サンジが自分にとってどんな存在なのか、それを考える時、ゾロには明確な答えを見つけることが出来ないでいる。
サンジは北の家の当主で、ゾロから見ると何段階も上に存在する人間だ。
ゾロが度々彼からの贈り物を受取るのも、そんな階級差があるからこそ遠慮をしないだけのこと。
遠慮をする必要のない相手であると思っているのと、相手が受取ることで喜ぶからでもある。
だからゾロは、サンジに何かが欲しいなどと一言も言ったことはない。
ゾロの身の回りには、サンジから貰った物が増えたが、本当のところ、ゾロが本当に有難く思ったものというのはその中にはない。
それでもゾロは有難うと言い、にこりと笑ってそれを受取る。北の方への礼儀として。
サンジがそれを知ったら悲しむだろうな、とは思ったこともある。
それでもそれを口にしないのは、この国の貴族の一般的な考え方だ。
自分より上の人間にすることに、否と言うなかれ。
それがどんなに無駄なことに見えても、どんなに腹立たしいことであっても、
その一言で、自分のみではなく、家族、領民へまで害が及ぶことがあるかもしれない。
その考えが身に染込んだゾロにとって、サンジに対する時にもそれは当たり前に発揮される。
サンジはそれで勘違いをしているのではないかと思うこともある。けれど、そんなに馬鹿ではあるまいとも思う。
物を贈れば心が靡くわけではないと、わからぬ男ではないだろう。
本当に気持ちを通じ合わせたいと思うのならば、もっと話をした方がずっと近道だと思うのだが、サンジにその気があるのかないのか。
ゾロはあまり自分の事をサンジに話したことはない。
今日も誘いが来ていたが、先約があると返事をすると、別の日を問う手紙が戻ったが、先約についての問いはなかった。
多分、次に会った時にも、話題にはならないだろう。
サンジは何をもってゾロを好きだといい、七世を誓ってもいいとまで言ったのか。
ゾロはそこがまるでわからず、己の顔や身内の性質のせいなのだったら、サンジというのはよくわからない人間だ。
と結論付けることになっている。
そして、ゾロはそういうよくわからない人間に、七世など誓う気にもならなければ、好きだなどとも思えない。
嫌ってはいないけれど、好いてもいない。自分のために無駄金を使うなとも言う気にもならないのだった。
「ゾロ、ぼんやりしていないで、道具を運んで下さい。」
後ろから掛かった声にはっとして、ゾロは足元の工具箱を持ち上げる。
「考え事ですか?」
穏やかな笑みと共に問い掛けられ、ゾロは頷いた。
「北の方について。」
「ああ。」
サンジとの事は、身の回りの人々には話してある。
変な噂で知るのも気分が悪いだろうと思ったからだ。
目の前の幼馴染みの父にも、勿論話をした。
ゾロにとっては父親がわりのような存在でもあり、とても大切な人だからだ。
「いい人なのでしょう?」
その質問への答えに、否はありえない。サンジはいい人間である。
だけれど、今のところはそれだけだ。
「私も、早く落ち着いてほしいと思っていますが。」
そう言って笑う彼の向かう先には、大型の戦闘用機械が置かれている。
嘗てこの国に敵があった頃、士族とは騎士を輩出する一族の事だった。
騎士とは戦で戦闘を行う者の内、騎馬と呼ばれる乗用型の戦闘機械を操る人々の事だ。
武器を手に強化服などで戦闘をするのは歩兵と呼ばれ、一般市民が多くを担っていた。
今では敵国もなく、戦も絶えて久しいが、嘗ての士族たちは密かに騎馬を保有しており、元士族のロロノア家にも騎馬はある。
ゾロも兄も、勿論祖父も、それを操る訓練をし、技能を持っている。
以前ゾロに結婚の話があった時、祖父がそれを断ったのには、この騎馬の存在も関わっていた。
騎馬を保有する士族出の貴族の中に、跡取りのない家が幾つか存在するのだ。
ゾロはそれを管理できる能力を持つ、継ぐべき家のない人間だ。
となれば、彼らが騎馬を保有している理由がある以上、ゾロはそのどこかの家へ養子縁組なり婿入りなりして、それを管理していくことが望ましい。
それが、士族全体の意志でもあり、ゾロの意志でもある。
そして、今ゾロのいるこの家も、跡取りのいなくなってしまった家だった。
ゾロが家を出る頃には、まだ跡継ぎがあったが、彼女は不意の病で先年世を去った。
すぐにゾロの元に養子の話がやってきた。ゾロにも祖父にも、両家の誰にも否はなかった。
話は順調に進むかと思った折、サンジが現れたのである。
騎馬については、士族たちが勝手にしていることでもあり、二の次にしてもいい話ではある。
何せ相手は北の家の当主。明らかにそちらが優先されるべきこととなり、話はそこで止まっている。
ゾロはこの事も、自分のサンジへの気持ちがあまり芳しくないことの理由ではないかと思っているが、本当のところはよくわからない。
「俺は、先生の後を継ぎたいです。」
サンジ自身との関係は、この先の関係を断ったところで問題はないだろうと思う。
けれど、世間的にはどうか、という問題が残るのだ。北の家の当主が伸べた手を、たかが下級貴族の次男が拒否することを許すのか。
今は、サンジが本気でゾロに好意を持っていて、伴侶にしたいなどと思っており、
尚且つ、その最終決定をゾロに託しているなどということは、貴族の間でも話題にはなっていない。
これが知れ渡る事になれば、ゾロがサンジの手を拒否することは、英断として褒め称えられることとなるのは間違いない。
ゾロがサンジに好意を持っていようといまいと、北の方の暴挙を止めたとして、貴族社会は喜びを持って迎えるはずだ。
そして、そのままサンジには妻となるべき相手が用意され、北の家の将来も安泰。という事になるだろう。
けれども、サンジの真意がどこにあるものかわからない以上、どう動くことが、問題を小さく済ませることになるのかがわからない。
結局のところ、サンジはゾロに気を遣っているかのようにも見えるのだが、ゾロの現状を好転させるようなことは、一つも行ってはいない。
そしてその事を、サンジが欠片も気付いていないのではないのかということが、ゾロを困惑させているのだった。
「私も、そうしてもらえれば、嬉しいけれどね。」
世の中は、なかなか上手くいくものではないね。と彼はいつもの穏やかな表情で笑ってみせる。
「くいなが跡継ぎとして認められたときは、北の方のご英断に感謝したものだけれど、まさかこんなことになるとはね。」
もし万が一、新たなる敵国が現れたなら、貴族社会を打倒しようと一般市民が蜂起したなら、
戦争が再び起こる可能性を否定しきれない以上、騎士たちは武力を完全に放棄することを躊躇った。
それは国王から反逆とみなされるかもしれない危険なことではあったけれど、騎士たちはただ主を守りたい一心だった。
「北の方は、俺たちが騎馬を持っていることを知らないし、自分の行動が回りに与える影響を、本当にはわかっていないんだと思います。」
善良で、愚かだ。とミホークも言った。ゾロもそう思っている。そんな男だから、ゾロはサンジが嫌いではない。
けれど、多分、それだけなのだ。
サンジのどこかに心惹かれるということがない。
サンジはゾロのどこかに心惹かれたらしいが、そんな気持ちもゾロにはよくわからなかった。
多分、ミホークと剣を合わせる時や、こうして騎馬の調整をし、騎士たちと模擬戦を行う時の方が、ずっと気持ちは高揚する。
サンジを拒否するとしたら、これを理由にするのがいいだろうと、ゾロはいつも思う。
お前といても、心が躍ることがない。
と言って、サンジが自分といて心が躍るような状況になっているのかどうかは知らないから、
その答えが正しいのかどうかは、ゾロにはわからないことなのだけれど。