと同じ形をしているのかどうかは確かめようもないが、この目は明らかに違う形になっている事だろう。レンズは目の外につけるもののはずだが、それが目に嵌っているというのはどんな様子に見えるのだろうか。
「視界がうるさいとは?」
「……字が邪魔…」
 言っている間に脳味噌が揺れるような感覚が襲ってくる。吐き気と呼ぶのか、頭痛と呼ぶのか、とにかくひどく気分が悪い。
「文字情報の事かね?」
 頷いているつもりの行動で、更に頭の中身がぐらぐらと揺れ動き、俺の意識はそこで途切れた。普段処理し慣れていない情報を処理せねばならない脳が、拒否反応でも出したのではないかとそんな事を考えた。

 
 
 

彼女が俺の名前を呼び、にこやかに笑う。
誰よりも幸せにしようと思って、誰よりも不幸にした人。
一人で逝かせてしまった人。
それでも、夢に見る彼女は、とても幸せそうだった。

 
 
 

 目を開けた部屋は、また別の部屋だった。壁は白く、置かれているのは自分が寝ているベッドだけ。目を開けても視界に文字が映る程の物はなく、やっと落ち着く事ができた。
 その部屋に訪れる人間はおらず、俺は日がな一日、自分の体を動かす訓練に明け暮れた。なかなか上手く体を動かす事ができない理由が、人の動く姿を、はっきりとイメージできないせいだと気付き、俺はその部屋を出ようとベッドから床へ降りた。人の動きを見れば、それをはっきりとイメージできるのではないかと思ったのだ。
 だが、その途端にドアが開き、白衣を着た人間が姿を見せた。
「っ!」
 まただ。と思った。ここ暫くの平穏は、現われた二人の人間によって呆気無く崩され、俺はまた揺れる脳に邪魔をされ、その場に崩れ落ちた。
「…ここまでの反応が出るわけはないのだが……」
 ぼそぼそと交わす声も、聞き取り損なう事などなく、俺の耳はそれを正しく認識する。
「やはり無理か……」
 諦めの滲んだ声に、もう一方の人間が手を振払う様にして叫ぶ。
「何を言うんだ!私の設計は完璧だ。これは必ず成功する!」
 これ、が示すものは俺なのだろうが、人の姿を見るだけでふらふらしている俺は、さぞや不本意なものであろうとぼんやり思う。設計だの成功だのと言われれば、自分は人ではないような気になる。
 そう、俺は本当に人なのだろうか。眠る間に見る夢は、俺の記憶なのだろうか。もしかしてあれは、本当に何の意味も持たない夢なのではないのだろうか。
「だが……これでは、全く意味がないではないか……」
「情報量を減らすか……しかし、3号型が成功しなくては……」
 このまま無様に転がり続ければ、いずれこの目はもう少し楽なものに変えられるのだろうか、とその声を聞きながら思う。そうならばいいと、目を閉じて思った。



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BG時代のサイボーグたちのお話、ハインリヒ版。
まだ番号もなく、改造直後。ジェットに目撃される前の場面。わりとまだまともに考える力があるけれど、動くのが億劫。モーター音云々ってのは、ちらりとハインリヒの内部構造は、人工筋肉が少ないというのを見たので、ならば、別の駆動方法があるのだろうと考えた次第。脳に負荷がかかり過ぎのバランスの悪い状態で起こされた不運。
 
死神と自分で名乗るに至る、彼の考え方の移り変わりを書きたいな。と思う。基本的に、原作寄り。


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