この先色々世話になるはずだから。と紹介された相手は、それは見事な赤色の髪をもった男だった。
彼の保護者はその男を『赤髪』と呼んでいたが、そう呼びたくなるのもわかる程、その髪の色は強く印象に残った。それから、世界中を飛び回る貿易会社の社長にしては、とぼけた表情も。
「迎えは頼んであるからな。ちゃんと待ってるんだぞ。」
赤髪の男はそう言って、自分の向いに座っている黒髪の少年に念を押した。
「わかった。シャンクスは、後から帰ってくるんだな?」
「そうだ。俺が帰るまでは、ちゃんとゾロの言う事を聞けよ。」
それを横でぼんやり聞いていた彼は、そこで出た名前に驚いて思わず身を乗り出した。
「どうかしたか? サンジ。」
ぐるっ、と少年の首が横に座るサンジに向き、何ごとかを問いかける。
黒髪の少年は、赤髪の男、シャンクスの被保護者で、ルフィと言う。シャンクスに紹介された時に隣に立っていた、秘書の息子かと思っていたら、そうではなかった事には何となく納得したが、とてもルフィがシャンクスの血縁者には見えなかった。
その辺を問い質したら、やはり血縁関係は全くなく、ルフィの父親に頼まれたという理由だけで、特例を無理矢理もぎ取り、ルフィとその兄の保護者になったという話だった。その兄は、既に成人して一人立ちし、一緒には暮らしていないらしい。
特例のもぎ取り方等は、サンジにはさっぱりわからないが、彼の会社が世界的に有名で、業績も申し分ない事と、その交友関係の広さがものを言ったらしい。規則にガチガチに縛られている世の中にも、あれこれと抜け道はあるのだな、と、思ったものだ。
「…ゾロって、ロロノア・ゾロ?」
さあ、言え。と目で主張するルフィに、サンジは仕方なく問い掛けた。ルフィには、ごまかしが効かないことは、ここ数日の付き合いでわかった。保護者であるシャンクスや、その秘書は見事に扱ってみせているが、会って数日のサンジには、できることではなかった。
「おう。俺の友達なんだ。」
ルフィは胸を張るようにそう言い、嬉しそうに笑った。
「この間、闘技大会で優勝したんだぜ。すっげー強いんだ。」
「史上最速、って記録付きでな。」
シャンクスも笑いながらそう言い、カードは大事に取っておかなくちゃな。なんて、ルフィと顔を見合わせて笑った。
なんとなく、それが苛ついて、サンジはその気持ちのままに口を開いた。
「史上最速ったって、三日早かっただけだし、一般戦じゃねぇか。」
そんな、大した事ねぇ。と、サンジが言えば、ルフィはきっと、サンジを睨み付ける。
「ゾロは本当に強いんだ。学生大会でだって、ずっと負けなしだったんだ。それに」
「学生大会なんて、素人の大会だろう。そこから闘技士になるやつなんて殆どいないんだぜ。そんなとこで負けなしだったからって、どうだって言うんだ。」
ルフィが怒り出す寸前だと言うのはわかったが、何故だか言葉は止まらず、サンジはルフィの言葉を遮って言い募った。
史上最速の優勝と言って騒がれているが、最強の剣士と呼ばれるミホークの初優勝はデビュー戦から32日目のG1戦だ。賞金額は2000万で、当然出場選手はA級選手が主だ。規則上、デビュー戦から1カ月のB2級選手が出られる試合ではないし、出られたとしても、普通は勝てる試合でもない。それをやってのけたからこそ、ミホークは現在、世界最強と言われているのだ。
対してゾロは、デビューから29日目の一般戦。賞金額は300万。B2級選手でも普通に出られる、それ程大きくはない試合だ。比較するのもおこがましいような話ではないか。と、サンジは思う。
「ゾロは、剣闘士になる為に、学生大会で戦って来たんだ。他の奴がどうだって知るもんか。」
ルフィはゾロの事など知っているとも思えないサンジの言葉に、腹が立って仕方がなかった。
ゾロと初めて会った時、ゾロは絶対に剣闘士になるのだと言って、ルフィに大事なものなんだと、刀を見せてくれた。絶対に、これを使える剣闘士になると、ゾロは言ったのだ。
剣闘士が、自分の選んだ武器を使えるのは、S級になってからだ。それまでは、数種類の規定の形をした武器を使う。『剣』闘士と言うが、それの意味するところは、刃のついた武器を使って戦う者の事で、長刀や槍も規定武器の中に含まれている。剣でも、両手剣と片手剣の2種類があって、ゾロが現在使っているのは両手剣だ。刀は、規定武器に含まれていない。
だから、その刀を使える剣闘士になるとゾロが言った意味は、S級の剣闘士になるのだという事だ。まだ、ゾロは12歳で、ルフィは10歳だったけれど、ルフィはそれを聞いて、ゾロは本当にその通りにするだろうと思ったし、それを無理だなんて思わなかった。
そして、自分の夢を語ったルフィを、ゾロは笑わなかった。大人は皆笑ったし、友達も無理だと言ったけれど、ゾロはそれを聞いて、お互い頑張ろうな、と言ったのだ。ゾロの夢が絶対適うと思ったルフィと同じように、ゾロも自分の夢が適うと思ってくれたんだと、ルフィは思った。
あの時から、ルフィとゾロは仲間になったのだ。笑われたり呆れられたりする方が多い、分の悪い夢に突き進む仲間に。だから、そのゾロを馬鹿にする事は許せなかった。
「17で剣闘士資格を取ったとか言ったって、それだって、あのミホークには負けてるじゃねぇか。」
「……お前、ゾロの事、よく知ってるな。」
にらみ合うルフィとサンジを黙って眺めていたシャンクスが、ふいに口を開き、ルフィはその言葉を聞き、確かにその通りだと思った。
ゾロは、イーストコロニーの剣闘士で、ノースコロニーでは名前など聞いた事もない。多分、闘技大会関連のニュースなどを見れば、名前を聞くのは間違いないが、一般的なニュースでは聞くはずもないのだ。
それを、サンジはゾロの記録をきっちり知っていた。初優勝の日数なんて知っている事も、単なる闘技大会ファンとも違うような気もする。
「もしかして、ゾロのファン?」
サンジはぐっと詰まって言葉を失い、シャンクスはその表情を見てにやりと笑った。
「お前、ゼフから格闘技習ってたんじゃなかったか?」
サンジの保護者である、祖父のゼフは、元闘技士の料理人である。
サンジがまだ幼い頃に、事故で脚を傷め、闘技士をやめて料理人になったという過去があり、サンジはその祖父から格闘技を教えられている。
幼い子供が抱く夢の中に、闘技士という夢も存在する。サンジも、そんな子供だった。祖父は、サンジの憧れだった。闘技士でも料理の上手かった祖父は、いずれ闘技士を辞めた後は、店を持って料理人になるのだと話していた。結局、事故によって闘技士を辞める事になり、祖父は語っていた通りに店を持った。
心に決めた事をやってみせた祖父にサンジは憧れ、闘技士に憧れた。だけれど、その夢が遠い事にも気付かずにはいられなかった。そうしてサンジは、現在、料理人として働いている。
「なんだよ。そうなのか?」
ルフィは、ちょっと驚いて、もしかしてさっきのは、自分がゾロの友達だなんて言ったから、怒ったんだろうかと考えた。イーストコロニーで、ゾロの友達だなんて言ったら、大体の人間は驚いてから、嘘じゃないかと言うものだから、サンジもそうだったんだろうかと思う。
じっと見据えられて、サンジは舌打ちして、小さくため息をついた。
確かに、二人の言う通り、サンジはロロノア・ゾロの事を色々調べて知っている。それを見て、ファンだと言うなら、そうなんだろうと思う。でも、ただそれだけではないような気もする。彼の試合を見ていると、何故だかとても気が焦るのだ。落ち着かなくなる。
だから、サンジはゾロの試合を見るのは好きだが、同時に嫌いなのかも知れないとも思うのだ。
「お迎えは、ゾロだから、本物に会えるぞ?」
シャンクスは楽しそうに笑い、ルフィはこくこくと頷いた。
サンジが初めてゾロを見たのは、デビュー戦の試合を闘技関連のチャンネルで放送していた時だ。それまでは、イーストコロニーの闘技大会なんて興味はなかった。
それがあの日、舞うように剣を揮い、恐ろしい程の気迫で相手を追い詰めていくその試合を見て、震えが来た。目を離す事もできず、息を詰めてその10分程度で終わってしまった試合を見つめていたのだ。
その後、ゾロの事を調べた。公式に発表されている事ならば、なんだって知っている。でも、そんな事は、ゾロの試合を見る時には、何の意味もなかった。終わった試合で見せた技も、勝ち方も、次の試合を見る時にはすっかり忘れて、ただただ試合に見入った。
そして、毎回、言葉には表わす事のできない、焦燥感のようなものを感じるようになった。
「きっと、友達になれるぞ、サンジ。」
別に、友達になりたいわけじゃないと思う。なりたくないわけじゃないけれど、彼の試合を見て感じるものは、多分、そんな話とは別の事のような気がする。
「本物に会って、がっかりする事もあるかもしれないがな。」
シャンクスは笑い、サンジは小さくため息をついた。
あれはきっと、憧れとか、そんな柔らかいものじゃない。
『一般客と同じゲートだからな。いつものシャトルターミナルじゃないぞ。』
「わかってるって。メールも確認した。」
『遅れたら、ルフィが勝手に移動しかねないからな。ちゃんと、時間前には…』
「なぁ、俺って、そんなに信用できねぇ?」
ため息をついて、ゾロは画面に映る叔父に問い掛けた。
明日の朝、ノースコロニーから戻ってくるルフィを、車で迎えに行って、客人とルフィを連れてシャンクスの家へ行き、四日後にシャンクスが戻るまで、そこでルフィの世話をするように。
別に、ここまで念を押される程、難しい仕事ではないとゾロは思う。
確かに、自分で車を運転して、延々迷った事がないわけではない。でも、空港までの道は、自動運転の対象路線だから、ゾロはターミナルさえ指定すれば、あとはぼんやり本でも読んでいればいいだけだ。帰りだって、シャンクスの家を指定すればいい。車はベックマンの所有物だから、シャンクスの家は登録済みで、指定も簡単。迷う間もない。
『……そういうわけじゃないが…』
「俺は、いつまで、小さい子供なんだ?」
20も越えて、自分の食い扶持は稼げるようになったし、目つきが悪くて怖がられるような職業に就いてしまったし、心配のしようがないような気がするのだけれど、叔父から見れば、未だに自分は頼りない子供らしい。
『別に、子供扱いをしているわけじゃないぞ。』
そうは言うけれど、毎朝、起きろと電話を掛けて来たりするのは、充分、子供扱いだと思う。
それが迷惑だって事はなくて、目覚ましで起きられていない時などは、とても有り難い事なのだけれど、でもよく考えると、多分それは外では言えない事だ。
「まぁ、いいけど……ベンも、ルフィをちゃんとシャトルに乗せてくれよ?」
『ああ。…頑張るよ。』
ルフィという少年を説明しようとすると、色々難しいのだが、簡単に言うならば、彼は好奇心の塊だ。車に乗っていても、窓の外に見えた景色に車から飛び下りたりするなど、とんでもない行動を平気でするのだ。おかげで、シャンクスもベックマンもオープンカーには絶対に乗らないようになった程だ。
そんな彼の将来の夢は、まだ誰も見つけていない島を見つけて、そこを探検する事だ。もちろん、空路からの探索ではなく、海路での探索。俗に言う、『冒険家』だ。そして、その為にはまず先立つものが必要と、ルフィは事業を起こす気でいるらしく、現在はシャンクスの元でその勉強中だ。
「何かあったら、早めに連絡くれよ。」
『わかった。それじゃ、明日は頼むぞ。』
「ん。じゃ、おやすみ。」
『おやすみ。』
通信を切って、ゾロはそのままばたりとソファに倒れ込んだ。
「……ああ、しまった…」
客人の特徴を聞き損ねたことに気付いたが、ルフィが見つかれば隣にいるのだろうと考えて、気にする事もないかと、切って捨てる。どんな客人かは知らないが、ルフィを一人でシャトルにのせるのが不安なシャンクスが決めた事だろうから、さ程歳の変わらない相手ではないかと考える。大人では、ルフィの世話を焼くのは、多分無理な事だと、ゾロは経験上知っている。それができるのは、シャンクスだけだ。
明日は朝も早いのだから、と、ゾロはそのまま眠りたくなる気持ちを堪えて、ふらふらとした足取りで、自室へと足を向けた。
サンジさん登場。別パターンでは、彼はモデルさんだった。でもやめた。
なんか、こう…… 違うな。って感じで。
ルフィとシャンクスも登場。名前だけ、エースも。でもきっと、エースは名前しか出てこない。間違いないです。
なんとか、狙い通りに動いてる様子。(2003.11.6)