いつか隣に並ぶ日を



 その夜も、ルフィはナミを連れて帰ってきて、4人での食事が始まった。
「シャンクスが帰って来るのはいつなの?」
 サンジの料理を美味しいと誉めて、ナミはその年頃の少女にしてはパクパクと勢いよく料理を口に運ぶ。
 ノースコロニーの店などでも、食事を残す事で可愛らしさをアピールするタイプの少女たちをサンジはよく見かけた。料理人のサンジとしては、どんな料理でもきちんと全部食べてくれる事が一番の好印象だったが、わざと一口二口残す姿を好む男たちもいると言う事なのだろうと思っては、馬鹿な話だと腹の中で悪態をついたものだ。
 だからこそ、美味しいと言ったものを全部平らげて、もう少し食べたいなんて言ってくれるナミは、すぐにサンジのお気に入りの女性となった。昨夜の様子を思い出して、好みそうな料理を並べてみたのだが、それが当たったようでサンジは自分の読みに自信を持った。
「4日後に帰るって言ってたよ。」
「じゃ、あと5日ね。」
 ナミがおかしそうに笑い、ゾロもルフィも笑いながらそれに頷く。
 こんな自分には理解できない事で笑い合っている様子を見ると、サンジはどうにももどかしくなるのだが、そんなサンジの様子を見て、ナミやゾロがすぐにフォローを入れてくれると、仲間入りできているようで嬉しくなる。
「シャンクスは、絶対に予定通りには動かないの。口に出した日から二、三日後って考えておくといいわ。」
「特に、ベンと二人っきり、って時は確実に二日。それ以上にも、それ以下にもならない。」
 ゾロはそう言って、今夜のメニューの中で、サンジの一番の力作であるロールキャベツのホワイトシチューを口に運んで、満足そうに笑みを浮かべる。
「今回は、ちゃんとプロポーズするのかしら。」
 いい加減、根性見せてほしいわ。とナミがため息混じりに呟き、サンジはそれをナミまでが知っている事に驚かされる。
「……ナミさん、嫌じゃないの?」
 女の子は、そういう事に関して潔癖なのではないかと思っていたサンジは、ごく自然にそれを受け入れているだけでなく、どちらかと言えば積極的に応援いている雰囲気である事に驚く。
「どうして?」
 ナミはと言えば、質問の意味がわからないという表情で首を傾げ、ルフィやゾロも不思議そうにサンジを眺めている。
「いや……だって、男同士でさ…」
 サンジが言い淀めば、尚更三人は不思議そうな顔をして暫くじっとサンジを見つめ、それからナミは驚いた表情を浮かべた。
「ノースコロニーが同性結婚に否定的だって言うのは本当なのね。」
 学校で習ったけれど、信じてなかったわ。とナミは言い、ルフィも同意するように頷く。
「私のクラスの4分の1は保護者が同性婚の夫婦よ。別に違和感はないわ。」
「俺のクラスにも、沢山いるぞ。」
 血のつながりのない場合もあるし、親が離婚して別の片親がやってきた場合もある。それでも、ナミの周りでそれを辛いと言うのを聞いた事はないし、家を訪れてもそんな様子は見えない。勿論、何もかも満足している事はないかもしれないが、ナミにだって少々の不満があるように、それは望むけれど叶う事の珍しい事だと思っている。
「それに、シャンクスがベックマンさんの事を凄く好きなのは見ていてわかるし、ベックマンさんもそうだってわかるし、反対するような理由は見当たらないと思うし。」
 シャンクスが一方的に好きで嫌がられているのならば、諦めなさいと説得した方がいいんじゃないかと思うだろうけど。と言って、ナミはゾロに視線を向ける。
「いっそ、ベックマンさんがプロポーズしたらどうなのかしら。」
 ゾロはその提案に苦笑で返す。
「俺もどうかとは思ったんだけど、ベンは今イチ、シャンクスの事をわかってないって言うか…」
 深いため息が漏れて、ナミもルフィも困ったように笑う。
「長く同棲してたのだって、結婚するって事が重要だと思ってなかったってとこがあるみたいなんだよな。だから、結婚したくないわけじゃないけど、無理にそこにこだわる事はない、って感じ。」
 俺が焦れったいんだっての。とゾロは言い、ナミも大きく頷く。
「聞いてよサンジ君。私達はね、もう何年もず−っと、二人が旅行に出掛けて行く度に、『今回こそベンにプロポーズするぞ!』っていう決意表明と、『今回も無理だった…』っていう敗北宣言を聞かされてるのよ。」
 確かにそれは、今回こそ出来たろうかと心配するのもわかるし、いい加減にしてくれとため息をつく気持ちもわかる。
「じゃぁ、自分の同性婚にも抵抗はない?」
 問いかけると、三人は思案顔になって暫くで頷いた。
「私はそういう経験ないけど、男の子じゃないとダメ、とかはないかなぁ…」
 今の所、想像の範囲での事だけど。とナミは言い、ゾロに目をやる。
「ゾロは、告白された事ないの?」
 いきなりなんて質問を。と内心で動揺しながら、サンジはゾロの返答を息を詰めて待った。
 正直、自分の中にある焦燥感だの、ルフィやベックマンに対する妙にぎこちなく感じるものなどの出所が、それであるとは認め難いところがあるのだが、やはりこういう話題になると妙にドキドキしてしまうのは、少なくとも自分がゾロに対して好意を持っているからなのだというのは、認めざるを得ないとサンジは思う。
 そして、ゾロの中に特別な誰かがいなければいいと思ってしまったからには、これはもう降参するしかないのかもしれないのだけれど。
「そんな事された事ねぇよ。」
 ゾロはわかりきった事だろう、とでも言うようにぶっきらぼうな声で答え、不思議そうな顔で自分の言葉を息を詰めるようにして待っているサンジを見た。
「彼女もいなかったの?」
 悪いが俺は、付き合った女の子なんて両手の数でも足りないけれど、とサンジは腹の中で言い訳をしながら問い掛ける。
「ゾロは、剣闘技一筋だもんな!」
 こうして話ながらも、食事の手の休まる事のないルフィは、にかりと笑い、返す手でサンジにおかわりを要求する。
「確かに、ちょっと近寄り難いとか言われてはいたけど…くいなさんはどうなの?」
「くいな?」
 思いもよらない名前を出された、という顔でゾロは黙り込み、手元のシチューを掻き回しながら、何やら必死に思案を続ける。
「嫌いとか思った事はねぇが、あれは違うだろ?」
 お前の事好きだとか言うのと一緒だ。とゾロは言い、それでも何か違うような顔で首を傾げている。
「けど、好きとか思った事もねぇな。」
 くいながゾロの事を男として見た事がない、と答えるのを聞いた時は、ゾロが特別な存在ではないという事だと受け取って、どこか安心もしたのだが、こうしてゾロの様子を見ていると、恋愛の対象として考えた事はないとしても、特別である事は間違いないのだとサンジは思う。
 それを、二人がどの程度意識しているかはわからないが、多分、ルフィやナミとは比べ物にならなく、あの二人は特別に近いところにいるのだと思う。
 ゾロに負けるわけにはいかないと言って、本当にゾロより先に剣闘士になったくいなの努力は計り知れない。
 彼女が言うように、剣闘士が男女差を決定的なものとしないのだとしても、同じ防具を着て同じ剣を持つのだ。体格差が響かないわけはない。それでも、ゾロよりも優位でいたいのだと言う彼女にとって、ゾロが特別でないなんて思えない。それはきっと、ゾロの中にもある感情なのだと思う。
 最終目標はずっと遠い男であったとしても、すぐそこにいる彼女が、ゾロにとって超えるべき存在であるのは間違いないと思う。ゾロが、彼女に勝っていると思っている様子など、サンジは少しも感じなかった。
 彼女は、ゾロにとってライバルであり同志だ。同じ道を選んで、同じように先を見据えて、日々自分を磨く事を怠らないのは、いつか剣を交えた時には相手を負かす為。
 サンジとて、日々自分の腕を磨く事を心掛け、見た事もない食材を知り、新しい料理法を考え、客の好みや世の中の流行りを考えている。けれど、何かが足りないと言われてしまう穴があるのも確かなのだ。料理人と闘技士の違いは大きく、彼等のような鋭い意気が自分に必要だとはサンジは思わない。
 けれど多分、あの自分の辿り着く場所を定めているその意志は、自分にもあるべき物なのだろう。
 自分は、ゾロにどう見られているのだろうかと考えて、サンジはその穴を埋めたいと思った。
 自分も、ゾロと対等でいたい。自分だけ、彼を見て息苦しくなっているのは嫌だった。
「くいなさんはあんたのこと、弟みたいだって言ってたけど。」
 ゾロは苦笑を浮かべて、よくわからないとだけ言って、パンに手を伸ばした。
「でも、くいながいなくなる事だけは、考えた事がないな。」
 両親がいなくなって、叔父が保護者になって、度々顔を見せてくれていたミホークの来訪は数が減り、自分の身近にいる人々がいずれいなくなってしまうかもしれないという不安に駆られた日々の中でも、くいなだけは違った。くいなはいつでもそこにいて、自分を笑った。
 目標としてそこにいる事を示してくれていたミホークは、勿論ゾロにとって特別で、その存在にどれだけ救われたかなんて言い様がないけれど、自分の事を馬鹿だと言って笑って怒らせながら、日々の生活を支えてくれていたのはくいなだったのかもしれない。
「頭の上がらない相手だってのは、間違いないみたいだな。」
 サンジがそう言うと、ゾロはムッと顔を歪めて、テーブルの下で足を蹴飛ばしてきた。

 
 
 
BACK  NEXT


度々、更新が1年ぶりに近く………
書いているうちに、くいなの存在感がミホークより大きくなってきて、こりゃどうしたもんだ…という驚きにやられています。

(2006.9.29)



パラレルTOP  夢追いの海TOP