冬味



 木の葉の隠れ里には、四季がある。
 春の桜。夏の青葉。秋の紅葉。そして、冬の雪。
 四季があれば、季節の好みも存在し、
 冬を厭う夏好きの少年もいれば、春と秋が過ごし易いと呟く老女もいる。
 そして当然、冬を好む人間もいるのである。
 
 
 
 はたけカカシは、両の手をポケットへ突っ込み、背を丸めて歩いていた。その姿を見て、寒さを一層感じる通行人たちは、コートの前を掻き合わせ、足早に家路を急ぐ。だが、当人は寒さを感じているわけではなく、ただ単に、いつものように歩いているだけのことだった。
「………雪ねぇ……」
 今日の任務の最中、雪が降れば走り回るであろうと、容易に想像のつくナルトが、何度も何度も空を見上げては、降らないかと呟いていた。
 木の葉の隠れ里は、家の外へ出る事も難しくなるような雪は降らないが、それでも数日残る程の雪が降る事もある。昨年は積った雪で雪合戦をしたのだと、楽しそうに語っていたナルトは、今年もそれを待ち望んでいるらしい。
「イルカ先生も、好きそうだよねぇ…」
 頭の上の尻尾を揺らしながら、子どもと駆け回っている姿は、容易に想像できる。きっと、輪に入れない子どもがいないようにと、誰よりも張り切って、全ての子どもに雪玉を投げることだろう。
 雪合戦で一番悲しいのは、玉が当たらなかったことではなくて、誰にも投げ付けられない事だと、彼ならば考えることだろう。
「……降るかねぇ…」
 里が真っ白に化粧したら、真っ先に足跡を付けに外へ行こう。そう決心した子どもの頃、カカシは一度として、それを果たせたことがなかった。
 そんなカカシは、ある冬に、家の門柱に小さな雪だるまが作ってあった時、それを作った誰かを恨めしく思うと共に、辺り家全てにそれがあるのを見つけ、許してやろうとそう思ったことがあった。
 小さな足跡が、雪だるまを繋ぐように筋を作っていたのだ。一人きりで知らない誰かの家に雪だるまを作っていた子どもは、本当は、誰かと一緒に作りたかったんじゃないだろうかと、そんなことを思い、雪の降り続いたその夜、明日の朝こそ早く起きて、一緒に雪だるまを作ってもいいと、そんなことを思った。
 それでもやはり、カカシが早起きをすることはかなわず、次の朝、雪だるまは二つに増えていた。
 子どもの頃は、そんな風に雪を好ましく思っていたカカシだが、今となっては、心待ちにするよりも、寒さを厭う気持ちの方が強かった。
 雪が降った日は、家でこたつに入っていた方がいいと、しみじみ思うのだった。
「こたつ、こたつ…」
 こたつのある家へ向かいながら、カカシは小さく呟いた。
 
 
 
 
 こたつに入ってミカンを食べながら、イルカはぼんやりとテレビを見ていた。木の葉の隠れ里には、里の外と同じようにテレビも存在する。
 国営放送の受信料は誰が払っているんだろうかとか、実は給料天引きらしいとか、そんな笑い話も存在するが、忍者が呑気にテレビ見て笑っていていいのだろうかとか、そういう話が出ることはない。
 やはり、娯楽は必要であろうし、今の世の中、忍者も職業の一つに過ぎず、仕事の厳しいサラリーマンと同じである。ならば、映画も見るしテレビも見る。本も読むしゲームもするのだ。
「……夕飯どうしよっかなぁ…」
 こたつの上にはミカンが四つ。その脇にお茶の葉と急須。インスタントコーヒーとティーバッグ。手を伸ばせば届くところに電気ポット。ポットと反対側の棚に駄菓子と煎餅。寝転んで手を伸ばせば、本棚があって、その足元には持って帰ってきた仕事。
 こたつから出なくても過ごせる配置が出来上がってしまっていると、そこから抜けて夕食の支度をするのが面倒になるのが人の常。イルカも、その例に漏れなかった。
 立ち上がって、せめて白いご飯の一つも口に入れるべきだろうかとか、煎餅でも食べてごまかそうかとか、だらだらしたい気持ちときちんとするべきだという気持ちが、イルカの中で戦っていた。そして、だらけ心に勝ち目が見えた頃、玄関のチャイムが音を立てた。
「………」
 このまま居留守をしてしまおうかと、玄関の様子を伺っていると、再度チャイムが鳴り、声が聞こえた。
「イルカ先生、いるんでしょう?」
 ああ、ご飯を作る理由がやってきた。と思い、イルカはこたつを抜け出した。
 教え子の教師になったはたけカカシは、最近よくイルカの元を訪ねてくるようになった。最初は、ナルトたちの話を聞きたいとかいう理由を持ってきていたが、今ではそんな理由はどこかへ消えて、代わりにご飯を作ってくださいというのがその理由となっていた。
「はい、はい。」
 ガチャン、と玄関を開けると、いつものようにスーパーの袋を下げたはたけカカシが立っていた。
「ご飯作ってください。」
「何食べたいんですか?」
 袋を受け取り、背を向けて歩きながらその中を確認し問いかけると、カカシはお邪魔しますと一言呟いて中へ入り、玄関の鍵をかける。
「鍋です。」
「……おでんの具に見えますが。」
 大根、ごぼう天、牛すじ、卵、こんにゃく、厚揚げ、餅巾着。どこをどう見ても、おでん種である。
「………あれって、鍋って言うんじゃないんですか?」
「鍋と言えば、白菜とか肉とか豆腐とか入ってるやつじゃないですか?」
「それって、水炊きでしょう?」
「…でも、おでんはおでんでしょう?」
 鍋で作るから、鍋。それは確かに間違いではないけれど、イルカの感覚で言えば、『鍋』と言われれば、水炊きとかキムチ鍋とか土手鍋とか、そういうものである。鍋を食べたいと言われておでんを用意することはまずない。
「じゃ、おでん食べたいです。」
 言い直すカカシの足は既にこたつのある居間へ向いていて、イルカは頷いて台所に立った。
「イルカ先生、湯飲み使いますね。」
 こたつについてから気付いたのか、カカシは戻ってきて湯飲みを棚から取り出すと、すたすたとこたつへ戻って行く。
「ミカン食べてもいいですか?」
「甘くないですよ。」
「……揉んでから食べます。」
 ミカンを揉むと甘くなる。嘘か真か調べたことはないもののイルカもカカシもミカンは手で揉むくせがあった。
 カカシは、そうすると皮が剥き易くなると教えられていて、イルカはそういうものだと思い込んでいた。そのくせをお互いに見つけた時、そんな話題が持ち上がったのだ。
「どれくらい揉むといいんですかねぇ。」
「潰さない程度に揉めばいいんじゃないですか?」
 イルカは鍋に水を張りながらそう答え、なんであの人はあんなにもこの家に慣れているんだろうかと、今更ながらに不思議に思った。

 
 
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