「北の方との関係はどうなっているのだ?」
ゾロは訪れた家の居間で、出されたコーヒーを飲みながらその質問を聞いた。
「どうとも。」
何もない。ゾロは正直にそう答えた。
ゾロの住む家の元々の持ち主であるミホークは、家から外へ出たがらないゾロを、時々こうして家へ招く。
自分の家をくれた人間からの誘いを断るなど、言語道断であるから、ゾロはいつでもその誘いに応えてこの家を訪れる。
ミホークはそういうゾロのものの考え方を知っているから、月に二度はここへ誘い、その四度に一度程度は、ミホーク以外の人々に会わせる。
今回はその三度の方で、居間にはミホークとゾロ以外の誰もいない。
こういう時の二人はとても気安く、交わす会話にも飾り気はなかった。
「どうとも?」
「会って、話をして、食事をして、物を貰う。」
ロは笑ってそう答えた。
サンジとの関係は、初めて会ってから二年は経つが、最初から変化はない。
サンジがゾロに好きだと言ったのも同じ頃だから、二人の間に何か特別な関係があると思っている者は多いだろうとはゾロも思っている。
けれど、二人の間には何もない。選択権を渡されたゾロが、何の返答もしていないからだ。
「北の方は、お前と俺の関係を勘違いしているとかではないのか?」
ミホークは表情のあまり変わらない彼には珍しく、少し驚いたようにゾロを見やり、そう問い掛けた。
ゾロの住む家は、元々はミホークの別荘の一つである。
ゾロはそれをミホークから譲り受けたが、それは領地を得たのとは違い、単に住む家を得ただけの事だ。
故に、ゾロはその家から収入を得ることは出来ず、自分で働いて金銭を得なくてはならない。
それでもゾロが働いている様子が見えないとして、貴族たちの中ではゾロがミホークの愛人なのではないかという噂があるのだ。
実際のところ、ゾロは家の中でも出来る株取引などで生活費と執事夫妻の賃金をまかなっており、ミホークとの間に愛人関係は勿論、金銭のやり取りもないのだが、そんな事は二人に近い人間でなくてはわからない事だ。
「何もないのは言ってある。」
「では何故。」
サンジがゾロとのどんな関係を望んでいるかは、ミホークには一目瞭然だ。それが叶わない理由は一つしかない。
「まぁ。そういう事。」
ゾロは苦笑を浮かべて頷いた。
「好かぬ男と共に過ごしているわけでもあるまいに。」
ミホークが見る限り、サンジと共に過ごすことが増えてからも、ゾロの様子に変化はない。
まるで変化がないということが、良い事か悪い事かの判別は難しいが、大きく負担が増えたわけではないというのは知れる。
ならば、嫌っているわけではないと考えるのは当然の事だ。
「様子を伺っているんだ。」
ゾロはそう言って笑った。
ミホークや、この家で会う変わった人々が、自分の事を本当に思いやってくれているのはよくわかっている。
ミホークとの間にある噂にしても、あまり酷いことになれば、彼等は動き出してくれるに違いない。
サンジとの事についても、ゾロの名誉に大きな傷がつくようなことになるのならば、行動を起こすことに躊躇いはないのだと、以前から彼らの様子が伝えてくれていることを、ゾロは本当にありがたく思っている。
だからこそ、彼らに余計な心配を掛けている現状を心苦しく思うところもあるのだが、彼らがそんな自分の考えを理解してくれていることは、よくわかっていた。
自分の倍近くをこの国の貴族世界で生きている人々だ。
はっきりと口に出さなくても、ゾロの狙っていることはわかっているに違いない。
「そうか。」
ミホークはゾロの顔を覗き込むようにしてから頷いた。
ゾロは貴族の一端にはいるが、領地は持たない。ロロノア家には分けるほどの領地がないからだ。
家を継ぐ兄がいるため、ゾロが継ぐものはない。
ゾロが領地を得ようと思えば、跡継ぎのいない貴族の下へ養子に入るか、夫を探している貴族の娘を嫁にするかしかない。
実際、ゾロが成人する頃に、結婚の話があった。
けれども、この先どう成長するかもわからない子供に、領地と領民を託すのも不安ではないかと言って、ゾロの祖父がそれを断ったため、ゾロはミホークから家を譲られたわけである。相手が、少々大きすぎた故の事だ。
対してサンジといえば、押しも押されぬ大貴族である。
人に分けても分けても残るほどの広大な領地を持ち、その領地で暮らす領民も多い。
ロロノア家のように領地を割譲された貴族も多く、影響力は大きい。
そういう存在は、勝手の許されることもあれば、許されないことも多いのだ。
サンジは何があっても、妻を迎え、子を生し、その家を継いでいかねばならない。それは国に対する絶対の使命である。
それを拒否することはサンジには許されない。
たとえサンジがそれが許されると思っていたとしても、それは間違いだ。
ゾロにはそれがわかっている。
「御当主はなんと?」
「くれぐれも、北の方にご迷惑を掛けぬようにと。」
ロロノア家の当主はゾロの祖父である。
父は既に死に、兄が跡継ぎであるが、そのどちらも、今回の話を聞き、早い段階でゾロを呼んでそう言った。
ゾロは勿論それを当然の事として受け止めている。
北の家あってのロロノア家である。祖父や兄の言い分のどこにも不満などない。
北の方がサンジでなかったとしても、ロロノア家の人間はその言葉には従う意思がある。
しかし、問題があるのだ。
サンジはゾロに七世を誓う気があると言った。あれは嘘を言う人間の言葉ではないとゾロは思った。
そうなれば、ゾロはサンジを拒否するしかないのである。
サンジが軽い気持ちでゾロを抱きたいと言うのなら、ゾロはそれに応えるのを躊躇いはしない。
自己犠牲がどうとかいうのではなく、拒否権などないのだ。
サンジはそれを知っていて、ゾロに選択権を与えたのだと思う。
それは、サンジの誠実さと善意の現れだ。そういうサンジをゾロは素晴らしいと思う。
けれど、それはサンジの愚かさでもあるとゾロは思う。
「北の方は、俺の意に背くことはしたくないらしい。」
ゾロの言葉に、ミホークは片眉を上げて口元を歪めた。
「それは愚かな。」
ミホークの言葉を聞き、ゾロは自分の考えが間違ってはいないと安心する。
たとえゾロがサンジと同じ気持ちでサンジを見る日が来ても、今はまだ、ゾロはサンジを受け入れるべきではない時なのだ。
「早くサンジの周りが動かないかと、じっと様子を見ているんだけどな。」
ゾロがサンジの手を取る時が来るとすれば、それはサンジが妻を迎えて子を生した後に、ゾロを気まぐれに手を伸ばす愛人として傍に置こうと決めた時だ。
少なくとも、七世を誓ってもいいなどと言って、ゾロを第一に置こうと思っている時に、ゾロがサンジの手を取ることはない。
腹の底でどう思っているとしても、妻と子、領民を第一として愛し、守ることが北の家に生まれその当主となったサンジの義務である。
それを果たすからこそ、サンジには自由に出来る事が多い。そ
れをサンジが理解しているとゾロが思えなければ、手を取ることなど出来るはずがないのだ。
「そろそろ、動き出したように見えるがな。」
ミホークの言葉を聞き、ゾロはやっとか、と、笑みを浮かべた。