ヒトとヒトガタとキカイ



 サンジが、家の外へ出かけるようになったのは、俺がこの家に来てから、8カ月がたった頃だった。
 本当は、サンジの年齢からすると、月に一度は外出して、色々な検査を受けて、伴侶を選ばなくてはならないのだが、サンジにはそんな様子が見えなかった。
 あまりその義務を怠っていると、今後に差し支えのある事だから、大丈夫なのかと思っていたが、流石に、ロボットである俺がそれを問うのは、差し出がましい事のように思えて、黙っているしかできなかった。
 ゾロだったなら、世話係でもあるのだし、そう言って、サンジを嗜める事も許されたかもしれない。
 だけれど俺は、形が同じだけのロボットで、ゾロの記憶も勿論持たないし、世話係なんて立場にあるわけじゃない。
 もし、サンジがゾロの代わりを求めて、俺を作ったのならば、それは許されるかもしれないけれど、サンジの不興を覚悟で、それを口に出す事は、俺にはできなかった。
 機械が何を、と、人間は思うだろうけれど、人格のあるロボットは大体、廃棄を恐れる。
 俺達は、器を変えて存在し続ける事ができるけれど、中身だけ変える事も可能だ。
 俺達の依って立つものは、どこかに埋め込まれた記録媒体の中身だけで、演算装置も、駆動機関も、俺が俺である証明にはならない。
 起動されてから、積み上げられる記録だけが、俺達の唯一の固有の部分で、それ以外は、何もかもが、他と同じものだから。
 だから、人格というものを与えられた俺達は、その唯一のものを失いたくないと思う。それが、ロボットが廃棄を恐れるという事。俺が、サンジの不興を恐れる理由。
 人形も、そんな気持ちを持つのだろうか。ゾロも、自分が死ぬ事を怖れただろうか。
 人形は、人間と殆ど変わらないから、自発的な感情も持てるし、多分、人間に恋をする事も可能だ。好きだと言われて喜んだり、嫌いだと言われて落ち込んだりするだろう。俺が、思考して、喜ぶ場所だと思ったり、悲しむ場所だと思ったりするのとは違う。
 サンジが、あれ程、ゾロの事を大切にしているのなら、ゾロもきっと、サンジの事が好きだったんだろうと思う。人形はロボットと同じで、家から出る事を許されていないから、限られた人間としか会わない。誰かを好きになるなら、その家の住人以外にはないと思う。
 もし、ゾロが、サンジの事を好きだったなら、自分が、先に死んでしまう事を、どう思っただろう。
 
 
「じゃ、出掛けてくるね。2時間で戻るから。」
「いってらっしゃい。」
 出かける時は、玄関までお見送りをするものだから、サンジの後に着いて玄関まで行って、家を出ていくサンジを見送る。
 今日は、定期検診の日だ。通知が来ていたのは数日前に確認していた。
 サンジはあまり気乗りしない様子で、ため息をついて、しきりに行きたくないと愚痴を言っていたけれど、俺が苦笑して眺めていたら、諦めたように笑って、出かける支度をし始めた。
 玄関でサンジを見送って、急いで居間に戻って、窓に寄って下に目をやる。
 最初、こうやって見送りをするようになったのは、サンジが心配だったからだ。
 以前のサンジは、本当に家を出るのが苦痛のようで、具合を悪くしていた事もあったから、ちゃんと出かけられるのかと、不安になったのだ。マンションの入口から出て、ちゃんと歩けるだろうかと、じっと上から見ていた。もし、倒れたりしたら、急いで通報して、病院などで検査してもらった方がいいかもしれないし、精神的なものなら、カウンセリングでも受けた方がいいと思ったのだ。
 多分、ゾロが死んでしまった事で、サンジは精神的に傷付いているのだろうと思う。最近は、あまりぼんやりと考え事に耽る事もなくなったから、回復しているのだろう。こうして、ちゃんと出かけるようにもなったから、それは間違いないと思う。
 だから、今俺がこうして上からサンジを探すのは、俺が、サンジが嘘を言っていたりしないかと考えているからだ。
 そんな事を聞いたら、サンジは怒るだろうから、絶対に言えないけれど、ちゃんと、俺に言った通りの場所に向かうのかどうかを、確かめたいのだ。もしかしたら、外に出かけるなんて言って、同じマンションの別の部屋に出掛けているんじゃないかと、思う事もあったから。
 マンションから出ていくサンジを見つけて、その行く先を確認して、ほっとする。今日も、サンジは嘘を言っていたのではなかった。別に、サンジが俺に嘘をついたっていいし、俺がそれを責める権利なんて、どこにもないんだけれど。
 ゾロも、こんな風に考えたりしたんじゃないだろうか。外についていけない人形だから、こうして部屋でサンジが出かけるのを確認して、帰ってくるのを待っているしかないから、こうやって、外を見ていたりしたんじゃないだろうか。
 俺は、サンジが言った通りに、このまま2時間、ソファに横になって充電してサンジを待つけれど、サンジが言う通りに戻った事なんてないから、ゾロが真面目な性格だったら、こうやって窓に貼り付いたまま、サンジが帰ってくるのを待っていただろうと思う。
 ゾロが不調を起こしていた頃にも、サンジは外出をしただろうし、不安な気持ちで、こうして外を見ている事もあったんじゃないだろうか。
 この家には、サンジの部屋はあるけれど、ゾロの部屋はない。勿論、俺の部屋もないから、ゾロも俺と同じように、居間で生活していたのかと思うけれど、それにしては、ゾロの私物は居間にはなくて、もしかしたら、ゾロはサンジの部屋で生活していたんじゃないかと、俺は思っている。
 もしそうだとしたら、やっぱり二人はお互いに好きあっていて、所謂、恋人と呼ばれる関係であったのだろう。それなら、自分が先に死ぬ事は、ゾロにとって、とても不安で、恐ろしい事だったんじゃないだろうか。
 人形の感覚を、俺は知らないけれど、人間と殆ど変わらないのに、生きていられる時間だけが少なくて、もし、自分が人間だったらと、考えずにはいられなかったんじゃないだろうか。
 サンジが好きだと言ってくれても、弱っていく自分を顧みて、サンジが他の誰かの元へ行ったりしないかと、不安になったりしなかっただろうか。
 もし、ゾロが死ななかったとしても、サンジは伴侶を選ばなくてはならない年齢だから、出かける度に、不安になったりしなかったろうか。自分が、サンジに必要でなくなる日が来る事に。
 そうだとすれば、ゾロはきっと、こうやって、窓から下を眺めていたに違いない。サンジがちゃんと、自分に言った通りにマンションを出てそこへ向かい、約束した時間に帰ってくるのを確かめたかっただろう。
 ただの家事労働の為だけに作られた俺でさえ、サンジの行動が気になるのだから、ゾロだって、気になっていたに違いないし、俺よりもずっと、不安になっていたに違いないと思う。
 勿論、これは俺の推測で、全く検討外れの事かもしれないけれど、そんなに、間違っていないんじゃないかと思う。なんとなく、そう思うだけだけれど。

 
 
BACK  NEXT


ゾロ(ロボ)、ゾロ(人形)を考える。それはきっと、間違いではない。
ゾロはロボットだから、『思う』と言っても、それは思考の結果であって、『感じる』こととはちょっと違う。でも、そこを、『考える』と表記すると、1話目の状況になって、とっても、読み難い。難しいよ。ロボット。

(2004.2.4)



パラレルTOP  夢追いの海TOP