いつか隣に並ぶ日を



 シャトルの中のルフィは、今時のお子様も真っ青な具合で、窓から見える海を必死に見つめていた。いつか、誰も見つけていない島を見つけるのだと言っているからには、やはり海には気を引かれるのだろうとは思うものの、隣に座っていると、周りの視線が痛い気がしないでもない。
 そんな周りの様子を気にも掛けない横顔を眺めながら、サンジは小さく息をついて、手元の携帯端末を操って、何か連絡は入っていないかと、チェックをする。
「なぁ、俺のカードって、渡してたか?」
 窓の外を見るのに必死だったルフィが、ぐるりと首を回して問い掛けるのを聞き、サンジは首を横に振った。
 いつもの事だが、ルフィの言動には前振りがない。突然用件を切り出されて、聞き逃す事も度々起きたが、ルフィはそれを改める気はまるでないようだった。
「んじゃ、渡しとく。」
 ルフィはそう言って、サンジが受け取るとも言わない間に、自分の端末を操って、カードを一枚発行して差し出した。
「俺は、絶対に島を見つけるから、ホワイトラインのカードは貴重になるぞ。」
 ししし、と、独特の笑い声をたてて、ルフィはそう言った。
「どうだかな。」
 ルフィの夢の話は、初めて会った日に聞かされている。サンジはそれを聞いて、できるとは思えなかったが、ルフィが本気でそれを語っているという事だけはきちんと理解した。ルフィの気持ちは理解したが、その夢の内容は、あまり理解できなかった。
「絶対だ。」
 ルフィは真直ぐ言い切り、サンジに興味をなくしたように窓の外へ目を向けた。
 サンジは受け取ったカードを端末のカードリーダーに通し、画面に表示された情報に斜めに目を通した。
 モンキー・D・ルフィ。18歳。学生。たったそれだけの身分情報と、現在の所在地など連絡先の情報が表示される。
 携帯端末には、こうして名刺代わりに差し出されたカードからデータを読み込んで、アドレス帳として使う機能も備わっている。
 携帯端末に登録されている持ち主以外の個人データには、その人物の身元を保証するという意味合いもあり、特殊な機関に出入りする場合などは、その場所の関係者のデータを提示する事で出入りを許される事もある。
 例えば、サンジの携帯端末にはシャンクスのデータが入っていない為、サーズ・レッド社の社長室に出入りするには、一々身元確認と面会確認を行なわなくてはならないのだが、ルフィの携帯端末にはシャンクス当人の個人データがある為、ルフィは携帯端末を入口の機械に翳せば、勝手に出入りができる。といった事になるのだ。
 そういった使い方もできる為、携帯端末から他人の個人情報を書き出す事はできない仕様になっている。携帯端末から書き出せる個人情報は持ち主のものに限り、持ち主の生体情報でのチェックを行なった上で、カードと呼ばれる外部記憶装置に書き出す事で、やり取りを行なう。
 携帯端末の普及当初は、ケーブルや無線通信での情報交換が一般的であった上に、他者の個人データも引き出す事ができた為、諸々のデータの抜き取りが容易になり、それを元にした犯罪なども増えたという状況が引き起こされた。その度に、情報交換の方法が見直され、現在の形になっている。
 カードから端末に読み込まれたデータは、その場でカードから消去され、空になったカードに残るのは、身分を示す色別のラインと、表面に印字された名前だけになる。
 身分を示すラインは、学生ならば白、会社員ならば青、闘技士ならば黒。など、諸々の規定によって決定されており、身分が変わる毎に発行されるカードのラインの色は変わっていく。
 例えば、世界的に活動する者の証明である、金のラインのカードを発行できる者がいたとして、その金のラインのカードを持っている事も珍しいのだが、その人物の白のラインのカードを持っているという事で、付き合いの長さと親しさを計るという事もある。更に、学生時代に受け取った、他に使いようのないカードを保管している者も少ない為、稀少価値があるとされる。
 そんなわけで、空のカード自体には、何の価値もないのだが、名前を偽ったカードを発行できない事から、有名人の空カードが売買される事もないわけではない。昨日、シャンクスとルフィが、ゾロのカードを大事にしようと言っていたのは、そういう事実があるからこそ、出た言葉なのだ。
 ゾロが、ゾロの目標の通り、S級の剣闘士になれば、ゾロのカードのラインは金色になる。その人物のホワイトラインのカードを持っている二人は、困ったら、売って金にしよう。と言っていたわけである。
 ただ、シャンクスは既に自分が金のラインのカードを発行するような人間で、ゾロのカードがどれほどの威力を持つのかは、サンジにとって疑問に感じるところだ。
「俺のをくれとは言わねぇのか?」
 サンジは、ルフィがカードを差し出したからには、自分も差し出すべきかと思っていたのだが、渡しただけで満足してしまったらしいルフィに、少々呆れ気味に問い掛けた。
 普通、カードは交換される事が多い。他人の個人情報を握っているのは、ある意味で有利かもしれないが、犯罪者の個人情報を持っていると、関わりがあると疑われる事もあり、誰に自分の情報を渡し、誰の情報を受け取るかは、なかなか難しい事なのだ。
 もちろん、付き合いの切れた者の情報を消去する事は可能だから、邪魔になった時は消せばいいのだが、そうした時に、再度必要になってそれを求める理由が一つしかない為、余程の仲違いでもなければ、他人の情報を消去する事は少ない。いくらなんでも、『あなたの情報は消してしまったから、もう一度カードをくれないか?』などと言われて、付き合いを復帰させようと思う者はいないだろう。
「サンジが俺にやりたくなった時でいいよ。俺は、サンジにやりたかったからやっただけだし。」
 今は、役に立つ事ないけどな。とルフィは笑い、サンジは、ルフィが自分の何を気に入って、カードをくれたのだろうかと、内心で首を傾げた。
 ルフィに会ったのは、ほんの1週間ばかり前の事だ。シャンクスの元に呼び出されて、ルフィの世話をしてくれないかと頼まれた。恩を売るのもいいかと、サンジはそれを請け負ったが、ルフィの語る言葉を聞いていると、時折、ついていけなくなるような、なんとも言えない気分になった。
 それは、ゾロの試合を見ている時と、どこか似ているような気にもなる、言い表わしようのない気分だった。
「そうか。」
「シャンクスも、あんまり人にはやるなって言うし、くれって言うもんじゃないんだろ?」
 くれと言われてくれてやった事は、サンジの過去には一度もない。ただ、自分の情報を差し出してこられると、断るに断り辛くて、仕方なく。という事がなかったわけでもない。それでも、自分の分だけ差し出してくるのは、初めての事だった。
「シャンクスのカード貰ったか?」
「いや……今は、やれねぇとか言って…」
 初めて会った時から、シャンクスはサンジを少々、小馬鹿にした風なところがないでもなかった。ああいう人間なんだと言われたけれど、ルフィに対応する様子とは、まるで違うとサンジは思う。昨日も、なんだか思わせぶりな事を言い、結局、サンジはシャンクスのカードを受け取る事もなければ、自分の物を差出しもしなかった。
「ふぅん……ゾロには、会ってすぐに渡してたのになぁ…」
 ルフィは不思議そうにそう呟き、サンジは昨日のやり取りを思い出した。
 
 
 
 
「S級になるとか、海路で島を見つけるとか、お前は馬鹿にするかもしれないけどな、あいつら、本気でそう言ってるんだぜ。」
 酒に半ば酔っているような様子に見えたが、シャンクスの声は普段とあまり変わらなかった。
 サンジがせがまれて用意した肴をつまみながら、先程からかなりいいピッチで瓶の中の酒が減っていくのを、サンジは向いでちびちびとグラスの酒を舐めながら眺めていた。
「本気で言ってたところで、夢物語じゃ意味がねぇ。」
 サンジにしてみれば、そんなのは到底起こり得ない話としか思えない。どんなに子供の頃から願っていたとしたって、子供の方が、大人よりも荒唐無稽な夢を語るものだ。
「……お前は、ホントに、面白くない奴だなぁ……」
 ゼフの孫のくせに、なんでかなぁ…と、シャンクスはため息をつき、サンジはそこで出された名前に眉を顰めた。
「面白さで人生歩みたいとは思ってないんでね。」
 楽しい人生の方がいい。そんなの誰だって思ってる。でも、叶わない夢なんか追っていたって、時間の無駄だ。サンジは自分の願い通り、成人して調理師の資格を取って、祖父の店で働いている。それでいいじゃないかと思う。子供の頃の自分は、自分のできる事がわかっていなかっただけだ。
「そういうんじゃねぇんだよ。少年。」
 俺はもう、そんな風に呼ばれるようなガキじゃねぇと、サンジは思いながら、視線だけをシャンクスに向け、その表情が以外に真剣味を帯びている事に驚いた。
「叶わねぇ、って誰もが言ったとしてもな、やってみたら意外にできたりするんだよ。」
 起業から2年でコロニートップに躍り出て、10年後にはそれを世界でも有数の企業に成長させた男が言うと、笑い飛ばせない重みがあると、サンジは思う。だから、シャンクスの言う言葉を馬鹿にする気はない。それは、夢物語を語っているのではなくて、事実を語っているだけだからだ。
「できっこねぇと思ってるなら、やっても無駄だ。でもな、俺ならやれると思ってる奴と、やれると思ってる俺がいりゃ、やれねぇわけがねぇんだ。」
 シャンクスが事業を起こした時、彼の隣にいたのは、現在の秘書である、ベックマンだけだったそうだ。二人きりで始まった会社が、今では千人近い社員を抱えている。それは、色々な苦労があった事だろうと、サンジでも想像はつく。
 だけれど、一体、何の話をしていたものか、やはり、酔っているのではないかと、サンジは思った。
「だからな、俺は、一人で踏ん張ってるあの二人を、応援してやらなくちゃならねぇ、と思うんだよ。」
 あの二人、が示すのが、ルフィとゾロの事なのだとはすぐにわかった。シャンクスの表情は楽しそうに弛んでいて、サンジはルフィの前にいるシャンクスの顔だな、と思った。
「俺だけじゃねぇ。あいつらに手を貸してやりてぇと思う奴らがいるのは、あいつらがそれだけ必死なのがわかるからだ。自分達が進んできたのと似た道歩こうとしてる奴ら見て、自分達に手を貸してくれた人がいたように、今度は自分達が手を貸す番だと思うんだよ。」
 シャンクスはそう言って、にやりと笑ってサンジを見据えた。
「お前はどうするんだ? 今のお前に、俺は手は貸さねぇぞ。」
 お前はそこからどうする気だと、シャンクスが問い掛けているのはわかった。だけれど、サンジは自分の希望通りに料理人になって、きっちり働いている。ここからどうするもこうするもないはずだ。
「………何の話だか、わかんねぇな。」
 シャンクスに紹介されたのだって、今後の店の関係者として、つなぎを取っておくべきだと思われたからだからという理由のはずだ。サンジ自身にシャンクスが手を貸す必要なんて、どこにもない。
「……まぁ、そう言うんなら、そうでもいいんだけどな。俺は。」
 機嫌よくシャンクスは言い、空になったグラスを持って立ち上がった。
「それ、あとはお前にやるよ。」
 4分の1程中身の残った瓶を指差して、シャンクスは言い、しっかりした足取りで部屋を出ていく。
「これを、俺に片付けろって!?」
「暇だろう〜? 俺は、これから大事なお話をするのよ。」
 そろそろ、電話も終わっただろうし。などとシャンクスは呟き部屋を出ていき、酒に酔った夜更けに、一体どんな大事なお話をするつもりだと、サンジはため息をこぼし、やけくそ気味に、残された肴を口に運んだ。

 
 
 
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サンジさんとルフィ&サンジさんとシャンクス編。と、世界システム説明。
いらん事説明してるなぁと、思わなくもないですが、作っちゃったからには説明したいのが設定マニアの心意気。
次、会いますね。サンゾロに向けて頑張ろう…

(2003.11.10)



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