ヒトとヒトガタとキカイ



 仕事に一区切り付けて、居間へ足を運ぶと、窓際に置かれたソファに、ゾロが横になっているのが目に入った。
 一瞬、足が竦む。それが、半年前の事を思い出させるから。
 
 その頃、あのソファは、外を向いて置かれていた。窓の向こうの景色を見る為に、温かい陽射しに当たる為にあったのだ。
 そこには、こうして居間へやってくると、ゾロがゆったりと腰を下ろしていた。俺が仕事をしている間、ゾロは殆どの時間をそこで過ごしていたらしい。
 ソファの前の窓からは、向いのビルの一室が見える。普通、シールドをかけるものだけれど、その部屋の持ち主は、誰に見られる事も気にしていないのか、窓辺にその人物が立つと、ハッキリとその姿は確認できた。
 黒い髪の、俺よりも随分年上に見える男が、今でもそこに住んでいる。
 そっと足音をたてずにゾロの前に移動して、彼が半休眠状態にあるのを確認して、ほっと息をつく。
 あの頃、このソファに座って外を見ていたゾロは、俺が子供の頃から傍にいた人形だった。
 
 初めて会った日から、俺は彼がとても好きだった。緑の髪と金の目という不思議な色合いのゾロは、俺の世話をきちんとしてくれて、俺に色々な事を教えてくれた。システムに則って、15で親元から離れた時も、ゾロは俺に着いてきてくれた。それはもちろん、ゾロが俺の人形だったからだけれど、俺は、ゾロが俺を好きだからだと思っていた。
 人形は、ロボットと違って、持ち主に絶対隷属というわけじゃない。感情を持ってしまうから、そういう制御が難しいらしい。だから、成長するに従って、持ち主から離れていく人形もいると言う。
 でも、ゾロはそんな様子を見せた事がなかった。いつでも、俺の言葉をきちんと聞いてくれて、俺を見ていてくれた。俺は、そう思っていた。
 月に数回の登校日に、直接会える女の子達と話をするのは楽しくて、何れ選ばなくてはいけない伴侶も、ここから選ぶのだろうと思っては、男友達と誰がいいかなんて話した事もあった。でも、家に帰って迎えてくれるゾロを見れば、別に誰も選ばなくてもいいと思った。
 そう思ったから、ゾロに好きだと告げれば、ゾロは少し照れたような怒ったような表情で、本当に珍しく笑みを浮かべて、小さく頷いた。
 だから俺は、ゾロも、俺の事を好きでいてくれると信じていた。
 ゾロと二人で食事を作ったりするのも楽しかったし、同じベッドで寄り添って寝るのも、その体に触れるのも、当然の事だと思っていたし、とても幸せな気分になれた。
 俺は、外の人間との接触なんてなくても、それで構わないと思うくらいに、この家の中で、ゾロと二人で暮らしている事に幸せを感じていたのだ。
 あの日まで、何の疑いも感じることなく。
 人形は、人間よりずっと寿命が短い。検査を年に数回受けなくてはいけないし、食事や衣服等にも気を使わなくてはいけない。俺は、それをちゃんとしてきたから、ゾロは随分長生きの人形だった。
 それでも、やっぱり限界はあったのだ。ゾロが調子を悪くしたのは、俺が19の時だった。
 ふいに眠り込んでしまったり、足元がおぼつかなくなったりして、ゾロは居間のソファに座って過ごす事が増えた。ゾロの体調が急激に悪化した頃、俺は、ソファでなく、ベッドで過ごした方がいいのではないかと、何度かゾロに言ったけれど、ゾロはそれに頷かなかった。
 そんな状況が続いていたあの日、俺は外出から戻って、ゾロがソファを降りて、窓もたれ掛かるようにして眠っているのを見て、驚いてそこへ駆け寄り、その窓から何が見えるのかと、やっと確認した。
 そして、その部屋の住人に気付いた。
 ゾロを心配して駆け寄ったその時の不安は、一瞬で消え去った。
 ゾロは人間ではなくて人形だから俺のものだけれど、ゾロはロボットじゃなくて人形だから、俺以外の人間を好きになっておかしくはない。
 それまで、俺が思っていた事は、全くの勘違いで、ゾロは、俺ではなくて、名前すら知らないその男の事が好きだったのかと思うと、気が狂いそうだった。ゾロは、俺に抱かれながら、あの男の事を考えていたのかと思うと嫉妬に駆られた。
 そして、そんなゾロに気付きもしなかった自分は、ゾロの何を好きだと言っていたのかと思った。
 混乱し、嫉妬に駆られた勢いで、俺はうつ伏せのゾロの体を窓から引き離して床に押し付け、その首を絞めた。
 ゾロはその衝撃で目を覚まし、自分の首を絞める俺に驚愕の表情を浮かべ、俺の腕に手を掛けた。
 体調を崩す前のゾロだったなら、軽く外してしまえたはずの手を、ゾロは少しも動かす事ができなかった。
 そして俺は、ただ驚いているだけのゾロの口が、微かに動いて、俺の名前を呼ぶのを見た。
 ふいに狂気が去り、俺は自分の行動が恐ろしくなって、ゾロの首を絞めていた手を離し、咳き込むゾロに背を向けて居間を飛び出した。
 自分の部屋に逃げ込み、ゾロが自分の様子を心配してきてくれないかと考えた。
 これまでのゾロだったら、きっと怒って俺を叱って、何を思ってあのような行動に出たのかを聞いたに違いないと思ったからだ。
 けれど、ゾロが追い掛けてくるわけもなかった。
 元より体調が悪かった上に、首まで絞められて、すぐに動けるはずもないし、自分の首を絞めた人間の元に、わざわざやってくるなんて、普通に考えたら怖くてできないはずだ。いくら、ゾロの性格が真直ぐではっきりしていたって、それは無理もない事だと思った。
 俺は、どうすればいいのかを必死に考えて、夜を明かし、朝になってやっと、居間へ戻った。
 そして、ソファで横になって、動かないゾロを見つけたのだ。
 
 
 死んでしまった人形の処理は、本当に呆気無かった。
 製造元へ連絡をし、引き取りに来た係員の差し出す書類にサインをし、新しい人形が必要か否かを質問され、数日後に、処分終了の連絡が来る。それだけだった。
 俺は、一人きりになった家の広さを実感し、自分がしてしまった事を後悔した。
 それと同時に、ゾロの心変わりを信じたくない気持ちと、それを責める気持ちの間を揺れ動いた。
 それをどうにかしたくて、俺は、ロボットを作った。
 俺のもので、俺に絶対に隷属するロボット。
 だけれど、ロボットは、俺を好きになったから、俺の傍にいるわけじゃない。
 俺が所有者だから、俺の傍にいるのだ。
 それでも俺は、ゾロにそっくりなロボットを作った。
 俺の傍で、俺だけ見てくれるゾロが欲しかったのだ。
 
「ゾロ」
 そっと名前を呼べば、ぱちり、と目が開いて、金色の目が俺を見た。
「仕事は?」
「少し、休憩。」
 そう答えると、ゾロは微かに、目元を緩ませる。それだけで、充分だった。

 
 
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サンジ視点で、ある日の出来事。
最初の設定では、サンジは怒り狂ってゾロを滅茶苦茶に殴った挙げ句に、動かなくなるまで強姦という、とんでもない狂態を演じておりました。先の展開を考えたら、それじゃだめだ…と思って、現行に変更。

ちなみに、黒髪の歳のいった男が誰かは、言わずもがな…である。

(2004.2.3)



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