「ゾロ」
名前を呼ばれて、目を開けると、何故だか心配そうな顔をしたサンジが覗き込んでいた。
「仕事は?」
「ちょっと、休憩。」
問いかけると、ほっと息をついて、サンジはにこりと笑ってそう答えた。
「そうか。」
サンジは、俺の所有者で、何か書き物をする仕事をしているらしい。俺は仕事部屋に入れてもらった事がないから、そこでどんな風に仕事をしているのかは知らないが、サンジは一日の半分以上をそこで過ごしている。
「ゾロは、お昼寝?」
「暇だし。」
頷けば、サンジは苦笑を浮かべて、俺の脇から立ち上がってソファへ足を向ける。
「お茶、飲むか?」
「うん。」
頷くサンジの為に、キッチンへ足を向ける。
俺は、この家の主であるサンジが作らせたロボットだ。家の雑事をこなす為の機能を持っているが、この家で料理をするのはサンジの仕事だ。と言っても、俺は食事を必要としないから、サンジは自分の食事以外を作る事はないけれど。
「ゾロは本当に、温かい所が好きだよね。」
「………ああ。」
こちらに背を向けているサンジが、今どんな顔でそう話しかけているのか、俺には見えないけれど、その話しかけている相手が、俺でない事を、俺は知ってる。
俺は、光で原動力の電気を発電する仕組みだから、動いている必要のない時は、光の当たるところで半休眠状態でいるのが一番効率のいい事なのだ。サンジはそれを『昼寝』と言うけれど、事実だけを述べるなら、蓄電中というところで、そんな人間のような表現を使う必要もないし、普通は使わない。
「昔ッから、昼寝してるゾロの傍に行くと、絶対凄く温かいんだよな。」
『昔ッから、サンジの傍にいた』のは、俺ではない。けれど、それもゾロだ。
俺は、その昔からサンジの傍にいたゾロをモデルにして作られたロボットだ。そして、そのゾロは、人形だった。
人形とは、人の形をした作り物を言う。昔むかしは、『ヒトガタ』と呼んでいたらしい。ロボットも、人型であれば、人形と呼んで差し支えないのかもしれないが、今の世の中、ロボットと人形ははっきりと区別されている。
ロボットは、機械仕掛けの作り物で、大体が、金属製だ。人工知能と人格プログラムで人間のように動くが、壊れれば修理も効き、記録媒体を載せ変える事で、新しい形に作り替えても、同じ記録を引き継いで軽く百年程度は同じ人格で存在する事ができる。
人形は、所謂クローン人間の事だ。人工的に受精卵を作り、遺伝子操作で髪や目の色などを決め、遺伝病などにかかる可能性を取り除き、人工子宮で成長させたものを言う。その為、基本的には普通の人間と変わらず成長し、人と同じように思考する事ができる。それでも、『人形』と呼ばれるだけに、人としての戸籍などが作られる事はないし、諸々の操作の為か、それも操作の一貫なのか、寿命も短く、子孫を残す事も不可能だ。
だから、子供の成長に合わせて人形を作り、世話をさせる親は少なくはない。元々、子供の情操教育の為に、身近に兄弟に代わるものとして。というのが人形の売りだ。大体は、4、5歳の頃に引き合わせられて、親の代わりに子供の世話をする。今の世の中、兄弟は作れないし、直接人同士が触れあう機会もかなり限られている。人形は、そういう世の中に滑り込むようにして普及していった。
ゾロは、そういう人形だった。サンジが4歳の頃に彼の元へやってきて、サンジの友達代わりに傍で育った。サンジは随分その人形を大切なものとしていたらしく、彼が短い人生を全うした後、彼をモデルにしたロボットを作らせた。
ゾロは20年生きていたと言う。人形にしては、かなり長い。その上、ロボットまで作らせたのだから、それがどれ程大切にされていたか、ロボットであるゾロにも想像がつく。
それでも、それだけに、わからないのだ。
ロボットは機械だ。金属のボディに人工皮膚が付けられてはいるが、触れても人のような暖かさはないし、叩けば固い手ごたえが返る。もちろん、人形にはある心音もなく、機械のモーター音が小さく聞き取れる事だろう。
どんなに同じ形をしていたところで、人形とロボットは似ても似つかない。人形は記憶を持ち感情を得て人格を作っていく事ができるが、ロボットは人格プログラムを書き換えなくては、生まれた時と性格が変わるなんて事もない。人工知能は本当の意味での感情は作れない。思考方法は変えていけるけれど、あまり大きな飛躍は起きないような制御がある。
ロボットのゾロは、サンジが注文した通りの人格を持って存在するだけだ。ものを覚える事ができて、感情を理解する事ができても、知らない感情を持つ事はできない。
だから、そのロボットのゾロに対して、人形のゾロの事を語るサンジの今の気持ちはわからない。少し時間はかかるけれど、もう一度、人形を作ればよかったのではないかと考えてしまう。
「サンジ…」
お茶を運んで、サンジがいつも求めるように隣に腰を下ろして、サンジがティーカップへではなく、ゾロの手に手を伸ばすのを見て、ゾロはどうしていいのかわからなくなる。
人形の手を取りたくなる気持ちは想像がつく。クローンだけれど、人形は人間の範疇だと思う。昔、サンジが触れていたゾロの手は、人と同じ温度があっただろう。だから、それを傍に置く気持ちはわからないでもない。でも、ロボットの手を取る人間は稀だ。
ロボットは、人のしたがらない仕事をする為に生まれた。改良を続けられてきた今でも、ロボットのする事は、それほど変わっていない。家事だとか、重労働だとか、危険地域への立ち入りだとか、そんなところだから、人間はロボットを家族としては扱わない。人形が作られるまでの一時期は、そういう事もあったと聞くが、今ではそれも遠い話だ。
人形を捨てる持ち主は少ないが、ロボットは簡単に廃棄される。ゾロのような人型は廃棄よりも、人格や記録を取り替えて新しい物として作り替えられる事が多いが、それも一種の廃棄だ。
それを、サンジはわざわざ作り、こうして、まるでかつての家族のように扱う。
ゾロには、それがわからなかった。
「……ごめん、それは、ゾロじゃなかった。」
サンジは苦笑を浮かべてそう言い、それでも、優しい手付きでゾロの手を握って、そっと息をつく。
サンジが謝る理由はどこにもない。ゾロはサンジが作らせたロボットで、ゾロにとっては、サンジの言葉が絶対だ。その融通の効かないところが、ロボットが人に疎まれるところらしいが、サンジには、そういうところはなかった。
「……そんな事はいい。」
ゾロには確かに人工的に作られた人格があって、サンジが悲しそうな顔をすると、とても悲しい事だと考えるけれど、サンジが人形のゾロの事を懐かしく思っていても、悲しいとは考えられない。
だけれど、昔の記憶を自分に語る度に、サンジが何らかの罪悪感に駆られるのならば、いっそ別の人形を作るなり、まるで違うロボットを作った方がいいのではないかと思う。
サンジは、人形のゾロがいない事をきちんと理解しているから、懐かしむだけの為にあるロボットなど、必要ないような気がするのだ。
「怒らないでね。ちゃんと、わかってるんだ。」
怒るわけがない。ゾロが、サンジにそこまで想われる人形のゾロを羨ましいと考える事はあっても、それを思い知らせるサンジに怒る事なんてない。どんなに時間を過ごしたところで、ゾロの人格は変更されない。融通の効かないロボットは、いつだって、所有者が第一だ。所有者に、そんな感情を持つはずはないのだ。
「そんな事で、怒ったりなんてしない。」
そう答えると、サンジは少し、悲しそうに笑ってみせた。
機械仕掛けのロボット設定のゾロ。生き人形のゾロのお話とは繋がりはなし。
どっちも基本指針は『サンジとゾロともういないゾロ』なので、あんまり違いのないお話になるのかも。
機械にどこまで人間らしい感情を持たせるのか、探りつつ書いてたりします。サイボーグだったらその辺楽なんだけど、擬似人格ってのはどの辺まで人らしくできるのかなぁ…ってのは、できてる世界なんだって設定にしたら考えなくていいのか。(2004.2.1)