イーストコロニーの空港も、ノースコロニーとそれほど違う造りではなかったが、やはり、醸し出す雰囲気が違うものだと、ルフィの後ろを歩きながら、サンジはぼんやり思った。
例えば、人々の服装もどこか違う。ノースコロニーより、色合いが淡いような気がする。それから、フロアの所々に置かれた植物も、花をつけている物でない事も、ノースコロニーとは違っている。
サンジはこれまで、ノースコロニーを離れた事がなかったが、他のコロニーに行けば、またこことは違う特徴を見せる事だろう。
「ゾロ、ゾロ〜っと。」
ルフィはサンジの様子など気にも掛ける様子はなく、軽い口調で迎えの名前を呼んで、辺りをきょろきょろと伺った。
「先に、荷物を取りに行った方がいいんじゃねぇのか?」
ルフィは、何をそれほど、と不思議に思う量のスーツケースを持って来たのだ。ノースコロニーの空港まで送ってくれた、シャンクスの秘書のベックマンは、文句一つ言わずに、ルフィのスーツケース2個を持ってくれたが、あれを今度は自分が運ぶのかと思うと、少々げんなりする。
「先にゾロを見つけた方がいいんだ。危ねぇから。」
闘技士にどんな危険があるというのか、と思いつつ、サンジは辺りを見回して、映像でしか見た事のない顔を探した。
「…あ!」
ふいにルフィが声を上げ、途端に駆け出すのを、サンジは慌てて追い掛けた。
ノースコロニーを出る時に、ベックマンから、ルフィから目を離さないように、と言われている。目を離してどこかへ行ってしまったら、探すのが大変だからと。
「おい、ルフィ!」
ルフィの向かう先に目をやったサンジは、辺りをきょろきょろと見回している、緑色の頭をそこに見つけた。
「ルフィ。悪い。遅れた。」
細切れに言葉を発して、迎えであるロロノア・ゾロは、ルフィに笑いかけた。
「大丈夫だ。俺達も今着いたところだからな。」
サンジを振り返って手招いたルフィは、満面の笑みを浮かべており、久方ぶりにゾロに会えた事がそれほど嬉しいのかと思わせた。
急ぎ足でルフィの隣へ移動すると、目の前の人物をじっくり眺める間もなく、ルフィが口を開いた。
「こいつが、サンジ。サンジ、こいつがゾロだ。」
ルフィは、名前しか伝えないという、ごくごく簡単な紹介を済ませる。確か、シャンクスがルフィにサンジを紹介した時も、こんな紹介だったと、サンジはふと思い出した。
たとえ血が繋がっていなくても、子は親に似るという事だろうか、と思い、サンジは祖父の事をぼんやり思い浮かべた。
「あ…」
ぼんやり考えている間に、ルフィはくるりと向きを変え、二人に声をかける事もなく歩き出す。
「大変だったろ? ルフィの世話。」
くるりと向きを変えた背中を追い掛けて足を踏み出すと、同じように足を踏み出した人物から声が掛かり、サンジは驚いてそちらを振り返った。
「あいつ、人の事なんか、これっぽっちも構わねぇから。」
初めて会った人間だというのに、なんの疑いも構えもなく、ゾロはサンジに話しかけ、サンジは驚きに声も出せず、カクカクと頷いた。
雑誌やテレビで見るゾロは、剣闘士の防具を着けて剣を構えているか、闘技士の制服であるらしいスーツ姿だった。そしてそのゾロは、目つきも鋭く、明らかに、自分とは違う生き物だと、サンジは思っていた。
それなのに、今ここにいるゾロは、ラフな服装で、ルフィとあまり変わらない、子供っぽい表情を浮かべている。もしかして、同じ名前の違う人間じゃないか、と思いたくなる程の違いだったが、その顔の造りはどう見ても同じ人間だった。
「まぁ……でも、子供なんてのはそういうもんだ。」
サンジの勤める店にも、子供連れの客は訪れる。大概がよく躾けられているが、それでも、突拍子もない事をする子供もいるわけで、子供の扱いには、それなりに慣れているサンジである。
だから、ルフィを見ていても、年相応とは掛け離れた子供なのだと思って、対応する事ができたのだ。
「でも、子供じゃねぇからな…」
ゾロは苦笑を浮かべ、サンジはそれをぼんやりと眺め、今まで自分が感じてきた焦燥感を感じない事に、ばれないようにほっと息を着いた。
ルフィの言動や、シャンクスを思い出しても、落ち着かない気分になるのに、ゾロに対しても、あの焦燥感に駆られたりしたら、サンジはとてもこの先4日間、彼等の傍にいられなかったと思う。そして、それを投げ出して帰ってしまえば、祖父にどんな事を言われるかも定かではないし、未だに自分を一人前扱いしない祖父からの評価は、更に下がってしまうに違いない。
「お前、シャンクスのとこの社員じゃないんだよな? 何してる人間?」
ゾロはそう問い掛け、サンジはゾロが自分に興味を持っている事に驚いて、ゾロの表情を見返し、不思議そうに首を傾げるその表情に、慌てふためいて端末を取り出した。
「あ…と、これ。……お世話になります。」
手早く端末を操って、カードを差し出すと、ゾロは少し驚いたようにサンジを見返してから、微かに笑ってそれを受け取り、それを見て首を傾げた。
「…緑にオレンジって…?」
緑色のラインは、資格技術者である事を示す。
厳密にいえば、闘技士も資格技術者なのだが、職業の方向性が違う為、闘技士は黒を割り当てられている。そして、様々な資格技術者は、それに幾つかの色を加える事で、自分達の持つ資格を示す事になっている。
「調理師。コックさんってやつ。」
「へぇ……」
ゾロはその答えを聞いて、意外だと声には出さず、表情で語った。
「てっきり、顔が資本の人間かと思ってた。」
声に出さなかった言葉以上の、少し考えると失礼な言い分を口にして、ゾロはしげしげとサンジを眺めた。
「…顔が資本って…」
モデルだとか、そういう世界の人の事でしょうか。と、ゾロのそのあまりにストレートな物言いに、サンジは自分のこれまで抱いてきたものは、一体なんだったのでしょうかと、少し泣きたい気分になった。
確かに、闘技士が試合の最中に見せる姿は、あの場だけのものだと考えた方がいいだろうとは思う。だけれど、この違いはどうだろうか、と思うのだ。自分の抱いていたイメージは尽く消え去り、もう影も形もない。
大体、ゾロの姿を探す時だって、あの黒に近い濃紺のスーツ姿を探していたのだ。ジーンズにパーカーなんて姿は想像もしなかったし、こんなにころころ表情が変わるのも意外だった。
「シャンクスのとこの宣伝に使うのかと。」
ゾロはそう言って、受け取ったカードを片手に、端末を操って、カードをサンジに差し出した。
「今後とも、よろしくおつき合いの程を。」
くくっと笑って、ゾロはそう言い、サンジはがっつりとそれに手を伸ばしてから、戸惑って動きを止めた。
「……いいの?」
自分が、ゾロのカードなんか受け取ってしまっていいのか、と思って問い掛けると、掴んだ手の反対側が離れ、サンジの手の中に、黒いラインの引かれたカードが一枚残った。
「お前は、どうなんだよ。」
ゾロは笑ってそう言い、サンジは苦笑を浮かべた。
「…俺はほら…単なる、料理人だし。」
「俺だって、単なる闘技士だ。」
ゾロはそう言って、サンジのカードを端末のスロットに差し込んだ。
「………そうか…」
会って、職業を聞かれただけで、カードを差し出した自分にも驚いたけれど、何の躊躇いもなく、カードを差し出したゾロにも驚いた。しかも、社交辞令なのかどうかはわからないが、今後も交友を続けましょうと言う意味の言葉まで口にしてくれた。
確かに、ここにいるゾロは、サンジが叫び出したくなるような焦燥感を感じさせるゾロとは違うけれど、サンジにとって、このゾロは、とても好ましいものであると、ぼんやり思った。
「二人とも、何のんびりしてるんだよ。」
荷物取りに行くんだろう。と、随分先に行ってしまっていたルフィが戻ってきて、ゾロは苦笑を浮かべて頷いた。
「今回は、いい物見つかったのか?」
「あんまりなかったな。」
ゾロの視線は、ルフィに奪われ、サンジはそれを惜しく思う自分に驚いた。
「でも、面白い物は沢山あったぞ。」
ルフィは楽しそうにそう言い、ゾロはそれを嬉しそうな表情を浮かべて聞いている。
今さっきまで、自分に向いていたものがあちらに行ってしまった事が、どうしてこんなに惜しいのか、サンジはそれを考える事を放棄した。
「……重くねェの?」
ルフィのスーツケース2つと、サンジのスーツケース1つを慣れた様子で運ぶゾロに、サンジは思わず問い掛けた。
ルフィの手元には小さな機内に持ち込んだ鞄が一つ、サンジの手元にも同じように鞄一つしかない。
荷物を受け取る際、ゾロはルフィが何も言わない間に、ルフィのスーツケースを取り、サンジのものはどれかと問い掛けた。答える前に目の前のスーツケースを取ろうと手を伸ばすと、横から伸びた手が、それを取り上げ、言葉を挟む間も与えずに、先に立って歩き出したのだ。
ルフィはそれが当然のような顔をしているし、ゾロも当たり前の事をしているような様子で、サンジはそれを拒否する事が失礼なのだろうかと、黙って後を着いて歩いているのだが、やはり、どこか落ち着かなかった。
「軽くはねぇが、こんなもんだろ。」
シャンクスの鞄は重いんだよな…と、ゾロはぼやき、サンジは片腕のないシャンクスの姿を思い浮かべた。
「4つまでなら持てるしな。」
ルフィの二つのスーツケースの取っ手にバンドを掛けて、それを握って肩に乗せるようにし、サンジのスーツケースは普通に手に持って運んでいる。そのゾロの持っていたバックパックは、現在、ルフィに背負われている。そんな事をするのならば、ルフィが自分のスーツケースを自分で持てばいい事だと、サンジは思うのだが、何故だか、この二人の間では、これが当然の事のようだった。
「荷物持ちに呼び出されてるのに、持たねェのもおかしいだろ。」
サンジが思った事を言えば、ゾロはあっさりそう答え、シャンクスの言う『迎え』が含む意味を、サンジはここでやっと理解した。
確かに、空港から普通に帰るのならば、タクシーに乗ればいいのだから、わざわざ迎えを呼ぶのもおかしい話ではある。ルフィがどこかへ行ってしまわないようにサンジがいるのだとしたら、尚更おかしな話だ。
「ルフィはスーツケース持たせたら人に迷惑かけるだろうし、シャンクスは片腕しかねぇからって荷物持ちたがらねぇし。ベンがいないんじゃ、俺が持つしかねぇ。」
「……ベン…って、ベックマンさん?」
親し気に名前を呼ぶのが不思議で問い掛けると、ゾロはちょっと首を捻って、後ろにいるサンジを振り返った。
「あれ、俺の叔父。聞かなかったか?」
聞いていない。と言うか、教えられる理由もない。だけれど、それならば、ゾロがここへ呼ばれた理由もわかるような気がする。サンジがルフィの世話を頼まれたように、ルフィの世話に社員を使わないのがシャンクスの方針なのだという事だろう。
「……その髪、染めてるのか?」
ベックマンの髪は黒だった。首の辺りで括られたそれは、不思議と彼に似合っていたから違和感もなかったけれど、社長秘書が長髪の男と言うのは、あまりないのではないかと思ったものだ。
「いや。もとからこの色。」
「ベックマンさんは、黒だったろ?」
緑の黒髪という、美しい髪を表わす言葉がある事は、何かで聞いた事があったが、実際に緑の髪の人間なんて、聞いた事はない。
「母親は黒かった。」
という事は、彼は母方の親類だという事で、緑の髪は父親からの遺伝かと、サンジはその答えを受け取る。
「ふぅん…」
「お前のその眉毛は、どっちからの遺伝なわけ?」
ゾロはそう問い掛け、サンジの片側だけ見える、渦を巻いた眉を不思議な気分で眺めた。
ゾロの友人の中に、やたらと鼻の長い少年がいるのだが、サンジの眉は、それに次ぐ位に不思議なものだと思う。
顔立ちの他の部分は、かなり整ったものだと思う。片目を覆っているその前髪も、相当気をつけて長さを調整しているのだろうな、と思う程だ。それなのに、その眉だけが異様だ。
「……突然変異…か?」
サンジは問われて何と答えるべきか迷った末に、そう答えた。今まで、面と向かって自分に眉の話を振った人間はいなかったのだが、やはり、気になるものなのかと、サンジは20年生きてきてやっと、それに気付いた。
「……そか…」
ゾロは小さくそう呟いて、先を歩き始めたルフィを急ぎ足で追い駆ける。
「ルフィ!そっちじゃねぇ。」
車の位置もわかっていないくせに、ルフィはどんどん先へ進もうとし、ゾロは慌てて声を掛けて呼び止める。迷子癖があると言われる自分だが、とりあえず、最近はもう空港内で迷う事はないし、車を止めた場所くらいは覚えていられる。
「なんだよ。先に言ってくれなきゃわかんねぇよ。」
ルフィは文句を言いつつ戻ってきてゾロの隣を歩き始め、ゾロは小さくため息を吐いて、サンジをちらりと振り返って、苦笑を浮かべた。
「お前が、隣歩いてりゃいいんだろ。」
ゾロの代わりに後ろからぽかりとルフィの頭を叩き、サンジがそう言うと、ルフィはむくれてサンジを振り返り、サンジはそのルフィににやりと笑ってみせた。
サンジさん、ゾロに会う。
自分で、必死に恋愛小説に向けて頑張っているのがわかります。
しかし、この話、終わりが見えません。まだ、1日も経ってないよ……(2003.11.23)