うるさいと訴えた視界の文字が消えたのは、最初に目を覚ましてから20日後の事だった。後から聞いた話によると、その時が3号型の試作成功の判断が降りた時だったらしい。
その時の俺の状態はと言うと、はっきり言って、芳しくなかった。
戦闘に索敵能力が必要なのは言うまでもない。だから、俺の目や耳はただの人間よりも拾う情報量が多い。目には照準機能まで付いている。攻撃能力の向上には必要な部分だ。だが、そのために肝心の兵器を付けられていない現状があった。
一方で、情報を集める能力を特化した3号型と呼ばれるサイボーグは、戦闘には直接貢献できる部分が少ないため、大量に必要とされるとは思えない現実があった。
ブラックゴーストの狙いには、サイボーグを量産し、それによって利益を得ようとする部分がある。故に、商品であるサイボーグが売れなくては意味がない。その辺りは、一般の商業企業と何ら変わるところではないところだ。ならば、利益をより多く上げる方法を考える事も、当然の行動。
そこで、彼等は考える。4号型の補助として、3号型を売り出すというのはどうであろうか。と。
1体に大量の性能を積み込み、高額で売り付けるのも一つの手ではある。だが、2体合わせればそれを上回る設定にしておけばどうだ。しかも、2体揃えねばより高い効果を得られないとすれば、間違いなく上がる利益はそちらの方が大きい。
また、今後開発予定の新型の展開を考えても、補助能力を持つ3号型と合わせての販売を前提にすれば、機能の詰め込み過ぎで無理だと切り捨ててきたものも、拾い上げる事ができるかもしれない。
その結論に達したところで彼等は、4号型は情報を拾う機能を半ば捨て、兵器を上乗せする方向に切り替えた。情報収集能力を特化した3号型に対し、4号型は戦闘能力を限界まで引き上げる事となったわけだ。
そして、その狙いは見事に当たり、俺は物を見て倒れるような事はなくなり、彼等は設計の変更を行う運びとなったわけだ。
視界が落ちついた後も、自力で部屋を出て施設内を歩き回るには、俺の体はまだ不具合が多かった。そこで、科学者たちは、自走式の車椅子を俺に用意した。余計な場所に入られては支障があると、指定できる行き先は、リハビリ室と呼ばれている運動のできる部屋と、定期的にメンテナンスを行う実験室、そして、普段寝起きする部屋の3つのみだったが。
そして、それと同時に、投薬が始まった。機械部と生体部のバランスを取るために必要である。との説明に、俺は何の疑いも持たず、毎日毎日、驚く程大量の薬を噛み砕き続けていた。
その頃から、施設内の殆ど全てのものが同じである様に感じ始め、幾つかの声で指示される事に逆らおうと思う事はなくなった。本当の狙いはそこにあったと言う事だが、既にぼやけた頭には、そこまで考える力はなかった。
更に、自分の行動に疑問を持つ事もなく、自分が何であるかを考える事もなくなった。感情がなかったわけではないが、あまり激しい感情は起きなかった。また、言葉を発するのは、一段と億劫になった。
その頃の俺は、思考するというよりも、反応するというのに近い行動しかとれていなかった。電気が流れた腕が、自然跳ね上がるのと同じ状態だ。
指示が下り、その通りに動く。ロボットと同じようなものだったろう。唯一自分から進んでした事は、体を自由に動かせる様になろうとした事だけ。それすらも、無理をするなと言われれば素直にやめた程度の事で、『何を置いても』などと言える程の意志は、存在していなかった。
002に始めて会ったのは、その頃だ。
会った、と言うのは微妙に違っているとは思うが、彼が俺を見つけ、俺は彼がただの人間ではない事を認識したのだから、『会った』と表現しても問題はないだろう。
俺が彼の顔を覚えたのは、その足に人にはあり得ない熱源反応を見つけたからだ。時々聞こえていた、同類の一人だと思ったのではなかっただろうか。だから、顔を覚えようとした。全てが同じに見えるこの施設の人間と同じにしてはいけないと思ったからだ。……多分。
射撃訓練が始まったのは、その暫く後の頃だった。体を動かす事に問題もなく、目の動きも悪くはないと、実際の訓練に移行したわけだが、正直なところ、欠片も楽しくなかったという事はなかったろうと思う。
的の先にあるものを想像すれば、それが砕け散るのを見るのは悪い気分ではない。
おかしな話だが、そういった暗い部分の感情は、俺の中から消える事がなかったのだ。他のどんな感情が抑えられていても、誰かを恨み、憎む気持ちというのが、恐ろしく強い人間だったという事だろう。
そういう人間でなかったら、銃を持って的を撃てという指示には従えても、動いているロボットだの、人間が乗っている戦車だのを撃てと言われても、素直に従ったりはしなかっただろう。だが、俺は迷いもしなかった。
たとえ、薬で抵抗する意志が抑えられていたとしても、全てが抑えられていたのでない限り、そのせいだと言うわけにはいかないだろう。
その点でも、俺は4号型の適合体だったと言うわけだ。
そう、一度だけ、外での訓練に出た時、そこには空があり、風がある事が嬉しいと感じた事があった。あれは、当時の俺にとって、とても珍しい、明るい部分の感情だった。自分にまだ、そんなものを感じる心があったのだと、そんな事を考えた。
夢を見た。
両親の後を、必死に歩いている夢。
時折振り返ってくれる母と、それに気付いて足を止めて待ってくれる父。
差し出した右手を、母が笑って握ってくれた。
そして起きた俺は、右手が右手と呼ぶには抵抗のある形をしている事に気付いた。
無骨な金属の固まり。形は確かに、手の形をしているかもしれない。それでもそれは、人の手だと言える形ではなかった。それは間違いようもなく機械で、そして、武器だった。
これはなんだと、そう思ったのは、ここで初めて目を覚ました時と同じだった。当たり前だが、彼等が俺を改造する事など、俺はもちろん知らなかった。実験体に向かって、わざわざ親切に、お前はこれから改造されるのだ。などと説明する理由が彼等にはないのだ。だから、彼等は黙って俺の腕を取り替えた。
これは何だとは思った。でも、思っただけで終わり、それはただの疑問と変わらなかった。例えるのならば、今日の朝食は何故スクランブルエッグなのだろうか。という程度の疑問だ。要するに俺の脳は、その程度にぼけていたという事だ。
自分の腕が武器に変えられようと、感情が動かない。ああ、これは銃火器だなと思い、次に思ったのは、これはどうしたら撃てるのだろうか。という疑問だ。そう思っている内に、開発者があれこれと説明を寄越し、俺は訓練施設で更に射撃訓練を繰り返す事となった。
振り返って考えれば、ここで抵抗を起こされるわけにいかないために、随分前から投薬を初めていたという事だろう。この時も、俺に対する投薬は変わらず、食事の量よりも、口に運ぶ薬の量の方が多かったのではないかと思う。当然俺は、それを疑いもせず受け入れていた。
新しい右腕は、左目よりも馴染むのが早かったが、最初は上手く銃弾を発射する事ができなかった。トリガーを引くイメージが上手く浮かばなかったせいではないかと思う。スーパーガンを撃つ自分の手を眺め、繰り返し訓練する事でやっと、思うように5本の銃口から銃弾を放つ事ができるようになった。
おかしな話ではあるが、達成感はあるのだ。訓練し、成功する。開発者が喜ぶのは当然だ。彼等の製品が完成に近付いていくのだから、喜ばしい事だろう。設計通りに、狙い通りに動けば尚更だ。
だが、自分の体がどんどん人から離れていくと言うのに、俺もそれが嬉しかったのだ。新しい体を使いこなせる事が、嬉しかったという事だとは思うが、それが意味するところを考えれば、喜べる事ではないだろう思う。その辺りが洗脳だったのかそうでなかったのか、今でももちろんわからないが、多分、そうではなかったのではないかと思う。
刷り込まれるものはあったろうと思う。例えば、従わなくてはならない人間の声だとかは、直接指示された記憶がないから、眠っている間にでも刷り込まれていたのだと思う。まぁ、薬でぼけた頭では、寝ている間だろうと起きている間であろうと、大して違いはなかったかもしれないが。
そんな経緯があったとしても、多分、自分の腕を使いこなす事や、付けられている武器が改良されていく事に拒否感を感じなかった事や、武器の性能が上がる事に喜びすら感じていた事は、身の内から沸き上がった事であろうと思う。
それによって、いずれ何かに復讐ができるとでも思っていたのだろうか?
その辺りの感覚は、今ではわからない部分だが、あり得ない事ではないと思う。結局俺の中に一番根強く残っているのは、恨みつらみに他ならないというわけだ。全くもって、呆れた話だ。
こちら側のお話は、一人称の語りで進める事にしているのですが、設定上、ハインリヒさん、当時の状況で説明は不可能なので、昔を思い出して語っている状態が続いております。説明が多いのはそのせい。薬でぼけた頭でこんなに考え事はしてないです。
彼が自分を振り返って、『楽しかった』と言うのは、本当の事なのかどうかわからない事です。今、彼は当時を振り返って、そう言う。罪悪感だとか、色々なものがそう思わせたりもするのでしょう…(作中で説明しろよって…)