「あれ…ジジイは?」
キッチンには明かりはなく、居間に一人でいたゾロに声をかけると、ゾロはおかえりと言ってから、答えをくれた。
「今日は、知り合いの家に行ってくるって。」
「じゃ、すぐ食事の用意するよ。」
ちゃんと言って帰れよな…とぼやくと、ゾロは立ち上がって苦笑を浮かべた。
「今日は、俺が作ったんだ。サンジ、誕生日だろう?」
お祝だ。と、ゾロは言い、俺は驚いてゾロを見返した。
ゾロは、これまで料理なんてした事はない。俺もジジイもそんな事はさせなかったし、ゾロもしたいとは言わなかったから。それが、いきなり料理なんて、驚かないわけがない。
「怪我しなかった? 呼べば、ちゃんとすぐ帰ってきたのに。」
大事な手に怪我でもしたらどうするんだと、手を取って確認すると、ゾロはため息をこぼした。
「俺は、そんなに心配される程、子供じゃない。」
「大人だって、包丁で怪我するよ。」
「そうだけど…」
「ゾロは、危ない事なんかしなくていいんだよ。そんな事は、俺がするから。」
そう言えば、ゾロはじっと俺を見返してきた。
「ゾロ?」
「……俺は、そんなに心配されるようなガキじゃないし、守ってもらわなくちゃならない程弱くねぇ。」
その声は微かに震えていて、それが、悲しみを表わすのではなく、怒りを表わしている事に、俺は今更ながらに気が付いた。
「いつまでも、守って貰ってるような、子供じゃねぇんだよ。」
俺を見据えて言い切る表情を見て、ゾロが小さな頃に、早く大人になりたいと言った事を、ふいに思い出した。
早く大人になって、サンジを守ってあげると、小さなゾロが笑って言った。
いつもいつも、サンジが自分を大事にしてくれるから、今度は自分が、サンジを守ってあげるのだと。
小さな子供のその言葉が、俺はとても嬉しかった。それまで以上に、ゾロが愛おしくて、ずっと守ってあげようと思った。
でもそれは、あの時からずっと、ゾロは俺に守られてるだけじゃ嫌だと思ってたという事なのだ。
俺は、ゾロが大事で、可愛くて、ずっと自分の腕の中に囲っておきたかったのだけれど、ゾロはそんなで満足しているような子供じゃなかったのだ。
「……そうだね。」
ずっと、小さな子供だと思っていたから、今のゾロをちゃんと見ていなかったかもしれない。ふいに、それに気が付いた。
「だから、俺に、もっと色々、頼ってくれたって、いいんだぞ。」
真直ぐの強い意志を込めた視線で言葉を伝えていたのに、それでも、不安そうにゾロは言って、俺をじっと見る。
「……最近、何か、ずっと悩んでただろう? 俺には、相談できない事なのか?」
ゾロの事で悩んでいたんだけど、なんて考えもしなかったように、ゾロは問い掛け、俺は苦笑を浮かべてゾロの頭を撫でてやった。
「サンジ、俺は、」
「まず、ご飯食べようか。」
ふいに気付いた現実を受け入れる為にも、ちょっと落ち着かなくちゃと思う。
「……不味くても、文句言うなよ?」
ゾロは、話をはぐらかされたと思ったのか、ちょっと不服そうな顔をしながらそう言った。そういう顔も、やっぱり可愛いんだよな、なんて、俺が思っているとは、考えもしないんだろうけど。
「ゾロの作ったご飯が、不味いわけないだろ?」
たとえ、ゾロが俺と同じように、俺の事を思っていてくれなくても、ゾロが作ってくれた物が、俺にとって美味しくないなんて事があるわけがない。
俺は、ゾロがもう小さな子供ではない事にやっと気付いた馬鹿だけど、ゾロが愛おしい事には、何の違いもなくて、やっぱり俺は、ゾロを抱き締めたいと思うのだ。
「……絶対、文句言うなよ?」
「言わないって。」
ゾロの手を取ったまま、ダイニングテーブルへ足を向ける。
考えてみれば、こんないい日に、ジジイがいないのはとてもいい事だ。今年も何も寄越さなかったけれど、こうしてゾロと二人っきりにしてくれるなんて、なかなか気が効くじゃないかと思う。
「……わぁ……」
机の上に用意されているのは、ごくごく普通の夕御飯メニューだったけれど、ゾロが俺の為に作ってくれたと思えば、なんでもない肉じゃがだって、ほうれん草のお浸しだって、特別な料理に見えるから不思議だ。
「あ!カメラ取ってくる。写真取らなくちゃ。」
食べちゃったら、形が残らないじゃないかと、気付いて、俺は慌てた。
「そんなもん、いいだろ。」
「良くないったら!絶対、食べちゃ駄目だよ。食べたりしたら、俺、泣くからね!」
「………どんな脅しだよ…」
ゾロは呆れたようにため息をつき、俺は慌てて2階へ階段を駆け上がった。
ゾロがこの家に始めてきた年の俺の誕生日に、俺はゾロからクッキーを貰った。食べて無くなるのが勿体無くて、1カ月くらい、机の上に置いて眺めていた。結局、カビが生えるかもと気付いて食べたのだけれど、そのせいなのか、具合を悪くして倒れたという曰く付きだ。
あの時のクッキーの包み紙を、まだ持ってるなんて言ったら、ゾロは多分、気味が悪いと言って、顔をしかめると思うけれど、あれも、写真に取っておけばよかった。
貰ってすぐに食べた一枚の味を、今もちゃんと思い出せるから、今日の料理の味だって、きっといつまでも覚えていられると思う。
ああ、明日からは、一緒に料理をするのもいいかもしれない。
でもまずは、バレンタインデーのリベンジからだ。
食事が終わったら、ちゃんと正面きって、ゾロがどんな風に好きなのか、伝えよう。
何を悩んでいたのかと、あの日を蒸し返したのは、ゾロなのだから。
コズエさまから、5000HITキリリクの「義兄弟物で、ゾロに何かを貰うサンジ」
一応、貰ってます。二つ。どっちも、食べ物。なんでだか、物を食べる話が多いのですが、形の残らない食べ物は、貰って嬉しい物だと私が思っているからです。
とりあえず、この話は、ホワイトデーに続くと思われます。(2004.03.02)