「サンジ様、ロロノア・ゾロさんは、あまりおいでになりませんのね。」
サンジの開いたパーティーで、にこりと笑ってそう言ったのは、ゾロに会うまでは、月に一度は二人で会っていた女性だ。
「彼は、あまりこういう場は好きではないから。」そう言えば、彼女は驚きと僅かの怒りを見せた。
「サンジ様のお誘いを断るなんて、なんて失礼な方でしょう。」
ロロノア家といえば、北の家の下に属する家だというのに、主家と呼んでも差し支えないような家の主人からの誘いを断るなど、
その立場にあるまじき事だと、彼女は言い募った。
これはいけないと、サンジは慌てて彼女の言葉を遮る。
彼女の声を聞いた周りが、ゾロの事を他所で悪く言うような事になっては困るのだ。
「いや、そうではなくて。」
言い淀むサンジに彼女は首を傾げ、静かに言葉を待った。
「本当の事を言うと、俺が、彼をあまり人に見せたくなくてね。」
「まぁ!」
彼女は声を上げ、そして幾許かの嫉妬を含んだような、気恥ずかしそうな、どちらとも取れない表情で、僅かに頬を赤くした。
「サンジ様がそうまでおっしゃるだなんて…」
彼女はそう言うと、にこりと笑った。
「そんなに素晴らしい方ですの?」
先程までゾロの事を失礼だのと言っていたとは思えない切り替え方で、彼女はゾロの事を問い掛ける。
その表情は、ゾロに対する興味というよりも、サンジの言い分に異を唱えることなどないと示すかのような、
サンジへの配慮に近いものを感じさせるものだ。
その変わり身に、サンジは以前に聞いたシャンクスの言葉を思い出さずにはいられなかった。
彼女達は誰も、サンジの妻になりたいとも言わず、よく考えてみれば、自分から何か物をねだった事もない。
全てはサンジの気持ち一つで変わるのだ。
これが、自分の立場というものかと、サンジは突然思い至った。
そして、自分が今までしてきたことは、ゾロのためと思ったサンジの思惑とはまるで違っていたのだということにも気付かされる。
ゾロは以前に言っていた。二度と会わない人間だからこそ、悪い印象が残らないようにと心掛けているのだと。
サンジは、それがゾロ個人のためのことかと思っていたのだが、そうではなく、
ゾロ個人の行動がその周りにも影響を与えずにはいられないからだったのだ。
彼女も先程、ゾロの行動がサンジに対して失礼だと言い、そんな風に育てた家のこと、元士族という立場のことなど、
ゾロ個人ではないところにまで非難が及んだ。ゾロが恐れていたのは、そういう事だったのだ。
二度と会わない人間の持つ印象は、訂正させることが出来ない。
その人がその先ずっと、ゾロの事を悪く伝え、それが他の誰かの印象まで悪くしてしまうのならば、
確かに一度きりしか会わない人間こそ、細心の注意を払って対応するべき相手なのかもしれない。
だからこそ、シャンクスたちはゾロを傍に置きたければ、妻と子を持てと言った。
ゾロが一番気にしていることは、サンジとの関係ではなく、それが周囲に与える影響なのだ。
「本気で、伴侶にしたいなんて事まで思っていたのだけれどね。」
苦笑してサンジが言えば、彼女は驚きに目を見開いた。
「あの方は何とおっしゃいましたの?」
「俺が本気なのかどうか、測りかねているんだろうね。もう随分経つのに、返事はないんだ。」
「…そうですわね。私だとしても、きっと戸惑いますわ。」
彼女はにこりと笑った。その様子にゾロの反応を良しと判断したらしいとサンジは見て取る。
これが、ゾロの為ということなのだと、サンジはやっと理解できた。
ゾロを悪し様に言わせないこと。ゾロの守りたいものを守ること。それが、本当の意味での、ゾロを守る事だ。
だから、シャンクスの言った、無理やり押し倒してしまえというのも、ミホークが護衛につけてしまえと言ったのも、間違いではないのだろう。
ゾロが断ることの出来ない状況を用意すること。
勿論、本当の無理強いをするわけにはいかない。
けれど、少なくとも、ゾロに答えを選ばせることが、最も間違ったことであったのは確かだ。
仮令ゾロがサンジのことを好きになったとしても、サンジの役目を果たすためには、ゾロは現状ではサンジを選ぶわけにはいかない。
サンジの立場とは、そういうものなのだ。
だから、シャンクスは妻と子を作れと言った。
そうならない限り、選択肢を渡されたゾロが、サンジに応えることは出来ない。それがゾロの立場だ。
歳が同じで、二人で会う時はまるで友達のような言葉で話しても、ゾロとサンジには立場の差がある。
それは、個人の感情一つでどうにかなるほどに軽いものではないのだ。
「でも、とてもいい奴なんだ。俺のことを本当によく考えてくれているって感じるんだよ。」
多分、考えているのはサンジの事ではなく、ゾロの大切な人たちの事だ。
だけれど、そうして自分ではない人のことを考えて行動できる、そんな奴なんだと、自慢したいと思ったのだ。
「いつか、お会いしてお話したいですわ。」
にこりと笑う彼女に、サンジはにこりと笑って返した。