いつか隣に並ぶ日を



「ゾロ、こっちだ。」
 車の中から声を掛けられ、ゾロは急ぎ足でそこに近付いて車に乗り込んだ。
「ありがとう、ベン。」
「おめでとう。見愡れたぞ。」
「……からかうなよ…」
 ゾロは保護者である、叔父の言葉に驚いて、そう返した。
 ゾロの両親は、ゾロが10歳の頃に、飛行機事故で他界した。その後、ゾロを引き取って育ててくれたのが、母親の弟である、ベン・ベックマンだった。
 無事に成人を迎えたゾロは、既にベックマンの保護下から抜けてはいるが、1カ月しか経っていない今は、生活はそれまで通り、ベックマンの元にあった。
「本当の事だ。俺の周りの客も、ため息をつきながら眺めていたぞ。」
 B2級の剣闘士の試合を見に来る者は、賭けに来た客が殆どで、試合の内容はあまり真剣に見ない事が多いのだが、流石に、その中でも飛び抜けた動きを見せるゾロには、思わず、という様子で、目を引かれている者達が多かった。
「賭けに負けたからじゃねぇの?」
「俺には、そうは見えなかったがな。」
 ベックマンは苦笑を浮かべて、ちらりと助手席に乗る甥を見やった。
 姉の息子が産まれた時、ベックマンはその誕生を喜んだ。彼等にも、親がなかったから、自分の家族が増えるような気持ちで、姉の結婚も、出産も、それは嬉しく感じたのだ。
 その子供が、剣の道を目指し始めた理由が、義兄の友人にある事は、当人から聞いていた。ゾロの憧れであり、目標であるその人物は、その頃既に、剣闘士として名声を得ていた為、それも当然だろうと、ベックマンは感じたものだ。
 ミホークの方でも、ゾロの両親が、旅行先のノースコロニーから戻る為に乗ったシャトルが、事故を起こして海に沈んだ時も、連絡を寄越した程にゾロを気に掛けており、ゾロも彼によく懐いていた。彼がいなくて、ゾロがああまで早く立ち直れたものか、とベックマンは思う。
「ミホークに、連絡はしたのか?」
「まだ。今、多分、試合中だから。」
「そうか。」
 彼の事だから、ゾロが負ける事は想像もしていないだろうが、それでも、万が一と言う事がないでもないのだ、幾らかは落ち着かない気持ちでいるだろうと、ベックマンは彼の人物の事を考えた。
「しかし、お前も、これで一財産手に入れた事になるな……」
 普通に会社勤めになった同級生達から見れば、1カ月で300万を稼いだゾロなど、異常事態と思うところだろう。
「ん……でも、まだ、実感がない。」
 ゾロはそう答え、携帯端末を操って、現在、サウスコロニーで開催中の、S級の闘技大会の結果を検索する。
「ベン、今日の夕飯、ケータリングサービス使おう。」
 ゾロは剣闘技の結果の出ていない事を確認して、食事の宅配サービスを検索する。
「食べたいものでもあるのか?」
「初賞金だからさ、この次がいつかわかんねぇし…」
「ゾロ?」
 あまり、この甥が食事に対してこだわりを見せた事はなかったが、もしかして、自分に遠慮でもしていたのだろうか、と、ベックマンはその様子を眺めて思った。
「賞金取ったら、ベンに何かご馳走しようと思ってたんだ。本当は、店に行くのがいいんだろうけど、ドフラミンゴが明日まで家に籠ってろって言うし。……何食べたい?」
 自分がそんな事を教えた事はないし、そんな事を教えるような人間はゾロの傍にはいないのではないかと思っていたが、甥のその言葉は、ベックマンにとっては嬉しい事だった。
 あんなに小さかったゾロが、こんな事を言うまで育ったかと思うと、感慨もひとしおだ。
「……そうか……じゃぁ、華山飯店がいいな。」
「ん。やっぱ、コースだよな。」
 ゾロはその返事を聞いて、店のメニューを呼び出して吟味を始める。
「アワビと牛肉って合うのか?」
「メニューにあるなら合うんだろう?」
 お互いに料理は得意ではないため、なんとも情けない会話を交わしながら、それでも二人は温かい心持ちに包まれていた。
 ゾロが両親を失った時、ベックマンもたった一人になった肉親を失ったのだ。二人とも、そのショックから立ち直る為に、それぞれ別の人間の手を借りたけれど、いつだって、片手はちゃんと繋いでいたのだ。
 そうやって痛手から立ち直って、その後これまで、お互い支えあいながら暮らしてきた。成人と同時に夢を掴んだゾロを、ベックマンは応援していたし、ゾロはその応援を感じて心強く思っていた。
 だから、ゾロは必ず、ベックマンに礼をするのだと、ずっと以前から心に決めていたのだ。
「マンゴープリンか、ココナッツミルクかどっちがいい?」
「黒タピオカはないのか?」
「亀ゼリーはあるけど。」
「お前、試してみたらどうだ?」
 笑いながらゾロは注文を済ませ、車は自宅のマンションへと辿り着いた。
 車から降りて、自宅へ向かうエレベータを待ちながら、辺りに張っている人間のいない事を確認する。
 ドフラミンゴから家を出るなと言われたという事は、場合によっては、自宅まで張り込むものがいないでもないという事だろうと、ベックマンは受け取った。ゾロはそういった事に気付いていないようだが、職業上、ベックマンは周囲の行動に気をつけるようにしている事もあり、そう受け取る他になかった。
「賞金支給は、当日なのか?」
「さっき貰ってきたとこ。興行主によって違うらしいけど、ドフラミンゴは当日支給だって。」
 ゾロは言って、口座内容を呼び出して、ベックマンに示した。
「満額もらえるのか。」
 振り込み金額を確認して、ベックマンは少々驚いた。
 ゾロが闘技に興味があった事と、ミホークという知人の存在故に、その世界にも目を向けていたが、さすがに賞金の支払い方法などは、外から眺めていてわかるものではない。
「税引き金額だって言ってた。1年経ったら、調整があるんだって話だ。」
「そうか。」
「その辺は、協会の方で色々やってくれるんだってさ。」
 優勝賞金などの他に、闘技士にも月額定給というものが存在する。試合回数で算定される給料だが、一応、試合に出なくても、各クラス毎に決められた額が手に入る事になっていた。それと合わせた金額で税率を計算するのならば、選手にさせるよりも、協会が受け持った方が脱税もなくて安心なのだろう。
「まぁ、あまり使い過ぎるなよ。」
 叔父の言葉にゾロはしっかりと頷いてみせた。
 
 
 
 
『そうか、よくやったな。』
 優勝の報告を入れると、ミホークは微かに笑みを浮かべてそう言った。
「ミホークは、どうなんだ?」
 まさか、彼が負けるわけはないとゾロは思っていたが、それでも、何が起こるかわからないのが勝負の世界であるし、そうでなくとも、ミホークの場合は、試合内容に注目も集まる。
『まぁ、いい出だしだろう。』
「そっか…」
『この節の試合が終わったら、一度そちらへ戻る。』
「じゃ、連絡くれよ。空港まで迎えに行く。」
 子供の頃は、両親の事故から2年程は、空港へ行く事が怖かったが、今では勿論、そんな事はなく、ミホークがイーストコロニーに帰ってくる時は、空港へ迎えに行くのはゾロの役目だった。
『ああ、頼む。』
「んじゃ、またな。おやすみ。ミホーク。」
『お休み、ロロノア。』
 挨拶を交わしてゾロは通信を切り、ほっと息をつく。
 ミホークは憧れであり目標であって、更に言うなら、子供の頃から世話になっている人だけれど、どうしてだか、こうして画面を通して話をするのは、いつも酷く緊張する事だった。ちゃんと対面していれば、緊張もなく話す事ができるのに、自分は、電話嫌いなんだろうか、と、ゾロは思った。
「ゾロ、風呂あいたぞ。」
「わかった。」
 ドアのノックと共に掛けられた声に答えて、ゾロは用意しておいた着替えを持って、部屋を出た。
「ミホーク、今節が終わったら、こっち来るって。」
 リビングに足を向けるベックマンにそう声をかけると、くるりと背中が振り返った。
「そうか。少しは、稽古をつけてもらえるといいな。」
「うん…まぁ、忙しいだろうけど……」
 実際、ゾロは殆どミホークから剣の手ほどきを受けた事はない。時折、構えの型などを見てもらう事はあるが、ゾロの剣の師は他にきちんといるのだ。だから多分、今回もそんな事はないだろうなと、ゾロは思った。
 それでも、少しでも試合の事等を聞く事ができればいいなと、その日が来るのが待ち遠しく思った。

 
 
 
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ベンゾロとミホゾロ好きなんです。ワンピを読み始めた当初から何故か気になっていたベンゾロ。否定されるのが怖くて黙っていたのですが、再度はまった最近、お話書いていらっしゃる方がいる事に喜びました。
でも、どっちもお父さん役を振られがち……

(2003.11.1)



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