『死神』という呼び名を聞くようになったのは、左手が取り替えられた後の頃だったと思う。当時の俺には、番号は振られておらず、かといって、本当の名前を呼ぶわけにもいかなかったのだろう。『4号型被験体』という呼び名が次第に面倒になりつつも、製作者のように『彼』と呼ぶには誰のことやらわからないという状態で、誰かが考えだしたのではないかと思う。
呼びやすく、よく性質を表しているという事で、それが普通に使われるようになったのだろう。俺が4号型完成試作品として、『004』と番号を振られてからも、その呼び名は使われ続けている。
と言っても、俺に向かってそう呼ぶ人間を見た事はない。その辺りから見て、その呼び名には俺に対する恐れが含まれているのは間違いないようだ。自分達で作っておいて、今更ビビってるなよ。というのが、俺の正直な気持ちだ。
最近、それが特に気にかかるようになっているが、何か余計な逸話でも作られたのだろうか。すれ違う時に顔を引きつらせて口を噤む研究員たちを見ると、後ろから撃殺してやろうかという衝動に駆られる。
幸い、正しく機能する理性によって、その衝動が行動に移った事はない。ぼやけた頭でいた頃は、そんな衝動も感じなかったが、それを抑える理性も動かなかった。人間は、うまくできている。……俺がまだ、人間と呼ぶに相応しいのなら。
そう、左手が取り替えられた理由の半分が、実は右手を切り離すためだというのは、笑えない事実だ。
一度、実戦訓練の途中で俺の右腕は暴発を起こしている。何が理由であったかは俺の知るところではないが、その場にいた002の言う事によると、その時の俺は、このまま廃棄処分されるだろうと思う程の酷い状態だったそうだ。
生憎、俺は暴発直後で記憶が途絶えているため、その時の状態など知りようもない。
結局、俺の後にも続いていた被験体探しがうまくいっていなかった事を理由に、ほぼ全部の機関を作り替えて再起動させたという話だ。その際、再度暴発が起きる危険性を考えて、左手のナイフを考えたそうだ。
左手が付け替えられた時に、右腕の挙動がおかしくなったら、迷わず肘の上から落とせと言われたのを覚えている。腕一本作り替えるのと、体半分作り替えるのを比べて、体半分を取るのはよほど金の有り余った人間か、研究熱心な科学者だけだと考えれば、納得もできる。
後から聞いた話によると、4号型の開発というのは随分失敗を重ねているそうだ。右腕のマシンガンと、右足のマイクロミサイルを付けた状態で起動した被験体たちは、変調を来して自殺に走ったとか言う話だが、起きられもしなかった被験体がどうやって自殺できるのかは大きな疑問だ。
4号型の起動が、核シェルター並の防御機能のある部屋で行われているというのが、その疑問を解く鍵なのかもしれないが、あまり考えたくない。
その失敗の後に改造された俺が、後付けで腕や足を取り替えられる事になったのは、それを踏まえての事だったらしい。予算を回せないとでも言われたのかと思っているが、果たしてその想像が当たっているのかどうか。
その俺の開発にでも、随分失敗を重ねているし、4号型の売り値はどれほどになり、そしてそれが売れるのか、面白くない考えだが、俺でも気になる。
「まだそれ食ってんの?」
呆れたような声が頭上から降りてきて、顔をあげると最近見慣れた002が立っていた。彼の言う『それ』は、与えられている薬だ。
「やめた方がいいって。」
薬なんてそんなに大量には必要無いはずだ。というのが、彼の主張だ。多分、間違ってはいないと俺も思う。
「どうせ無理に入れられる。」
かりかりと錠剤の薬を噛み砕いて答える。正直なところ、これが有ると無いとで比べた時の調子は、ある方が楽なのだ。止めろと言われても困る。何を狙っているのかはわかっていても、悪い事ばかりでない事が巧妙だ。
「見た事ある顔がいないんだ……」
ため息まじりに漏れた言葉は、彼にしては小さかった。
昨日の夜に寝て、朝起きたと思ったら、実は時間が飛んでいました。というのが、今の俺たちの置かれている状況だ。睡眠時間の認識は、起きた時に行われる。何十年も眠らされていて身に染みた。
眠る前よりも、頭がはっきりしている事が、過ぎた時間を教えてくれているような気がする。いずれまたぼやけるのだとしても、今の俺の思考はかなりまともだと思う。ここ数日随分沢山の事を考えているし、こうしてまともに会話もしている。
「人も減ってるんじゃないかな。」
「そうだな。」
施設が広くなったからそう感じるだけではないだろう。見かける人影も少ない。
「……何で、俺たち飛ばされたんだろう。」
俺たち、というのは001から004までの4体のサイボーグの事だ。俺は起きてからこちら、001と003にはまだ会っていないが、002は姿は見かけたと言っていた。
「金が足りなくなったんじゃないのか?」
サイボーグの開発は、随分沢山予定されているらしい。技術が伴っていないだとか、金が足りないだとか、被験体が見つからないだとか、理由は色々あるのだろうが、せっかく作った完成試作品を作り直すよりも、冷凍保存で時間を飛ばした方がいいとでも思ったのではないだろうか。
「………あんた、起きてからよく喋るよな。」
嬉しいのか悲しいのか、驚いたような表情で002はそう言った。
「黙ってもいいが。」
「喋ってて。話し相手いねぇから。」
即座に否定して、002は俺の前でテーブルに伏せた。
「前はあんた、人形みたいだったからさ、話し掛けても、独り言言ってるみたいだったし。女の子や赤ん坊に泣き言言うわけにもいかないしさぁ…」
どうやら彼は、自分より年上に見える俺を、泣き言をもらす相手として認めたらしい。それも今の内だけだろうと思うが、俺がまともな間だけでも聞いてやってもいいと思った。
「昨日ちらっと聞いたけど、9号までの設計図ができたんだってさ。俺たちみたいなのが、あと5体もできるって事だよな…」
彼はなかなか早耳だ。饒舌な開発者を身近に置く俺とは違い、彼にはそれほど多くの情報源があるとは思わないのだが、どこからか様々な情報を拾ってくる。
俺の製作者の言う事によると、10号までが一つの区切りとなっているそうだ。1号は別格だが、2号から4号までの開発目的ははっきりと違っている。それが、10号までも通された考えらしい。
科学者は目的を別にし、売り上げを伸ばそう。とは言わないが、頭目の狙いはそんなところだろう。
「連れてこられるの、身寄りのない人間ばかりかな。」
今のこの時代がどんなものだか知る由もないのだが、とは言っても、人間一人いなくなった時の対応は、それほど変わる事もないだろう。ならば、新しい被験体もいなくなっても騒ぐ人間がいない事は前提ではないだろうか。
そう言えば、003は帰る家があると話していた事がある。彼女がこちらに顔を見せないのは、その辺りの事もあるかもしれない。
眠る前ならば、帰る場所もあり、目を閉じて耳を塞げば、普通の人間として生きていかれたかもしれないと言うのに、もう、彼女は帰る家がない。たとえあったとしても、同じ姿では帰れないだろう。いつか帰る事ができるかもしれないという希望が断たれて、誰にも会いたくないのだとしてもおかしくはないのではないだろうか。
「聞いてる?」
顔をあげて、002が問いかけてくる。
「聞いてる。」
「じゃぁ、答えろよ。またぼけたのかと思うじゃないか。」
「……泣く家族がいないといいな…」
暴言には目を瞑ってそう答えると、彼は驚いたような顔をして、それからまた顔をテーブルに伏せた。
「…………そうだよな…」
誰かを泣かせるのは好きじゃないと、随分昔になってしまった暫く前に、彼が言っていた記憶がある。
あれは、003が珍しく泣いていた時じゃなかっただろうか。どんな理由だったかは覚えていないし、その時に俺が何かをしてやったはずもないが、そんな記憶だけは残っている。それが、俺なりの仲間意識という事だろうか。
「それも寂しいけど。」
泣いてくれる人もいない寂しさと、誰かを泣かせる辛さのどちらがいいか。それは随分難しい選択のような気がする。どちらもない俺が、迷う事はないのだが。
時間越えの第1世代。原作よりの話じゃなかったのかよ…ってのは、忘れて下さい。この設定好きだから。考えれば考えるだけ、サイボーグたちに関する設定と言うか、BGの設定が増えるんですが、この話は有りですかね……004の設定なんて、もっとあるんで、お話終わるまでとりあえず流しておいて下さい。
この話のBGは、オリジナル設定でお届けしております。石ノ森先生は、こんな話、全く書かれておりませんのでご理解ください。諸々のお話の中から、私が想像して作っている設定です。ハインリヒのアイレンズとかね…ファティマかよ。って突っ込みはありです。その通りですから。
ジェットと話すハインリヒ。書いてて一番楽しかったです。私の24レベルは、こんなもんです。はい。