夢の跡



 それから三日後、彼は一日起きてこなかった。
 
 その三日後、彼はもう起きないだろうと、誰もが思った。
 
 ずっと前に見た、壊れた彼の姿と比べたら、眠っているとしか思えない姿だった。
 
 ただ、目を開けないだけ。
 
 それだけのこと。
 
 
 
 その日、彼の体を土に埋めた。
 
 鋼の棺が土に還るまで、どれ程の時間が必要なのか、俺にはさっぱりわからない。
 
 でも、人は死んだら土に埋めるものだから、彼もそうしてあげなくてはいけないと思った。
 
 平らにした土の上に芝生を植えた。
 
 そこから、緑が広がるように。
 
 彼が土に還るまで、誰も彼を起こさないように。
 
 
 
 彼のノートをもう一度見た。
 
 日付けは、四日前で途切れていた。
 
 最後のページは、彼の字で綺麗に埋められていた。
 
 
 
 
 
 
 もう、これでいい。会いたい人には会った。
 他にしておきたい事もないし、面と向かって言える事は言った。
 後は、ちょっと、言い辛いからここに残しておく。
 
 今、これまでを振り返って、平穏無事だったとは、とても言えない。
 だけれど、不幸で不運だったとは言わない。
 辛い事や苦しい事があるのは当然だし、それだけでないのも当然だ。
 だから、俺は、これまでが酷いものだったとは言わない。
 大切な人は最後まできちんと俺の中にあったし、その為に動く事もできた。
 何もできずになくしてしまったものもあるけれど、きちんと残せたものもある。
 まるで後悔がないかと言われれば、そんなわけがないと言うしかないけれど、
 俺は、それに頷ける人間なんていないと思ってる。
 
 安心して、何も心配せずに眠りにつくことができる場所がある俺は、とても幸せだ。
 心配してくれる誰かがいる事、それがどんなに幸せな事か、俺は知ってる。
 だから、俺は今日までの生活は良いものだったと言える。
 この人生を、後悔してはいない事、今、とても穏やかである事、
 それだけは、きちんと伝えておきたい。
 
 
 もう、明日が来なくてもいいと本気で思う。
 
 眠りにつく事が、ここに来てからは、少しも恐くないから。
 
 皆に感謝を。
 
 その存在が、どれ程の助けになったのか、わからないとは思うけれど、
 
 この世には、いるだけでいい人もいるって事。
  
 おやすみ。




BACK



前振りと、後締め。どちらともとれる文章。
夢の跡は、こんな事を言うハインリヒのお話です。
実は、作品中に、肝心な言葉を書き忘れたので、ここでフォローしてると言う話だったり……
彼は、自分の人生に、満足して死ねる人だと、私は思います。
うちのハインリヒ、自殺しないのも、それが理由です。
諦めつつ前向き。そういう人だったりします。
現在を生きるので精一杯とも言う………
作中フォローできなかった辺りの話は、『夢幻』に移行されるんじゃないかと思う。


TOPへ