サンジは、最近ちょっとおかしい。
 バレンタインデーのデートが駄目になってしまったから、恋人に振られたんだろうかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしいと、この間、パティさんが教えてくれた。
 サンジの恋人だった人は、店にもよく来るお馴染みさんだったらしい。彼女の方からサンジに言い寄って、付き合いが始まったんだそうだ。サンジにとっての出会いは、殆どそのパターンらしい。俺は、いつも女性にあれこれ声をかけるサンジを見ているから、てっきり、逆だと思っていたんだけど。
 そして、これまでならば、サンジは女性から振られていたそうだ。他の女性にも同等に優しくて、自分が特別扱いされていないと思って、がっかりするらしい。なんとなく、その言い分はわかる気がする。やっぱり、どんな間柄だって、『特別』って言葉は嬉しいものだから。
 それが、今回は、サンジからお別れを持ち出したらしい。パティさんは、店の片づけの最中に、その様子を見かけたのだそうだ。サンジだけの事なら、幾らでも喋ってくれる人だけど、その女性も関わる事だから、詳しい事は教えてくれなかったけど、そんな事情を教えてくれた。
 だったら、サンジが落ち込んでいる理由なんてないと思うのに、サンジはおかしい。
 前は、俺が嫌がるからって、居間で煙草を吸っている事なんてなかったし、キッチンはもってのほかだった。それなのに、最近は、何か考え込みながら、ぼんやり煙草をふかしてる。
 でも、サンジは俺が近付くと、考え事をどこかへ放り出して、俺の相手をする。俺には、何の相談もする気はないのかと思うと、ちょっと悲しい気にもなる。
 今年の正月に、俺がここにいる事情を教えられて、あれこれと考え込んでいた時、サンジはずっと色々気遣ってくれていて、俺はかなり助かった。
 バレンタインの時も、サンジが俺の事好きだって言ってくれて、本当に嬉しかった。この家にいてもいいんだなって、思った。
 だから、俺も、サンジが何か悩んでいるなら、役に立ちたいと思うんだけど、サンジは俺に頼るより、煙草に頼ってた方がいいらしい。じいさんが、サンジは悩みごとがあると、煙草から手が離れないって言ってたから、きっと、今もそういう事なんだと思う。
 悩んでるなら、俺に言ってくれれば、一緒に考えられるのに。と思うけど、サンジの吸ってる煙草の匂いは、俺にはちょっときつくて、あんまり傍に行きたくない。
 それでも、なんとか傍に行ってみたけど、やっぱりサンジはすぐに表情を変えて、俺には何も言わない。
 俺がまだガキだと思ってるんだろうし、実際、俺はサンジよりずっと年下だから仕方ないかもしれないけど、もっと、何かきっかけはないかなと、思った。
 思ったから、くいなに相談した。
 サンジになにかしてあげられる事はないだろうかと。
 そうしたらくいなは、誕生日のプレゼントをあげる時に、話をしてみるのはどうかと言ってくれた。
 その提案はなかなかいいと思って、サンジが喜びそうなものは何だろうかと考えた。
 まず、意見を聞いた先生は、普段使えるものがいいんじゃないかと言った。
 煙草を吸うからジッポーとか、店で使うコックコートとか、家で使ってるエプロンとか、思い付くものをくいなの前で挙げてみたら、サンジは俺から貰ったものなんか使えっこないと、あっさり言われた。
 くいなの言い分には、わけがある。俺がこの家に来て最初のサンジの誕生日に、くいなと二人で、サンジの為にクッキーを焼いた事がある。もちろん、じいさんに教えてもらってだ。サンジは、それを食って腹を壊した。
 別に、俺とくいなの作ったものがおかしかったわけじゃない。サンジが、ずっと食えずに置いていて、いい加減まずいだろうって時間が経ってから、捨てられずに食っただけなのだ。
 具合を悪くした理由を聞いた時、どうせ食うなら、先に食えばよかったんだと言えば、『同じものは二つとないのに、勿体無いじゃないか』と、サンジはかなり本気の目をして答えた。
 悪くなるから食べたのなら、悪くならないものなんてずっと飾っておくに決まっている。と、くいなは言うのだ。
 あれから10年近く経って、サンジもあの時程俺に構わなくなったけれど、相変わらず、俺には何もさせない気でいるようだし、二人でいるなら、できるだけ傍にいようとするのも変わらない。
 だったら、やっぱり、くいなの言う通りかもしれないと思った。
 でも、そんな事を言ったら、あげるものなんて何一つ浮かばなくなるわけで、結構困った。
 そこで、じいさんに相談したら、すぐに使ってなくなるものにしたらいいのだと言われた。
 目の前に用意して、何があってもその場で使うもの。頭を捻る俺にじいさんは、夕飯を作ってやれと言ったのだ。
 
 
 そして俺は、今こうして、必死に慣れない料理などを作っている。
 
 
「………まぁ……こんなもんだろ…」
 テーブルの上に並んだ物を眺めて、俺は自分を納得させた。
 夕食を作るのはじいさんの担当で、サンジ達に店の片づけを任せて、先に帰ってくる。俺は、昼休みにじいさんが残していく指示に従って、前準備をした事はあったが、最後まで全部自分で料理を作った事がない。
 それだけに、色々不安はあったが、とりあえず、食べられる物は出来上がっていると思う。
 サンジは、俺に料理をさせない。コックだから、素人の作った料理なんて食べたくないんだろうかと思ってた時期もあったけど、茶碗落として割った時に、椅子から立つ事を許されなかったので、なんとなく、怪我をさせたくないのだと理解した。
 今日も、もしかしたら、料理なんてしたと聞いたら、危ない事はするなと怒るのかもしれない。そうしたら、自分は怪我もしていないし、そんな心配をされるような子供じゃないと言おうと思う。
 そうやって、俺が色々できるって事を教えないと、サンジはずっと、俺の事を子供扱いして、何の相談もしてくれないに違いない。
 今日はちゃんと、サンジと話をして、何がそんなに気掛かりなのか聞いて、答えを貰うのだ。そうして、俺にも頼ってくれって、言ってみようと思う。

 
 
Back  Next


パラレルTOP  夢追いの海TOP