彼はどうしているだろうか、と思うようになったのは、笑った彼を見た後の事だった。名前も知らないし、このままこれでおさらばになるかもしれない彼が、どうしてだか気になって、暇を見つけてはうろうろと彼を探して歩き回った。
そうして見つけた彼は、言葉を失う程に変わっていた。
右腕が、酷く無骨な金属でできていた。右腕だけむき出しになった黒い服を着て、彼は的に向かってその腕から弾丸を放っていた。
第2期に移行すると言っていた事、彼は戦闘型であるという事、彼の目が照準器である事、それで少しだけ、彼がどんなものにされようとしているのかがわかったような気がした。
相変わらずの人形のような表情で、彼は合図に合わせて的を射抜く。全ての機械仕掛けを脳で制御するのだという言葉は、多分あの腕に関して言われた言葉なのだろう。彼の右腕にはトリガーはない。
左腕とは比べようもなく太く不格好な右腕。彼が、ただの人ではあり得ない事を、あんなにはっきりと見せつけるものはない。あの色のない目と、銃器である以外の何ものでもない右腕。それを見て、自分はまだまともな人間の形と変わらない事を安堵した自分を恥じて、その場を離れた。
最初は普通の人の形をしていた。その体が安定した途端に付け替えられた腕を、彼はどう思っているのだろうかとぼんやり考えた。自分が、もうただの人とは違ってしまっている事を、ああまで見せつけられながら、表情もなくただ言われるままにいられる彼は、一体どんな気持ちでいるのだろうか。
もう少し、人らしい姿ならばいいのにと思った。たとえ偽物でも、鏡に映る自分の姿は、ただの人であった時と同じ方がいいと思う。それならば、まだ自分をごまかす事ができるのに。
「…ごまかしでしかねぇけどさ…」
そんなものが必要でないくらいに、彼は強い意志を持っているのだろうか。それとも、彼の意志なんてものは、既にあの器の中には存在しないのだろうか。
途中すれ違った研究員に、性能試験に行けと言われるままに従って、ため息をつく。あんな姿を見るのならば、彼を探したりしなければよかったと、半ば本気で考えた俺は、その直後に彼と対面するなんて事を、考えもしなかった。
性能試験の中でも、実技試験は、外で行われる事が通例だった。少なくとも、俺は飛べる空がなければ試験にはならず、彼も制限なく戦える場がなくては意味がない。ただ、それが自分以外の人間と共に行われるというのは、予想外の事だった。
「何で、あれがいるんだよ!」
見間違えるはずのない彼が視界の中に入った時、思わず叫んでいた。防護服を着ている自分とは違い、彼は先ほど見たままの黒い服を着ているだけだった。むき出しの右腕が、光をうけて鈍く光り、それは迷わず弧を描くように動きながら、彼の方へ向かっている戦車の一隊を仕留めていく。
戦場で突っ立っているのは自殺行為だ。真っ先に標的にされて終わりを迎える。その鉄則に従うように、彼は走って移動をしながら、次々に標的を沈め、そして最後に、上空の俺に向けて右手を構えた。
攻撃を避けるのは容易かった。彼の攻撃よりも格段に早く動ける俺が、まともに弾を食らうような事があれば、それは俺に失敗作の評価が下る事になるかもしれない。そうなって、更に改造を加えられるかと思うと、それは恐ろしかった。俺は既に002の番号を与えられているのだ。彼等が欠番を作るとは思わず、ならば俺が改造される他にそれを挽回する方法はない。
彼の攻撃を躱し、こちらから攻撃すべきかと迷っていた時、ふいに攻撃が止まった。彼はその右腕をいぶかしむように見つめ、指を動かしている。不具合でも起きたのだろうかと思い、地上に降りた時、彼の右腕が跳ね上がり、爆音と共に飛び散った。
彼の体は衝撃で跳ね飛ばされて地面に転がり、俺の足元には、彼の右手であった指や腕の一部が降り注いだ。
銃が暴発するのと同じ事が、彼の腕にも起きたのだと思った時には、俺は彼の元に駆け寄っていた。
「おい!」
ネジの切れた人形のように、地面に転がった彼は反応を返さず、爆風をうけた体は、内部機関が見える程に傷付いていた。
これで、彼は廃棄処分になるのだと、それを見て思った。それはもしかしたら、彼にとって良い事なのではないかと、幾らかの羨望すら感じた。
『彼を回収して戻りたまえ。002。』
これをどうするべきなのだろうかと思っていると、すかさず指示が入り、ため息がもれた。『回収』だ。物と同じ扱い。彼等の製品である被験体。番号すら振られず、名前すら呼ばれない物。
その体を持ち上げ、肩に担ぎ上げて歩きながら、次の被験体が表れなければいいと思った。こんな風に壊れるものはもう見たくないと思う程に、彼の事が気にかかっていた事に気付かされた。
廃棄処分になったであろうと思っていた彼がそこにいるのを見た時、俺は確かに喜びを感じたと思う。また彼を見る事ができた喜び。それと同時に、彼が解放されない事への悲しみも感じたのも確かだ。
彼は、最初に付けられていた物よりは随分とましな右腕をしていた。金属がむき出しであるのは変わらなかったが、腕の太さは左腕とさほど変わらなかった。形も人の腕に金属部品を被せたようなもので、腕さえ覆ってしまえば、多分それが銃器である事は気付かないだろうと思える形だった。
その日からまた、俺は彼を探して歩き回るようになり、その間、彼が幾度も改造を加えられていくのを見ていた。
最初の右腕はマシンガン。次の左手はレーザーナイフ。その次は右足のマイクロミサイル。一つが安定する度に、次の改造が加えられ、更にそれ自体の改良が加えられる。彼は何度も壊れ、その度に改良された武器を付けられて戻ってきた。
自分の手足が、一つ一つ切り取られ、別のものに変えられていくというのは、どんな恐怖だろうと、想像して俺は恐ろしくなった。彼がもし、精神の制御を受けていなかったならば、きっと発狂してもおかしくないような恐怖なのではないかと、自分がもしそうであったらと考える事も恐ろしかった。
それでも彼は、あの人形の顔で、一言の文句も言わず、何の抵抗もすることはなかった。
そして彼は、幸か不幸か、4号型の最初の成功例として、番号を振られる事となったのだ。
「004だ。」
そう名乗った彼の声は、思いのほか低く、だが、人の感情を読み取れる物ではなかった。
「俺は、002。」
番号以外にここで名乗るべき呼び名はないのだと思って伝えたそれに、彼はあの時見た笑みとはまるで違う、皮肉げな笑みを浮かべた。その表情は、これまで見た彼のどの表情よりも、彼のものらしいと思う事のできる物だった。
すぐに消えてしまったその表情は、その後何度も俺の前で見せられるものになったが、最初に見た彼の笑みは、その後随分長い間、彼の表情として浮かぶ事はなかった。
それを、俺が少しだけ惜しいと思っていたことは、彼にはまだ伝えていない。
初書きのジェット。BG時代の話は、私としてはかなり気になるところ。性格付けは平ゼロを最近の分しか見ていないので、原作よりな感じですが、一応舞台設定は平ゼロ版。彼等の第一世代という設定が私としては大変萌え設定だから。
ハインリヒ改造設定は、完全に私的設定。ほぼ全部機械の体で、拒絶反応が出ない人の方がおかしいと思うので、少しずつ慣らしていっているという感じでこんなです。感情と意志は90%くらいぼかされてると思われる。
結局何が言いたいのよ?って、要するに、ジェットさんは、ハインリヒさんのこと、ずっとずっと前から好きでした。って話です。ハインリヒが004になってよかったねぇ……と、本気で思ってます。