「7号型までが開発に入ったようだよ。」
一日に一度行われる検査の最中、彼はあれこれと俺に話し掛ける。
時間を飛ばされてから、俺の想像とは違い、彼は俺の意志を押し込めようという意図はないようだった。お陰で俺は、話し掛ける彼の言葉を聞いては想像を巡らせる事も可能でいられる。
どうやら、彼は俺に自殺の意志がないことを見て安心したようだ。もともとの狙いはそこにあるわけだし、試作品としていずれは自分の意志で戦闘を行ってみせなくてはならない立場上、いつまでも人形のままにしておくわけにはいかなかったということだろうか。
改造直後だったならばまだしも、ここまできて、体中が武器にされたからと、自殺しようとは思わない。かと言って、これを容認する程現状に満足しているわけではないのだが、なにもこちらから人形にされるようなことを言う必要もない。とりあえず、おとなしくしていようと思う。
「あんたは入ってないのか?」
そんな呼び方も、彼は気にする様子がない。実は、俺は彼の名前を知らない。彼が自己紹介をしなかったからだが、どうやら彼は、自分の名前を呼ばれるのが好きではないようだ。助手も彼を『博士』としか呼ばない。名乗れない程に情けない名前なのかと、002が言っていたことがある。そちらへ思考が向く彼は不思議だ。
「主席開発者ではないよ。私には君がいるしね。どこか、具合の悪い場所は?」
彼の言うところによると、それぞれのサイボーグには主席開発者と呼ばれる立場の科学者がいるそうだ。平たく言えば、設計図を描いた人間の事だ。実際の改造は専門の科学者が行う事になっているらしいが、全体の設計を行うのは一人だそうだ。バランスを取るためにも、それが必要なことなのかもしれない。
確かに、素人に脳をいじられては話にならないし、武器を作るのが専門の人間が、カメラアイを完璧に作れるかと言えば、それは流石に無理な話だろう。良くも悪くも、ここに集められている科学者は所謂専門馬鹿だと助手達はよくもらしている。そう言うお前らも似たようなものだ、と俺は思うが。
俺の主席開発者は気味悪い程に俺にこだわるこの男なわけだが、001ならば父親のウイスキー博士ということになる。001の場合は、改造のほとんどが彼によって終わった状態でここへ連れてこられているわけだから、『主席開発者』という呼び名も微妙に違っているとは思うが。
「左の肘が固い気がする。」
「……君はやはり、無理があったか…」
機械仕掛けは長時間放っておくのは具合が悪いことだろう。もともとサイボーグ化した目的が戦闘なのだから、20年も30年も保たせる意味はない。使っている部品の選び方も違っているはずだ。かと言って、脳味噌を引きずり出して別保管しても、再度の調整が必要になるわけだから、あまり意味がないわけで、これは仕方のないことだろう。
「左腕も取り替えねばならんな……右足の具合はどうだね?」
すでに俺の両足は取り替え済みだ。右足は動きが悪いと言って、2度も取り替えている。彼がこうして毎日検査を行うのも、思いのほか、俺に不具合が多いからだろう。
「悪くない。」
その答えに満足したように笑い、彼は俺の左腕を持ち上げる。
「やはり、君の形が一番素晴らしい。2号も悪くはないがね…」
創造主の被造物に対する愛情というのは、こういうものだろうかと、時々思う。これに慣れたらお終いだと思っていたが、今ではもうあまり気にもならない。不思議なものだが、彼に対してあまり憎悪は感じない。気味が悪いと思うことはあるが、これはどういった心境だろう。
「新しい右腕を作ってやりたいが、新型の開発に力を注いでいるようでね。君をもっとよくしてやりたいのだが…」
これで十分だ。
そのうち、左腕にロケットランチャーでも埋め込まれるのではないかと、戦々恐々としていたのだが、どうやらそれはないらしいと安心する。今更武器の一つ二つ加わったところで何が違うか、と言われれば返す言葉もないが、それは改造された俺にしか分からないところだろう。
あの頃は、薬で抑え込まれていたお陰で殆ど何も感じなかったが、自分の体が切り取られて武器に変えられる事を想像すると、今は恐ろしいと思う。
もとから作り物の腕や足であることはわかっている。それでも、人と同じ形をしていた体だ。動かせるようになるまで苦労もしたし、新しい自分の体だという認識があったのだ。体中を武器にされた自分に錯乱して、自殺した4号型被験体の気持ちもわかる。
「ああそうだ。私以外の科学者には、気をつけなくてはいけないよ。」
肘の状態を確かめていた彼が、ふと思い出したようにそう言って顔を覗き込んできた。
「君の再改造を提案している者があるのだ。君はこの状態がベストだと言うのに、頭を疑いたくなるよ。」
「……再改造?」
今さっき、右腕の作り替えすらできないと言っていたのは誰だと、思わず聞き返すと、彼は頷いて天を仰いだ。
「彼等は、私の設計が気に入らないと言うのだよ。最初の設計からそうだった。4号型の開発が遅れたのは、彼等がいらぬ物を付けたからだ。それを外して、やっと君が完成したと言うのに、また口を出そうとする。」
4号型の自殺続きの理由がそれなのだろうか。そんな俺の思考に彼が構うわけもなく、彼は話し続ける。
「君の意志を抑えないのも、君にも自分を守ってもらわねばならないからだ。私も新型の開発に加わらねばならん。君をいつも守ってやれるかどうかはわからないからね。」
一枚岩の組織などあり得ないと言うが、自己主張の激しい科学者が何人も集まれば、そんなこともあるかも知れないな、と思った。多分、ここで俺は彼の言い分に反発を覚えねばならないのだろうが、やはり、どうにもそう言った感覚がない。
いや、もちろん、引っ掛かりは感じるのだが、諦めていると言うのか、また言ってるな。程度の認識しか起きない。この表現が正しいのかどうかは自分でも疑問に思うところだが、意思疎通の計れない父親に対する諦め。そんな感じだ。
彼は俺の意志など尊重しないし、俺は彼の意志を理解しない。それでも多分、この施設内にいるどの科学者よりも、彼は俺に対して愛着だか愛情だか執着だかをもっているのは確かだ。たとえそれが、自分の作った『物』に対するものであったとしても、他のすべてと同じように扱われるよりはいいらしい。
………馬鹿らしい。
軽い音を立ててスライドしたドアに視線を動かすと、そこに数人の科学者が立っていた。
「何だね、突然」
機材を片付けていた彼が、慌てたようにドアと俺の乗っている台の間に立ち塞がろうとし、その場に崩れ落ちた。
その一瞬の出来事に対して、俺は右腕を上げて科学者の一人を撃ち殺していた。
それが初めての明らかな殺人だと気付いたのは、血を流して転がる科学者が、組織の抱える科学者の一人だと、俺の脳が判断してからだった。不思議な程に、罪悪感はなかった。
そして、脇に倒れている彼は無事なのかと、視線をそちらへ向けた俺は、愚かにも侵入者に対しての警戒を忘れていて、近付いた足音に構うよりも、彼がまだ生きているのかを確認することに気が向いていた。
別に、彼を守ろうとしたわけじゃない。でも、彼を自分の近くにあるものとして認めていたのは確かで、少なくとも、突然押し掛けてきた科学者達は、俺にとっては外敵とかわらなかった。
動かない彼の脇へ下りてその状態を確かめようとした俺は、後ろから首筋に当てられた何かによって、動きを止められた。
再改造の話を思い出したのは、その瞬間だった。
彼が笑う表情は、爬虫類に似ていると誰かが言った。
その通りだと思ったが、黙っていた。
俺を死神だと呼ぶ人間は多かったが、彼は呼ばなかった。
彼は俺を番号で呼んだこともない。
『彼』と呼んで俺を示し、俺を『君』と呼ぶ。
まるで人であるかのように呼ぶのは彼だけだった。
もちろん、俺は彼の『大切な作品』だ。
名前も知らない、気味の悪い狂った科学者が、俺の製作者だ。
次に目を開けた時、離れた場所にあるガラスの向こうに、見慣れない科学者が立っていた事を覚えている。やたらに鼻のでかい背の低い男だと思った。それが、ギルモア博士だ。
ぼんやりした頭で、ああ、彼は死んだのだな。と思った。生きていたら、彼がいないはずがないのは、薬でぼやけた頭でもわかることだったからだ。
「気分はどうだね、004。」
年寄りだな、とその声を聞いて思った。温和そうな声に、少しだけ安心をして、違和感を感じた。爬虫類じみた彼の声とは違う、人らしい声が馴染まなかったせいだと思う。
「起きられるかね?」
問いかけに答えるために体を起こし、むき出しになった上半身が、鋼の色をしていることに気付いた。だが、ぼんやりした頭で、考えられたのはそこまでだった。その後は、あれこれと質問をされ、ぽつぽつと答えを返して確認が終わり、俺は部屋へ帰された。
その帰り道で、見慣れないサイボーグを見かけたような記憶がある。部屋の前に002がいて、ひどく戸惑ったような顔で俺を見て、彼は無理矢理笑って言ったのだ。俺が、二月程見当たらなくて心配だったのだと。俺は、その彼に何か言葉を返した記憶がない。黙っている俺を見て、彼はその間に7号までの被験体が起動していると言ったのではなかっただろうか。俺はそれにも答えず、部屋に入ったと思う。言葉を発するのが億劫だったからだ。
後から彼に聞いた話だが、それを見て、俺が再度改造されたことと、最初の起動状態へ戻っていることには気付いたそうだ。
今になって、やっとあの時の改造について考えることができるようになった。
人工皮膚に覆われていた体が、鋼のままでいたのは、そこに手を加えたからだ。胸部の違和感と、新しく加えられている起爆回路を見つけた時に、ギルモア博士に確認し、そこに核爆弾が埋め込まれていることを教えられた。それは、彼が付けなかった物で、他の試作品には付いていた物だ。
彼は、4号型は戦闘目的のサイボーグだと語った。彼は、9号の開発に対して怒りをあらわにしていた。9号も、戦闘目的のサイボーグだからだいう理由だった。どうして、同じ目的を持たせるのか。4号があればいいと、自分の作った物が最も愛おしい科学者はそう言ったものだ。だが、開発目的が同じであるはずがないのは、彼にだってわかっていたはずだ。
特攻機。
それが、4号型の本来の目的なのだろう。でなければ、周り中を巻き込んで、自分も壊れる物など付けるわけがない。
ミサイルもマシンガンも、外敵に向けて使う物だが、埋め込まれた核爆弾は、外に放つ物ではない。自爆装置だと言えなくもないだろうが、サイボーグに自爆装置など必要だろうか?
自爆が必要なのは、重要な情報を握っている者だけだ。諸々の情報を奪われては困るから、自爆して全てをゼロにするのが、自爆の本来の目的だ。ならば、戦うだけのサイボーグには本来の意味での自爆など必要ない。それに、通常戦闘に使われるサイボーグに、わざわざ重量を増やす理由がどこにある?
だが、4号型の大量の火器は、目的地点まで確実に到達するための手段に過ぎないのだと考えれば、説明がつく。右腕のマシンガンの装備できる弾丸は100発程度だ。5本の指から同時に発射すれば20連射で打止め。左手のナイフは近敵は倒せるが、遠敵には意味がない。両足のマイクロミサイルも8発のみ。
はっきり言って、長期戦には向かない。それでも、行って帰る必要がないのならば、その数でも十分だ。どの程度の威力のある核弾頭だかはわからないが、直径数百メートルなんていうせせこましい世界ではないだろう。自軍を巻き込まない程度まで遠ざかっていれば、自爆を選べばいい。
これが、特攻機でなくて何だと言うのだ。
彼は、自分の作品がそんな形で壊れるのが嫌だったのだろう。馬鹿のように、彼には俺という作品が自慢だったから。多分、試作品の俺がデモンストレーションで自爆する必要はないとでも言ったのではないだろうか。デモンストレーションが一度だけならば問題はないが、二度目もあるなら、確かに必要ないことだ。
だが、そんな提案が受け入れられるはずはない。試作品がこれを理由に自殺を図ったのだとしたら、そうならないための実験だって必要だろう。彼によって完成試作品として004と番号を振られたのが俺ならば、その実験を行うのも俺でなくてはならない。組織は、一科学者の意志で動くものではないと言うことだ。
彼は死んで、俺は再度人形に戻って、新しいサイボーグが増えた。人形に戻った俺は、この時に必死に動いていた彼等の行動を知らない。
4号最終改造完了。お人形ハインリヒ再び。ジェット、超絶片思い中。
彼の装備に関しては、色々と疑問も多いです。マシンガン、予備弾倉がないと、すぐに弾切れ起こしそうで、じつは左腕が弾倉ポケットになっているんじゃないかとか、色々考えました。上腕まで弾入るのか、とかね…。マイクロミサイル片足4門は誕生編で確認。色々考えた後の、私なりの004の開発理由はこんな感じ。神風特攻隊ですね。サメ爆弾も作ってる組織だから。日本軍っぽいですな、BG。
次で007を登場させるぞ!と、意気込んでいます。そして、そこからが本題だったり……