いつか隣に並ぶ日を



 その姿を見て、見愡れた自分を、馬鹿だと思った。
 そんなものに見愡れたところで、どうにもならない人間なのに。
 でも、それでも、彼はとても美しいと思ったのだ。
 その一瞬が、目に焼き付いて消えなかった。





「賞金額300万か……」
 受け取ったカードを携帯端末に差し込んで、ゾロは小さく呟いた。
「不服、ってわけじゃないだろうな?」
 今回の闘技大会の興行主である、ドンキホーテ・ドフラミンゴの言葉に、ゾロは苦笑を浮かべた。
「そんなじゃねぇよ。なんか、ピンと来ねぇだけ。」
 ほんの1カ月前までは学生だったゾロは、当然、収入はなかった。それが、今は5日間戦い抜いて、300万円の賞金を受け取れてしまうのだ。あまりの額の違いに、愕然とする。
「デビュー戦を見た時に、こりゃ、お前にもっていかれるかとは思ったが、ここまで見事にやられるとはねぇ。」
 ドフラミンゴはしみじみとそう呟いて、デビュー1カ月目の剣闘士の様子を伺った。
 この5日間、傷一つ受けずに勝ち抜いてきたその剣闘士は、鳴り物入りでのデビューではあったが、当然ノーマークの新人としての扱いしかされていなかった。だが、彼はこれで闘技会の注目を集めてしまった。
 デビュー戦を圧倒的な格の違いを見せつけ、デビュー3年目のB1級の剣闘士を僅か10分で追い込んだ彼は、史上初となる、デビュー後1カ月で初優勝という快挙を成し遂げたのだ。明日の闘技関係の雑誌やニュースには、トップ項目に上げられる事は間違いない。
 それなのに、ゾロはあまり喜んでいる様子は見せなかった。
「……やっぱり、油断されてるって事なのか?」
 デビュー戦の興行主もドフランミンゴであり、それ以前から付き合いがあっただけ、ゾロも話を聞きやすく、丁度時間を持て余してもいるらしい彼に問いかける。
 ゾロは、剣闘士の資格を取得したのが、17歳の春だった。
 剣闘士のデビューは、通常の就業原則に従って、20歳からとなる為、ゾロは3年半も、デビュー戦を待たなくてはならなかった。ゾロは卒業と共に行なわれた最終試験に無事合格し、晴れて『剣闘士』という職業についたのである。
 そして、無事にデビュー戦を勝利で飾ったゾロは、その1カ月後に行なわれた闘技大会で優勝を納め、こうして賞金を獲得したのだ。
「まぁ、そういう奴もいたかもしれねぇが、それもお前の実力の内さ。」
 こういうところが、放っておけないんだと、ドフラミンゴは思った。ゾロは、闘技場の舞台に立てば、研ぎすまされた空気を纏うのだが、そこを離れると、普通の同年の青年よりもどこか幼く感じる程だ。
 多分、闘技場を出たゾロを見ても、それが先程まで剣を振るっていた人物だとは思えないだろうと、目の前で小さくため息をつくゾロを見て、ドフラミンゴは苦笑を浮かべた。
 世間的には、ゾロは周囲の人間の七光りでデビューが決まったような言われ方をしているところがあった。
 ゾロの父親は、剣闘士の使う剣を鍛える鍛治士で、その友人にいたのが、現在の最強の剣士である、ジュラキュール・ミホークだった。ゾロが剣闘士を目指した理由は、もちろんその父の友人に憧れたからというものだが、17歳で剣闘士資格を取得できたのは、あくまで、ゾロの実力なのだ。
 大体、ゾロはミホークに憧れて剣の道に入ったものの、ミホークに師事していたわけではなく、剣の修行に関しては、全くかかわりがないのである。
 ゾロは自分で道場を選び、真面目に剣を学び、好成績を修め続けた故に、資格試験受験の申請が通り、試験合格となったのであって、その間、一度でも、ミホークの名前など出た事はない。ミホークの名が出たのは、ゾロが資格取得をした後の話だ。
 それを、七光りと言われるのは、さぞや不本意だろうと、デビュー戦を設定したドフラミンゴは思っていたが、ゾロはそんな言葉は一向に気にした様子もなく、自分の目標に向かって着実に進んでいた。
 ゾロの剣闘士としての力は、現在の剣闘士の中で比べても、A級には匹敵すると、ドフラミンゴは見ている。
 剣闘士のクラス分けは、勝率や出場回数で決定される為、デビューしたてのゾロは、B2級という扱いになっている。階級は半年毎に判定がされる為、ゾロの階級が上がるのは、半年後の春となるが、その時には間違いなく、B1級に上がるはずで、そうなれば、出場回数も増える事は間違いない為、余程の事故などがない限り、その半年後にはA級に上がるだろうと、ドフラミンゴは考えている。
「どういうことだよ。」
「新人なんてのはな、元々、甘く見られるもんなんだよ。お前は、それに加えて、七光りとかいわれるだけの諸々の理由があって、相手は更にお前を甘く見る。客だって、お前が勝と思ってない。だから、お前に賭ける奴は少ない。それを見て、また油断する。そういうのも、使えばいいんだよ。お前は。」
「……わかった。」
 学生闘技会は、単に闘技を競うだけのものだが、プロの闘技大会は、賭けも併催される。だから、会場の盛り上がりもまるで違うのだ。
「本物の試合の感想は?」
 デビュー戦は、勿論正規の試合だが、賭けが行なわれない為、少々様子が違って穏やかなものなのだ。今回の大会が、ゾロにとっての本当の初試合と言ってもいい。
 今回、ゾロは新人でもあって、倍率はかなり高く、今回ゾロに賭けていた人々は、かなりの額の儲けを得たのだろう。かなり好意的な声援を送ってくれたものだ。だが、そうでなかった人々は、新人であるゾロに負けていく剣闘士達に、それは厳しい言葉をぶつけていたのだ。
 何も、ああまで言わなくてもいいだろう、と、ゾロは思った。自分が低く見られている事はどうしようもない事だと思っているが、彼等だって、自分が賭けた剣闘士を信じていたのではないのだろうかと思う。
 剣闘士にとって、自分に賭けてくれる人がいるという事が、励みになる事だってあるのだ。儲けだけが全てのような言われ方をするのは、不本意なような気がした。
「ちょっと驚いた。負けると、あんなにひどい言われ方をするなんて、学生大会じゃないし。」
「まぁ……あれは、ここの性質だ。ノースコロニーなんて、穏やかなもんだぜ。」
「そうなのか?」
 現在、ゾロが出場できるのは、デビューしたイーストコロニーで開催される闘技大会のみだ。A級になると、他の地区の闘技大会に招待される事もあり、S級ともなれば、各コロニーを転戦するスケジュールを組まれたシリーズに参加する事になる。
 ゾロの最終的な目標である、世界最強の剣士と呼ばれる、ジュラキュール・ミホークは、当然S級であり、ゾロが彼と戦うためには、同じS級に昇格する他に手段はなかった。
「サウスコロニーじゃ、女性の観客も多いし、ウェストコロニーは、賭けがここよりもっと派手だ。ここに慣れておくと、他所に行った時に、落ち着いて試合ができるようになるって、イースト出の奴らは言うぜ。」
「そうなのか…」
 確かに、これまで地元で勝ち続けてきた闘士達が、ここで負けてああまでヤジを飛ばされては、その後がやり難いだろうとは思う。だからきっと、あれは、越えるべき物事、というものになるのだろう。
「まぁ、今日はさっさと帰って、ゆっくり休みな。明日はオフだ。」
「ん…じゃ、また。」
「明日は家に籠ってろよ。外に出て見つけられたら、騒ぎになりかねん。」
「わかった。」
「……家まで、送ってやろうか?」
 時間を確認しているゾロの様子を見て、ドフラミンゴは問い掛けてやる。多分、彼の保護者が迎えに来る事になっているのだろうが、一応は聞いてやるべきかと思ったのだ。
「いや、ベンが来てくれるから。」
 ゾロは予想通りの答えでその手を断り、ドフラミンゴは軽く頷いた。
「気を着けて帰れ。」
「ありがとう。」
 ゾロはにこりと笑うと、その部屋を後にした。

 
 
 
NEXT
 

パラレル、ちょっとだけ近未来っぽいけど、剣闘士なゾロのお話。
サンジが出てくるのは、もうちょっと先です。
細かい設定については、設定ページに随時追加していきます。
一目あったその日から〜。的なお話を目指すつもり。

(2003.11.1)



パラレルTOP  夢追いの海TOP