サンジは最近少し変わったかもしれない。とゾロは思う。
二人で会いたいという誘いは、今まで通りで回数もあまり変わらない。
けれど、両手に物を与えられることは減り、その反面、音楽を聴きに出掛けたり、絵を見に出掛けたり、
寛げる静かな店で茶を飲みながら話をしたりと、話をする時間が増えた。
そんな時に、ふと見せる表情や話すことが、つい先日までとは違っているように見えるのだ。
「最近北の方の様子が変わったのは、俺のせいかと聞かれたが、お前、ちょっといい男になってきたな。」
話の切れ目にそう言ったゾロに、サンジは驚いたように軽く眼を見張って、それから恥ずかしそうに笑う。
そんな表情も、最近見るようになったものだとゾロは思う。
今までだったら、きっと有頂天の表情で笑っていたろうに、それが褒め言葉だけではないことを理解している証拠だ。
「俺も家のこととかに興味が出来てさ。
まぁ、領地や家のことは担当してる人間がいるから、追々って事にして、先祖の日記なんかを読んだりしてね。
伝説みたいになってる初代様もさ、案外日記にはぐるぐるしてる様子が出てたりして面白くて。」
日記つけるのは、うちの家訓で、俺も字が書けないうちから書いてるんだけど。とサンジは言う。
「どうせ家のことなんて、俺がいなくても動くし、って思ってたところもあるんだけど、そうじゃないなぁって最近思うようになった。」
何がきっかけなのかはわからない。けれど、サンジは確実に変わっている。
そうして、その変化の理由が自分かと聞かれる程に、サンジはゾロとの関係を周囲に話すようになり、それはゾロの立場を悪くさせるものではなくなった。
そのことに関しても、サンジの言葉一つで幾らでも違っていたはずのところを、この上なく上手く、ゾロの為になる方向で話をしているのは明らかだ。
七世を誓いたい。それを決めるのはゾロだと言った時のサンジの気持ちは嘘だとは思わない。
今の状況が、尚更にそれをサンジの真だと思わせる。
けれど、それが二人の間にある関係として、正しいものではないということを、サンジが理解したのだというのがわかる。
「この間、縁談の話があったんだ。まだ、世間話のレベルだけど、西の家の末娘ではどうかって話で。」
これが、ミホークの言っていた動きなのかもしれない。
サンジの表情が戸惑いつつも、厭わしくは思っていない事を示していて、ゾロはほっとする。
それは、サンジにとっては申し分のないはずの話だ。
西の家の主の妻は、国王の妹である。四家には国王の親族が嫁す事が多い。
今、サンジに嫁ぐに相応しい王族の姫がいないことから、それに最も近い立場の者をということになったのだろう。
「それは、いい話だな。西の家の末姫様は、とても美しいのだと聞いたぞ。」
ロロノア家は北の家に属する士族だったが、西の家や他の四家にも勿論同じ立場の者がいる。
士族同士で集まると、どうしても主家自慢が始まるのだ。
「俺もちょっと驚いてるけどな。」
「俺も、養子の話があって、どうするべきか迷っているところだ。」
今がサンジの意志を確かめる時に違いないとゾロは思う。
サンジがこの先の自分達の間を、どうしたいと考えているのか。
それを知らなくては、ゾロが動けないのは今も変わらない。
「そっか…いい話なのか?」
「力になりたいと思ってる。」
ゾロの中で、特別に属する人は少ない。その中でも、第一に上げたい人たちだ。
子供の頃から傍にいて、なんとなくではあるけれど、自分達は何れ結婚するのではないかと、お互いに思っていたところがある。
結局、そういう話にはならなかったのは、そういう結びつきが自分達には相応しくないのではないかと思ったからだ。
一生、隣に立つライバルとしていたかった。そういう事だったのだと思う。
「士族の人?」
「ああ。俺の父親代わりをしてくれていた人でさ。」
通常は女には家を継ぐ権利がないところを、彼女の訴えを聞いて、サンジがそれを認めてくれた。
彼女はそれをとても喜んでいたし、ゾロも嬉しかった。
「お前が、士族に与えてくれた希望は、お前が思うよりもずっと大きくて、俺たちは、お前に本当に感謝している。」
そんな事をしてくれた人は、どんな人間かと、ゾロはサンジという人に大きな期待をしていた。
きっと、とても出来た人に違いないと。
けれど、会ってみたら普通の男だった。
多分、自分のした決定が、どんな影響を持つかなんて事も考えず、軽い気持ちで頷いたに違いない。
そう思ったけれど、サンジの意図がどこにあれ、結果は結果だと思うことにした。
「初めて会ったお前は、どこが大したものなのかさっぱりわからなかった。
だけど、今のお前を見てると、何れ大したものになるって言葉は、本当かもしれないって思う。」
「ゾロ?」
「正直、俺はお前と七世を誓う気なんてない。
でも、お前が俺を抱きたいというのなら、俺の立場がどうとかは関係なく、別にそれを拒否する理由もない。
俺にとって、お前はその程度の重要性しか持ってないって事だ。」
言い切れば、サンジはどう反応していいのかわからないような顔で、ゾロを見返している。
「だけど最近、お前はちょっと変わってきて、俺はお前を見てるのが楽しい。
もしかしたら、十年二十年経って、お前のことが物凄く好きになるかもしれない。
来年突然、お前のことを物凄く憎む事になるかもしれない。そんな期待があるんだ。」
だから、お前が待ってろって言うなら、今はまだ、待っててやってもいい。
そう言って笑えば、サンジはぽかんと口を開けて、手に持っていた本を取り落とした。
待ってもいいなんて思ったのは、今さっきの事だ。
けれど、それはちゃんと自分の腹の中から浮かんできた真実。周囲の人間がどうなるかとか、そんな話を取り払った気持ちだ。
「お前は俺に任せると言ったが、お前は本当にそれでいいのか?」
問い掛ければ、サンジは開けていた口を閉じて、大きく首を振り立ち上がった。
「いいわけねぇよ!」
ああ、大したものになるに違いない。そう思ってゾロは楽しくて仕方がなくなる。
共にいて心が躍ることがない、そんなのはもう昔の話だ。
「お前は、俺のものだ。」
どこで、なにをしていても。
サンジが言い切る言葉が、ゾロの中に響く。これが、心躍るという事だ。
「わかった。」
答えれば、サンジはぐっと口を引き結んで、それからソファにどっと倒れ込んだ。
まだ、これっぽっちで疲れるような人間でも、きっとその内大きくなる。
自分など太刀打ちできなくなるようになる。そうなってくれなければ困る。
そうなってもまだ、サンジが自分を見ていれば、自分はその手を取るに違いない。
オフライン発行の再録
2008年に「愛の言葉2」として発行しました。
貴族サンゾロの2作品目です。 結構難産で、『意外にゾロがサンジの事を好きじゃない』と日記にこぼした事も。(2008.6.6作)
(2011.2.14up)