誕生日だから、日本に行こうかな。と、少しだけ思った。
でも、彼が来る事はないだろうと思って、おとなしく仕事をしている事に決めた。次の夏は、きちんと飛行機で日本へ行こうと思っていたから。その暫く後には、彼の誕生日も控えているし、去年よりもちゃんとしたプレゼントだってあげたいと思うから。
「………でも、寂しいよなぁ……」
仕事先の友人たちが、自分の誕生日を祝ってくれると言ってくれたし、それに不満なんてない。むしろ、物凄く嬉しい事なんだけど、でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけれど、彼が来てくれないかな。なんて事を考えたのも事実。
それとなく彼の予定を聞こうとしたのだけれど、彼の部屋の電話は通じないまま。留守番電話なんてものすら付いていない彼の電話は、延々呼び出し音を鳴らし続けるだけだった。
だから、彼がどんな予定でいるのかも知らないし、今何処にいるのかも知らない。
「何してるんだろう。」
彼がこちらに連絡をくれる事なんて殆どないから、本当に、わからなくてちょっと悲しい。
「会いてぇなぁ……」
ソファの上でごろりと寝返りを打って、窓際に置かれた写真スタンドに目をやる。仲間で揃って写したそれは、彼の家にもきちんと飾られている。それを見て、自分も飾ってみたのだ。でも、本物がいたら、一番いいのに。と、思った。
大きくため息を付いた時、玄関チャイムが音をたてた。そろそろ、迎えが来る時間だったかとソファを降りて、玄関へ足を向ける。
「どちらさん?」
「お届け物です。」
聞きなれた声は、職場の知り合いのもので、首を傾げつつドアを開けると、幾つもの荷物を抱えた配達人が立っていた。
「……俺に?」
「ああ。迎えのついでにさ、届けに来た。準備できてるのか?」
「できてるけど…」
差し出された包みを受け取って、伝票にサインをすると、その差出人を確かめる。
「友達多いだろうとは思ってたけど、それ、どういう知り合いなんだ?」
その質問は仕方ないだろうと思った。でも、不思議な事に、6つの包みはどれも日本から発送されていて、差出人の名前だけが、どう見ても日本人ではないものになっている。
「暫く前に、日本にいた時の知り合い。」
「へぇ……早く置いてこいよ。行こうぜ。」
言われて、慌てて頷くとそれをリビングまで運び、ソファの背に掛けてあったジャケットを取ると玄関まで戻る。今日のパーティーの開催場所は知らされていないのだ。彼に着いて行くしか、そこへ行く事はできない事になっていた。
「どこでやんの?」
「まぁ、まぁ。行けばわかるさ。」
彼は笑ってそう答え、俺は黙ってそれに着いて行く事にした。荷物の中身がかなり気になったけれど、後からのお楽しみにしようと自分を納得させた。
自分の為にあったはずのパーティーは、なんだか最後にはどんな理由があったのかもわからないような騒ぎになってしまい、それでもとても楽しくて、いい気分で帰ってきた俺は、リビングのソファの上に置いてあった届け物の箱を見て、その存在をやっと思い出した。
「やばい……か?」
早々に中を見て、礼を伝えなくてはいけなかったかもしれないと、今になって思っても、後の祭り。俺は慌てて包みをほどきはじめた。
ジョーとフランソワーズ、それからイワンとギルモア博士の連名で送られてきたのは、真っ白のシーツと、青と黄色のチェック模様のベッドカバーだった。去年のプレゼントは、バスマットとタオルを何枚かだった。どうやら、彼等は俺に文化的な生活をさせたいのだな。と思う事にした。
張々湖からのプレゼントは、中国菓子の詰め合わせだった。前回もらったのは中国茶の茶葉で、面倒だとか言ったのを記憶している。それできっと呆れて、そのまま口に入れられるものにしてくれたのだろう。本当に、有り難い。
グレートからのプレゼントは、元アル中人間の彼らしく、サケが1本。あまり、日本の酒は飲まないけれど、ビールなんてそこらで買えるのだから、これはこれで嬉しい。そういえば、日本にいた頃、ハインリヒと一緒に飲んだ事があった。なんだか良くわからないつまみと一緒に飲んだのが、とても美味しかったのを覚えている。でもあれは、ハインリヒがいたから美味しかったのかもしれないから、これは、彼と一緒に飲もうと決める。
ピュンマからのプレゼントは、なんだかよくわからない水のボトルだった。『海洋深層水』と書いてあるのを見ると、これは、彼なりのジョークなのかもしれない。同封してあったカードに、「体にいいらしいよ」なんて書いてあるのを見ると、彼はあまりそれを信用していないのかもしれないけれど、まぁ、水は毎日飲むものだし、なんだか珍しいものを飲むのもいいかもしれない。俺たちの体にその効果が出るのかどうかは微妙だと思うけど。ああ、だから、やっぱりこれは、彼のジョークなんだろう。もしかして、意外にブラックジョーク好きなのかもしれない。
G.ジュニアからのプレゼントは、木彫りの熊の人形だった。口に魚を銜えている。なんだかよくわからないけれど、手の込んだ作品だというのはわかった。カードにはそれについての説明はないけど、多分、これも某かのジョークなんだろう。それとも、狙った獲物は逃すなというメッセージなんだろうか。それなら、俺もかなり自信がある。まぁ、こんなにガッツリ銜え込めてないけどさ。
そうして、残りの一つに手を掛けて暫くそれを眺める。
去年は、袋一杯の小さなチョコレートだった。彼の物には、吃驚箱的仕掛けがあるに違いないと思う。でも、振ってみてもあやし気な音はしないし、重さも微妙だった。重くもなく、軽くもなく。いや、どちらかというと、重い感じだ。張々湖のプレゼントと違わない感じもする。
しかし、こうして眺めていても仕方がないと心に決めて、包みをゆっくりと剥がしてみる。
「……?」
そぅっと箱の蓋を開けると、そこには、三つの包みが入っていた。
「過去、現在、未来?」
それはそれは見事な漢字で書かれたその文字を読んで、首を傾げた。もしかして、何かのなぞ掛けなのだろうかと思い、また、そうっとその紙を剥がして中を確認する。
「かもめの玉子。」
過去の包みの中に入っていたのは、そう書かれた菓子折りらしき箱だった。中を開けてみると、一つずつ丁寧に紙に包まれたホワイトチョコレートでコーティングされた丸い菓子が入っていた。
「卵。か。」
この形が、それなんだろうと納得して口に放り込むと、それはなかなか美味しい菓子だった。日本にいる間に、和菓子と呼ばれるものは幾つか食べたが、これは、それとケーキの間にあるような不思議な食べ物だった。
次に、未来の包みを開けてみる。
「鳩サブレー。」
缶に入っているそれは、薄っぺらい袋に別れていて、それを開けてみると、なんだか不思議な形をしたクッキーのような食べ物だった。
「……これが、鳩?」
なんとなく、鳥の形をしていると思えば思うが、しかし、なぜこれが未来なのだろうと首をかしげる。
そして、最後の一つの包みを開けた俺は、思わず吹き出していた。
「ひよこ。」
小さな包みの中にはぽってりした愛らしい形の菓子。多分、鶏の雛のひよこのイメージなのだろう。
「俺が、ひよこって?」
卵、雛、成鳥。だから、過去、現在、未来。俺の事を、鳥だ鳥だと彼は言う。トリ頭。とかも言うけれど、彼にとって、空を飛んでいる俺は鳥なんだそうだ。
「大体、成鳥したら鳩ってどういう事だよ。」
もっと、かっこいいものにしてくれればいいものを、と思って、俺は電話に手を伸ばし、ボタンを押していく。今日は彼がいるに違いないと思った。
『はい。』
電話の向こうから、久しぶりに聞く声が返った。
「ハインリヒ?俺。プレゼント貰ったよ。」
『ああ……届いたのか。』
彼はそう言って、こちらの反応を待つように言葉を切る。
「俺の未来が鳩ってどういうことだよ。せっかくなら、鷹とか鷲とか言えよな。」
そんな菓子があるのかどうかは知らないけど、でも、そう主張せずにはいられない。
『不満なのか?』
「だって、鳩なんて、そこらにいるじゃねぇか。」
そう言うと、電話の向こうの彼は微かに笑ったようで、少し間が開いた。
『鳩は平和の象徴だぜ?それでも不満だってのかよ。お前は?』
考えていたのとは違う、静かな強い意志を込めた声が返り、俺は少し驚いた。
「…………そっか……」
俺たちは、戦争の道具にされる為に作られたサイボーグだけれど、この世界を平和に近付ける事が出来たらいいと思っているのは本当の事だ。
こんなプレゼントにすら、そんなメッセージを込めていたなんて。と感動していた俺は、間を開けずに返った言葉に耳を疑った。
『なんてな。羽根を膨らましてる鳩を見てたら、お前にそっくりだと思っただけだ。』
「なんだよ、それ!」
確かに、以前にドイツに行った時、あまりの寒さにがたがた震えて、彼のセーターやマフラーを借りて、着膨れしていたのは事実だけれど、それは、あんまりな主張だ。あんまりにも、格好悪すぎる。
『それに、お前は鳩になれるかどうかもわかんねぇ、ひよっ子だしな。』
彼は上機嫌でそう言い、軽く笑い飛ばしてくれる。
「……へぃ、へぃ。」
『誕生日、おめでとう。ジェット。』
がっくりしていた俺は、その言葉を聞き逃しかけ、それでも必死に聞き取った自分を褒めてやりたいと思った。
「ありがと。」
『じゃぁな。他の皆にも、ちゃんと礼を言えよ。』
俺の保護者を自任しているらしい彼はそう言うと、こちらの言葉も待たずに電話を切ってしまった。
「はい、はい。」
彼が待っていてくれたように、他の皆も待っていてくれるのだろうと思って、俺はフックを押さえると、次の電話番号をプッシュしはじめた。
彼は冗談に紛らわせたけど、きっと本気でそう言ったに違いない。
俺たちだって、平和な世界を望んでいるのだ。強く、強く。
24同盟の24祭に出品してます。ジェット誕生日のお話。
ハインリヒさん、物産展で銘菓を選びました。鳥関連のお菓子3種類。
ちなみに、「かもめの玉子」は私の好物です。とても美味しいのですよ!!何処の銘菓なのか知らないが、仙台に里帰りする人が土産にくれます。萩の月とかもめの玉子。どっちも人気のお土産品。そんなことを言ってたらば、岩手物産展で売りに来ている。萩の月は仙台銘菓だが、かもめの玉子は岩手の銘菓ということか。
ジェットさん、嘗て日本酒と一緒に食べたつまみは、「するめ」だったようです。外人には、するめがイカの成れの果てなんて、わかんないんじゃないかなぁ。
そんなわけで、ぽってりかわいいひよこまんじゅうは、ふっくらお腹の鳩サブレになれるでしょうか?(2003.2.5)