ヒトとヒトガタとキカイ



 外出から帰り、いつもならある出迎えがない事をいぶかしみながら居間のドアを開けたサンジは、そこにある景色に立ち竦んだ。
 窓に寄って、じっと外を見つめているゾロの後ろ姿。
 それが、1年前の景色と重なる。
「お帰り、サンジ。」
 サンジの戸惑いを否定するように、すぐさま背後の熱源を感知したゾロが振り返り、ほっとしたような表情を浮かべてそう言い、サンジの傍へ寄る。
「いつもより遅いから、何かあったんじゃないかと思った。」
 そう言って、顔色を確かめるその姿を見て、サンジは戸惑う。
 ゾロの様子には何の戸惑いもない。そして、ゾロはサンジ以外の物を求めるはずもない。
「ちょっと、手間取って…」
 いつもならば、出かける時に告げる時間よりも早く帰ってきていたサンジだが、今日は人と会っていた為に、時間通りには帰って来られなかった。ゾロの言う通り、いつもの行動ではなかった。ゾロが心配するのもごく当然の事だ。
「時間通りに起きてもいないし、下を見ても姿も見えなかったから。」
 あの日、窓枠に寄り掛かるようにしていたゾロの事を思い出す。
 あの日も、サンジは約束の時間より遅く帰って来たのだ。伴侶を見つける期限を伝えられ、それにどうしても納得できず、交渉をしていた為だった。
「サンジ?」
 不思議そうにゾロが名前を呼ぶのに首を振り、サンジは自室へ足を向ける。
 あの日のゾロも、今ゾロが言ったように、自分の帰りを心配していたのだとしたら。そう考えて、サンジはその場にしゃがみ込んだ。
 もし、あの頃、ゾロがベッドの上で生活するのを拒んだのが、そこからでは外が見えないからなのだとしたら。
 もしゾロが、ゾロのように、あの窓の外に見える人間の事など気付いてもいないのだとしたら。
 
 あの日の自分のとった行動は、一体なんだったと言うのだろう。
 
 
 
 廊下で、大きな音が立つのを聞いたゾロは、サンジが体調を崩したのかと、急いでドアを開けた。
「サンジ?」
 廊下に蹲るようにして震えているサンジを見つけて、ゾロはそこへ駆け寄った。
「どうしたんだ?」
 声を掛けて脇に膝を着くと、サンジは顔を上げてゾロをじっと見つめた。
「………サンジ?」
 真っ青になったサンジの目は、落ち着きなく揺れていて、何か言葉を発しようとして、唇が震えていた。
「落ち着いて。」
 手を取って、そう声をかければ、サンジはぼろりと涙をこぼした。
「俺が、ゾロを殺したんだ。」
 その言葉に、ゾロは何を返すべきか、答えを導き出せなかった。答えを返すにはあまりに情報が少なく、判断をできる状態ではない。けれど、何事かを言わなくてはならない場面である事はわかった。
「ゾロはきっと、俺を恨んでる。」
 突然、どこからそんな言葉が出てきたのかがわからず、ゾロは首を振る。そうして、自分の持っている情報から導き出せる答えを口に出す。
「そんなはずない。ゾロはずっとここにいたんだろう?」
「違う。ゾロは、俺が裏切ったと思ってるはずだ。」
 サンジは強く首を振って言い、ゾロの手を振り解く。
「お前にはわからない。」
 その言葉を聞いて、ゾロは何も言えなくなった。
 ゾロは人形で、自分はロボットで、自分の人格を設定したのはサンジで、自分の所有者はサンジで、だから、自分がサンジにとって悪い事を言うわけがない。
 サンジの言葉が導きだされた理由が、そういう事である事がわかってしまった。
 これ以上、自分が何を言っても、サンジの言葉を否定しても、サンジはそれを受け入れない。
「……俺が、ゾロを殺したのに、どうして、恨んでないなんて。」
 サンジはそう言い置いて、ふらふらとした足取りで、自室のドアを開けてその中に消えた。
 それを見送って、ゾロはぼんやりとした状況で考えた。
 もう、これ以上、自分がここにいても、サンジの為にできる事は何もない。
 サンジはもう自分の言う事を信じないだろう。
 仮令、自分が言った事が事実であったとしても、サンジはもうそれを信用しない。
 自分の出した答えが、サンジの言葉と食い違ってしまったから。
 ロボットのゾロは、サンジに隷属する。所有者に逆らう事をしないし、否定する事をしない。
 仮令、人形のゾロがサンジの事を恨んでいるのだとしても、ロボットの自分はそれを口にはしない。
 サンジはそれを知っているから、自分の言葉を信じない。どんなにゾロがサンジの考えを否定しても、それがサンジを楽にする事はない。
 だから、自分にはもう、サンジの為にできる事がない。多分、サンジが何より望んでいた事が果たせない。
 
 だから、自分はもう、存在している意味がない。
 
 自分が、ロボットである事を、悲しいと初めて思った。
 
 
 
 
 
 ふいに聞こえた大きな音に驚いて、サンジは自室を出た。
 あの日の自分の選択を、この半年間ずっと、否定し、肯定し、なんとか均衡を保ってきた。それなのに、ふいに気付かされた可能性を、サンジは何とか否定しようと必死だった。けれど、それはどうしても成功せず、その事に打ちのめされそうだった。
「ゾロ?」
 居間のドアを開けてゾロの姿を探し、それが見当たらない事に首を傾げ、サンジは玄関へ視線を向けた。
 ロボットも人形も、家を出る事を許されていない。
 それは、人格を持つ彼等が、人間に反抗する事を怖れた人間が決めた絶対の禁止事項で、マンションの廊下には、監視カメラと共に、彼等を強制廃棄するシステムがある。
 ロボットも人形も、それを知らないはずがない。ゾロも、玄関まで見送りに出ても、ドアの傍には寄らなかった。
 だけれど、居間にいるはずの姿はない。
 サンジは嫌な予感を振り払えないまま、玄関のドアを開けた。
「ゾロ?」
 廊下の端の廃棄口の扉が閉まるのが見えた他に、そこにはもう何もなかった。
 それを確認して、サンジはドアを閉め、その場に膝を着いた。

 
 
BACK


人と人形と機械、完結です。
気付けば、3を書いてから2年以上が経っているのですが、話はその頃からずっと決まっていて、とりあえず、これを終わらせてしまわなくてはいけないと思い立って、急いで書きました。
ゾロ(ロボット)は、最後に本当に「思った」のです。

(2006.6.12)



パラレルTOP  夢追いの海TOP